案内
「……で、ここが五十七層の『荘厳の間』……って大丈夫?少し休む?」
「い、いえ、大丈夫です……やっぱり休んでも良いですか?」
「うん、勿論!ロノウェ、飲み物お願い。」
「すぐにご用意を致します!」
バベルの案内を始めてから既に半日が過ぎていた。
一層から五十七層まで休みなく来たせいか、メリアは床にへたり込んだ。
勿論、全ての階層を見てきた訳ではなく、物資を貯蔵していたり魔将が居るなど、今後使う可能性が高い階層を優先的に案内している。
敵を迎え撃つためのキマイラだけいる階層など見せていたら、いつまで経っても案内が終わらないからだ。
メリアを案内する手助け役としてルシファーが選出したのは魔将ロノウェとその部下のタンパだ。
メンバーの選出基準として、まず出来るだけメリアを怯えさせないように、人と近い見た目をした者を選んだ。ロノウェは魔小人、タンパはゴブリンであるためほぼ人に見える(とルシファーが思っているだけで、傍から見れば二足歩行をする点しか一致していない)。
次にある程度どんな状況にも対応できる者が条件にあった。のどが渇けば飲み物を出し、疲れれば椅子を用意、汗を掻いた際にはタオルを用意する。初めからバッグに詰めていけばいいだろう、と思うかもしれないが、ルシファーはメリアに出来るだけ不満のないようにさせたかったのだ。これ
そして最も大事なのが転移の魔法が使えることだ。一日の内に何度も転移可能な者がいなくては、とてもではないが回り切れない。これに関しては、タンパが担っている。誰でも良かったのだが、ロノウェを呼びに行った際、偶然視界に入ったので誘ったところ快諾してくれた。
こういう訳でこの二名が選ばれたのである。
「メリア様、こちらをどうぞ。」
「えっ!?あ、ありがとうございます?」
ロノウェが床に手を付けると、床からぬるりと水が入ったコップが現れ、それを彼はメリアに手渡した。
あらゆるものを造り替える『変化の魔手』という能力を知っているルシファーからすれば至って普通な事なのだが、メリアは狐につままれた思いだった。すぐに口をつけず、受け取ったコップをじっと見つめていた。
彼女がそうしている間にロノウェは再び床に手を付け、二人掛けのソファーを作り出す。
「ささ、お二人とも。お席をご用意しましたので、こちらでお寛ぎ下さい。」
「気が利くねぇ。ありがとう……あれ、メリアどうしたの?」
「い、いえ!あまり、外で経験したことのなかった事なのでびっくりしていました……ロノウェさんはいろいろなことが出来るのですね!それに気遣いも!ルシファーさんは良い部下の方をお持ちなのですね!」
何だか自分が褒められていない気がしなくもないルシファーだったが、素直にその言葉を受け取る。それよりもここで株を上げておかなければ、数十分前に訪れた五十三層の分を取り返せない。
五十三層で何か不手際があったかといえば違う。そこは魔将ベルフェゴールが担当しているのだが、別に彼はメリアを脅すようなことはしていない。ただ見た目が良くなかっただけだ。
通常の大きさと異なるひとがのれる人が乗れるほど巨大なクワガタ。
本当は小さな虫が大量に融合した姿、というだけなので大きさを変えることが出来たのだが、そのままの姿で出てきてしまったので、メリアがひどく怯えてしまったのだ。
(対処できたはずだっただけに悔しい……)
そう思いながら、ルシファーは腰かける。想像以上にフカフカして体全体が包まれる感覚であり、座ったままの体勢で寝るのが容易なほどだった。あまりの心地よさに先ほどの後悔が薄れていく。
隣で座っているメリアなど、コップの水をゴクリと飲むとふーと言ってうつらうつらして、目が半開きだった。
「ロノウェ、次造るときはもう少し高反発のソファーにしてくれる?これ、気持ちよさ過ぎて動けなくなる……」
「失礼しました!重々気を付けます!」
「うん、まぁそんな怒ってないし、寧ろ褒めたいくらいなんだけどさ……メリア寝ちゃうから。」
そう言って目だけ横に動かし、眠りに落ちてしまったメリアを眺める。
ここ数日張りつめていた緊張と恐怖がプツリと切れたように、ダランと腕を垂れ下げ深い眠りに落ちていた。
ルシファーはメリアが思いのほか疲れていたこと、そしてそれに気づかず連れまわしてしまったことを反省しつつ、手から落ちそうになったいる彼女が持っていたコップを取り、ロノウェに返す。
「少し俺も休む。メリアが目覚めたら起こしてもらって良い?」
「畏まりました!」
そう言い残し、ルシファーも眠りについた。
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さて、二人が寝ている間にメリアが案内された場所について軽く説明しておこう。
まず初めにルシファーが案内したのはバベルの玄関口、東西南北にある四つの巨大な鉛で創られた門だ。
一度に攻められる数が増える、というデメリットがあるにも関わらず門が大きいのは、単に訪れる者に圧迫感を与えたいからではない。
この塔を作った先代の魔王が、『ありとあらゆる悪魔を迎え入れることを可能にしたい』と願ったため、大きさの如何により入ることが出来ない事を嫌ったからだ。
現に、今現在バベル上層にはオーガの上位種であるジャイアントオーガが存在し、彼らの背丈は二階建ての建物と同じ程度の高さがあるが、問題なく入ることは出来る。
バベルには外部と内部を移動する転移は完全に遮断されているが、内部間であれば許可された者たちは転移可能となるので、彼らは特定の階層に行くことが出来る。
門の先にはそれぞれ大広間が広がっており、侵入者たちを下級の悪魔たちに出迎えさせたり、転移陣によってほかの階層に転移させ各個撃破できるようにしている。
この広間は横に広いだけではなく、門の高さ以上に高く創られている。灯りは壁際の灯だけで、かなり薄暗く視界は悪い。闇夜でも活動可能な悪魔に有利なフィールドが、入って一番初めの階層で出迎えることとなるのだ。
そこを抜けた先には階段があり、二層へと続くようになっているのだが、実は隠し通路が存在している。
ルシファーは天井に巣を作っているフォレストバットに命じることで、それを出現させた。
階段手前にて天井にある仕掛けを押すことにより、段差がすべて下に沈み、空いた空間に奥へと続く通路が現れるのだ。もちろん、薄暗い中で手の届かぬほどの高さの天井にそんな物があるなど、人間たちは気付きもしない。大抵は悪魔を退けたことを安堵し、次の階へ足を運ぶのだ。
そういう心理をついたこの隠し仕掛けの先には、バベルの外から持ち込まれる食材や物資の貯蔵庫、そして地下へと続く階段がある。
地下はバベルでも最重要場所の一つであるので、メリアに入らせることはしなかったが、貯蔵庫には案内をした。
そこには悪魔の食事用の人間やモンスターの肉、皮、そして骨などが積み上げられていた。
バベル全員分の食料……には決して満たない量だが日毎に与える層を変えているため、最終的に多くの悪魔に行き届いくようにはなっている。
当たり前だが、メリアには人間の肉とは一言も伝えず、周辺の森に生息するモンスターの死骸とだけ伝えている。人間の肉と分かれば、その場で吐き、恐怖すること間違いないからだ。
貯蔵庫には腐食した匂いが充満しており、ちらりと見ただけでこの場から立ち去った。
そこからは、ルシファーやバフォメット、ベリアルが主に活動している三十三層・遊楽の間、三十四層にあるルシファーの自室を改めて案内した。三十四層にある小部屋の一つをメリアの部屋として開放しているので、基本的にこの二層を行き来することになるだろうと伝えている。彼女が来てすぐにルシファーの分の食糧庫と調理場を三十三層に作っているが、これはロノウェの〈変化の魔手〉のおかげであるとも伝えた。
魔将たちのいる階層も次々と転移しながら回ってきた。
五十層では魔獣オセ、五十三層では魔虫ベルフェゴール、五十五層では魔造師アスタロト、と顔合わせを図った。
特に敵意を向ける事をしなかったのは、ルシファーと一緒にいるおかげか、はたまたメリアの能力〈魅了〉のおかげなのか……
そんなこんなで、ようやくこの五十七層にたどり着いたのである。
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肩にガクンと感じた衝撃でメリアが覚めた。びくっとしてそちらを見ると、先の衝撃は口から涎を垂らしたルシファーが寄りかかった事に依るものだと気付いた。
(私、もしかして寝ちゃってた?!)
初めは怒られる!と焦るメリアだったが、ルシファーの幸せそうな寝顔を見ているうちに冷静さを取り戻した。何の悩みもない子供のような寝顔だったからだ。
突然連れていかれた時には聖騎士たちを助けたいという感情が恐怖心を押さえつけていたのだが、彼らが解放された途端、いつ殺されるかも分からないという思いが強く心を支配し、このところは夜もほとんど眠れてはいなかった。
だが、今日こうしてもてなしを受けるうちに、次第に安心してもいいのではないか、と思いスッと眠りに落ちてしまったのだ。
(悪い人……じゃないのかな)
ルシファーの髪を撫で、ポケットに入っていたハンカチで彼の涎をふき取っていると、その様子にロノウェは気付き声を掛けた。
「おや、メリア様。お目覚めになられましたか!それではルシファー様も……」
「あ、もう少し寝させてあげましょう!凄くいい夢を見られているようなので!」
ロノウェはルシファーの寝顔を確認すると、微笑みつつ言葉を返す。
「そう致しましょう。ただ、あまり遅くに起こすと私が叱られてしまうので、『あと少し』という事で。」
「はい!」
メリアの中で、このロノウェという魔将がかなり優しい人物だという認識が出来ていた。
命令とは言え、外から突然やって来た自分に対しても丁寧な言葉遣いだし、主に対する態度も忠誠心だけではなく心から幸せを願っているように感じたからだ。
(この方になら色々質問しても……いいかな?)
「あ、あの……ルシファーさんってどんな方なんですか?」
その途端表れた、ロノウェの悲しげな表情をメリアは決して忘れなかった。




