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目覚めの良い朝

 なんと目覚めの良い朝だろう。

 小鳥のさえずり……は聞こえないし、窓から差し込む明るい朝日……もなくあいにくの雨だが、とにかくとても気分の良い朝なのだ。


「ま、魔王様。お食事の準備が整いました!」

「うん、すぐ行くよ。」


 ルシファーを朝食へ呼んだのはバフォメットではない。

 

「はい!で、ではお待ちしております!」


 今日から働くようになったメリアだ。

 丈の長い黒いワンピースに白いエプロンを上からかけたその姿は、まさにメイドそのものだった。

 本当は膝上十センチのミニスカートをお願いしたかったのだが、本人が持っていないとの事で断られてしまった。

 非常に残念だが、彼女からそう言われてしまうならどうしようもない。

 今度町に行ったときにでも探してみよう、ということでルシファーの中で決着がついた。

 むしろデートできるなら……ムフフ、だなんて思ってはいない。決して。




 さて、彼女が訪れたことで、生き残っていたウリエルを含む聖騎士六名は殺されることなく帰ることが出来たのは事実だ。だが、平和に両者納得して解決したわけではない。

 初めにルシファーから提示された条件は、「バベルに住む魔王ルシファーはとても寛大な人物であることを広め、美女が集まるようにしろ」、というふざけたものだったからだ。

 それはバベル内の面々も初耳であった。

 そのためバフォメットは「またかー!」という表情をし、普段ルシファーとあまり関わりのない魔将たちは「え?」と呆気にとられていた。ベリアルに至っては、主の前だというのに目を閉じて「はぁ……」とため息をつく程だった。

 当たり前だ。

 普通争いに勝てば領地や金、秘匿技術の開示などを要求するのが常だ。もちろん中には貴族や王族の女や子供などを、人質とすることはあるが、美女だけ要求するなどただの変態でしかない。寧ろそんな要求をする場所へは、女性が寄り付かなくなるので逆効果なのだが、ルシファーは全く気付いていなかった。


 一方、悪魔は滅すべきものと定めている聖教会は、そんなことを教徒たちに言えるはずもない。もし言えば教徒以外にも、これまで聖教会に親族が殺された者なども一斉に暴動を起こすことは確実だからだ。

 その旨を伝え、この場で殺されることをウリエルは望んだが、それをメリアは許さなかった。

 ルシファーに「聖騎士全員を助けると約束したはずです!」と腕に縋り付き、鼻の下を伸ばした彼は即座に受け入れたのだ。

 ウリエルに救われた恩を彼女は返す一心からとったその行動は、しかしウリエルの意思とは相容れなかった。

 彼女は聖教会としての尊厳を守るため行動していたのに、メリアはその努力をへし折るようなものだったからだ。

 メリアがルシファーに必死に頼み込んでいる間、終始ウリエルは怒りの表情を彼女に向けていた。


 最終的に条件は「交易の自由化、及び聖教会の影響下の地域においてバベルの者を活動可能にする」というものに落ち着いた。この条件はルシファーではなくバフォメットが決めた。主に任せきりでは折角の機会を無駄にしてしまうので、無理やり話を進めたのだ。

 交易の自由化と言えどバベルには交易品などない為、実際のところはルシファーの食事を自由に買い占めることを許可させるものだった。

 今までは姿を変える幻影魔法を使用可能な悪魔だけを町へ行かせていたが、今後は数多くいるスケルトンなども買い出しに行けるようになるので、かなりバベル内の(主にルシファーの)食料問題は改善されるだろう。


「いや、一緒に行こう。別に対して準備する事もないしさ。」

「か、畏まりました!」


 今まで下に行くのに時間が掛かっていたのはただ単に憂鬱だったからだ。

 内部での揉め事、不味い食事、外からの侵入者の処理、そして一切居ない女性……

 ここの長だというのに面白くもない仕事ばかりに駆り出される毎日。


 そんな日々にようやくやってきた天使。

 ルシファーに付いて階段を降りるメリアはまさにそれだ。

 (明日はメイド姿の女の子に起こされる!)

 と、想像したせいか、今朝は起こされるよりずっと前に目が覚め、その上眠気も全く訪れる事はなく、メリアがやって来る頃には完全に覚醒した状態だった。


 さらに嬉しい事は続く。


「え、マジ!?朝食ってこれ?!」


 ルシファーの突然の大きな声にメリアはビクッとする。

 昨日のうちにルシファーには嫌いな食べ物を聞き、今朝の料理には全く入れてはいないはずなので、何が良くなかったのか彼女には見当がつかなかった。

というか、『焼いてない生の肉!』なんて意味のわからない事を言われてしまったので、ほぼ全ての食材が使えるはずだった


「あ、あのぅ……何かお気に召しませんでしたか?もしあればす、すぐに作り直しま……」

「めっちゃ旨そう!!!」


 そこに並んでいたのはごく一般的な料理に過ぎない。

 パンに牛乳、そして旬の葉物野菜を使ったサラダに蒸し焼きにした魚、更に果物が数切れ。

 宮殿では調理ではなく給仕の仕事だったため、この世界での料理の知識は皆無であり(とは言え、作ったことがないだけで食べた事はある)、元の世界で作っていた料理を作ったのだ。

 食材はルシファーに頼み市場に転移させてもらい、昨日のうちに買い込んだものを使った。


 そういうごく普通な材料を使った料理だったが、ルシファーにとってこの世界に転移してから初めて味わう懐かしく涙の出るほど嬉しい料理だったのだ。


「ありがとうぅぅ!いや、ホント美味しそう!……あれ?メリアの分は?」


テーブルの上にはルシファーの分の料理しか並んではいなかった。

と言うよりも、この部屋にはテーブルを除いてルシファーひとり用の家具一セットしか無かった。


「折角だし一緒に食べようぜ?……それとももう食べちゃった?」

「い、いえ、まだです……」

「良かったぁぁ!おいスケルトン、直ぐにメリアの分の食事を運べ。それから椅子も。」


 メリアの返事を待たずに、ルシファーは共に食事をするための準備を指示を出す。

 カタカタと音を立て、目的を果たすべく部屋を去ろうとするスケルトンを見て、メリアは「あっ!」と我に返る。


「食事は私が運ぶので、スケルトンさん達は椅子をお願いします!」


 その声に応じる様にスケルトン達はコクコクとメリアに頷く。



 スケルトンと共にルシファーの身の回りの世話をするのが、メリアに与えた仕事だ。

 食事の準備、服装の準備及び手入れ、といった普通の人間が出来る範囲の仕事を任せている。

 では普通の人間が出来ない範囲とは何だ、と問われれば、転移して用事を済ませに行かせたり、またルシファーを転移させたりと言った魔法や能力が関わることだ。「そんなものは出来なくていいから食事は頼む」というのがルシファーの命令であり、そのために必要になるであろう権限も既に彼女には与えてある。

 魔将クラスに何か命令することは出来ないが、スケルトンなど下級悪魔には命令可能になっている。

 荷物運び代わりに使ってほしいという考えからだ。

 「意外に他人のことをお考えになるのですね。」とバフォメットに言われたときには、ぶん殴ろうかと思ったがメリアの前だったため笑顔を作って首を大きく傾げただけで済んだ。


「あー、三年ぶりに幸せな朝食だったわー。ご馳走様でした!」


  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 朝食を取り終わると、ルシファーはメリアを三十四層の自室に呼びつけた。

 朝食を一緒に取っている最中は少し緊張がほぐれたようだったが、今は再び顔が引きつっている。

 体の前で両手をもじもじさせているのが良い証拠だ。 


「し、失礼します!」

「あぁ、ごめんね。わざわざ来てもらって。ほんとは俺から出向ければよかったんだけど……」

「い、いえ!先ほどアシャニア共和国の方が来られてたんですよね。帰りがけに物凄く質問されました。『君、ここで何してるの?!』とか。『本当に人間?!』なんて言ってきた方が居たので、少し……」

「まじ?そんな事質問した野郎が居たのかよ!……アシャニアの連中は俺らに貢物やるから攻めないでほしいってさ。勝手すぎだろ。攻められたのはこっちだっつうの!!」

 

 適当にあしらって返したのだが、そのためにメリアに必要のない質問を受けさせてしまったのは反省すべき点だった。

 悪魔たちなら別に何か言われたらすぐに殺して気を晴らすだろうが、メリアはそんな残虐なことはしそうにない。恐らくこのバベル内でルシファー以上に真っ当な人間なので、そういう人物に不快な思いは出来るだけさせたくなかった。


(こんなとこ嫌だぁぁぁぁ、って逃げられるのやだし……)


「ごめんね。次何か言われたらすぐ教えてよ。速攻血祭りにして……冗談だよ?」


 今にも後退りしそうなメリアを見て、咄嗟に冗談だよと笑う。

 慰めようとしたつもりが裏目に出たらしい。


(なぜいつもうまく行かないんだ……)


 思い返せば、転移してから今に至るまでとんとん拍子に行ったことがないな、とルシファーは思う。何から何まで至れり尽くせり準備されたスタートではなかったし、その後も常に綱渡りだった。

 これほど危険なバベルという場所にいて生き続けているのは、それこそ奇跡なのだ。

 だが、そこでルシファーの望みは終わるわけがない。

 今回掴んだこのチャンスをきちんとモノにしないと!、と改めて自分に言い聞かせる。

 そして、再び明るい笑顔をメリアに向け言う。 


「これからここで暮らすんだし、折角だしバベルの案内するよ。結構広いから途中途中転移しながら行くけどいい?」

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