野菜の妖精?
「メリアちゃん、ウリエル様宛てに今朝荷物が届いていたから後で下に取りに来てね。」
「あ、トロンさん!わかりました。戻る時に寄ります!」
まだ年端もいかないと言うのに、メリアと呼ばれた栗色のロングヘアーをした少女は宮殿のメイドとして、庭の掃除をしていた。
仕事内容は宮殿内の掃除や多くの雑用。
宮殿に客人を招くなど人出が足りなくなる時は、料理の給仕や案内などをこなすし、先の様に荷物の受け取りなども嫌な顔一つせず率先して行う。
彼女がそんな風にここで働いているのには訳がある。
メリアは三年前にこの世界に来た転生者だ。転生当初には獲得した能力、〈魅了〉によって辛い思いをした。
〈魅了〉は男女問わず人を引き寄せてしまう能力だ。
だが、転生した当時、そんな能力を自分が持っているとは思っていなかった。
そのせいで何度も夜盗に襲われ、人身売買における商品として各地に売り飛ばされたいた。奴隷として売られていたので、扱いもひどく、食事は二日に一回あるかどうかというほどだった。
生きるのが辛くなっていたある時、ウリエル率いる聖騎士による大規模なガサ入れが行われたのだ。
多くの人身売買に関わっていた貴族や夜盗集団が摘発され、メリアの様な者たちは皆解放された。
その時、〈魅了〉によってウリエルとも出逢ったのだ。
ウリエルは彼女に非常に興味を抱いた。
メリア本人には知らせていないが、〈魅了〉によって引き寄せられた人間を、自分の玩具にしようと考えたのだ。
そして実際それは成功した。
メリアを宮殿で働かせる様にしてから、訪問者の数が目に見えて増えたのだ。
そして、そのせいでウリエルの遊び相手となり、廃人になってしまった人数も増えた。
とは言え、メリア本人はその事に気付いていないので、ウリエルに対する感情は感謝のみだ。衣食住に不満のない生活だし、同じ宮殿で働く者たちも皆良い人ばかりなのだから当然だ。
それに、この宮殿ほど安全な場所は無い。
騎士たちは巡回しているし、なによりウリエルがいる。
襲われる心配などもう無かった。
そんな日々を送れていることに、少しでも恩返しをしなければと、毎日一生懸命働いているのだ。
「よし、終わり!」
集めた落ち葉などを、収集場に持っていくための袋に詰め終わり、掃除道具を片付ける。
鼻歌を歌いつつ、先ほど知らせてくれた男性、この宮殿の事務を担当しているトロンがいる事務所に向かう。
「トロンさん、荷物ってこれですか?」
メリアは木箱を指差す。
普段届く野菜の入れ物よりひと回り大きいくらいの大きさだ。
ここ最近、贈り物は増えている。
一週間前の悪魔襲撃で、聖騎士たちが命を徹して多くの町を守ったため、それに対するお礼として贈られてきているのだ。悪魔たちが襲っていたのは兵舎など、一般人の生活には関わらない場所だったため農民たちは直接の被害は受けていないし、攻撃の対象でもなかったが、助かった事実だけで感謝する理由は十分だった。なんせ、甚大な被害の大きさは彼らのもとにも伝わっていたからだ。
被害を受けた者たちに分配してほしい、という意味も込められていたのだ。
「そうそれ。重たかったからそこの台車に載せといたよ。良かったら使って。」
「ありがとうございます!」
わざわざ一人のメイドのためにそこまでするのは、〈魅了〉のお陰なのか、彼女の人となりによるものなのか。
メリアは初めこそ気にしていたが、今では吹っ切れてどちらでも良いや、と思う様になっていた。
台車に手をかけ押してみると、普段の野菜の様な感覚とは少し違った気がした。
(葉物野菜じゃなくて、芋とかそういう感じかな?)
時期を考えれば、今が旬な食材は葉物野菜だった。そのため、送られてくる農作物もその類が多かったのだが、皆が皆育てているわけでは無いし、と考え気に留めなかった。
それより今は心配なことがあるからだ。
(ウリエル様たち、ご無事だと良いなぁ……)
悪魔の襲撃の報復としてバベルに向かった者たちの事が頭をよぎる。
メリアはバベルについてあまりよく知らない。
だがそれは、町の人々やここで働く聖騎士たちもつい最近までは同じだった。誰がいるのか、何があるのか、という情報は無かったためだ。
一週間前の事件を受けた今でも、悪い魔王が支配していてとても危険な所、という認識しかない。
聖騎士たちの中でも強い者たちを集めて向かったそうだが、間に合わせの部隊である為、もしかしたら正教会で最も強いと謳われているウリエルでも敵わない相手がいるのかもしれない。
そうなれば……
そんなことを考えているとウリエルの部屋の前に着き、荷物を降ろそうと台車の前に移動する。
悪魔襲撃の影響で元々いたメイドたちは皆故郷に戻ったりしている。幸い、今は聖騎士たちはバベルに遠征しているため、宮殿の仕事は大きく減っているので、それほど影響はなかった。
ウリエルの部屋に持っていくのは、別に彼女一人で野菜を食べるからというわけではない。これこれこういう贈り物が有りました、と示すためだ。
その後は、町の者たちに安く提供したり、宮殿の中の者たちで消費したりしている。
「よいしょ……うっ!?」
台車から木箱を持ち上げようとしたが、かなり重かった。
メリアの力では全く持ち上がらない。
(え、何この野菜!?ちょっと重すぎじゃ……)
そう思った時だった。
蝶番によって閉じられていた木箱の蓋が、突然パカっと開いたのだ。
「あたー、首痛すぎ……あっ!」
「えっ!」
箱の中にいたのは野菜ではなく黒い服に身を包んだ青年だった。
手を首にあてグルリと回しながら、出ようとした青年とメイアは目が合う。
突然のことにメリアは言葉を失う。
「やっべ!」
青年はすぐさま蓋を閉めようとする。
だが、素に戻ったメリアがそれを阻止しようと蓋を押さえる。
「だ、誰なんですか、あなた?!」
「えっと……そ、そう野菜よ。私は野菜の妖精、ベージタリンよ!」
「嘘つかないでください!」
その時、メリアは自身と同じ様に人身売買の目にあって来たのではと思った。彼女自身もこういう入れ物に詰め込まれて運ばれた経験があったからだ。もしかしたら、彼は他の荷物と間違えられてここに送られて来たのかもしれない。
だとすれば、早く食べ物を用意しなければ……
そこに考えが至ると、急に青年のことが心配になった。
そして、蓋を押さえていた力が緩み……
バンッ!
「いったぁぁぁぁぁぁ!!!!頭割れるぅぅぅぅ!!!」
メリアの手から離れた蓋が青年の頭に勢いよく当たり、木箱の中で青年が頭を押さえてうずくまる。
「あ、大丈夫ですか?!すぐに手当てを……」
「だ、大丈夫。恋の痛みに比べればこんなもの……へっちゃらだからぁ……」
「やっぱり頭を打って変に……」
「いや、本当大丈夫。それに心配されると、ちょっとその……悲しくなるから……」
痛たたた、と言いながら青年は箱から出て来た。
見た所、奴隷のような格好ではなく、きちんとした服装だった。
そして体もやせ細ってはいない。
(あれ、奴隷とかじゃない?)
奴隷でないとすれば誰なんだろう、という疑問が浮かんだ時、先に青年から質問を受けた。
「君は?」
「え、えっと、メリアと言います。メリア・イスラフィールです。ここ、エンジェラ宮殿でメイドをやっています。それで……あなたは?」
「メイド!?」
青年の視線がメリアの頭から足先まで動く。
そして、ふむと頷き、目を閉じた。
ほんの少し目じりに光るものが見えた。
「あぁ、やっと会えたんだ……」
そう静かに告げた後、すぅーっと息を青年は吸う。
そして、意を決したようにはっきりとした声で言った。
「俺は魔王ルシファー。早速だけど、僕と付き合ってくれ。」
静寂が二人の間を流れる。
青年はニコニコしながら、メリアのことを見てくる。
(マオウ・ルシファーさんね。へぇ変わった名前ね。まおう……まお……ま……)
「はぁっ!?え?あのバベルの?!」
「うん、そう。」
だから何、という表情を浮かべる青年。
一方メリアの頭は追いついていなかった。
バベルの主がこんなところにやって来るなんて、誰が想像出来ただろう。
(え、この方が本物!?何しに?私殺されるの?というか、ウリエル様たちは失敗したの……?)
頭の中を大量の疑問が埋めつくす。
だがその中でも、最も聞くべき質問は明確にあった。
バベルに向かった聖騎士たちは皆殺されたのだろうか。
恐らく、彼がここにいるという事は……
「あの……ウリエル様たちはどうされたのですか?」
すると青年は苦虫をかんだような顔をした。
「う゛ぇ……ウリエル?さぁ。バベルに来た奴らの対処はバフォメットに任せてるし、今頃ドンパチやってんじゃね?」
変態は何するか分からないから逃げてきた、とルシファーは呟く。
あっけらかんとするその様子にメリアは絶望していた。
最強と名高いウリエルを相手にしているはずなのに、この余裕そうな雰囲気を見ればそれは必至だった。
「聖騎士の皆さんをその……こ、殺すおつもりなのでしょうか?」
恐る恐るメリアは尋ねる。
「いや、迷ってるんだよねぇ。生かして返せばデメリット以外にもメリットがあるから、今考え中。」
「メリットと言うのは……?」
「実は魔王は優しく寛大でイケメン、そしてカリスマ性あふれる人物でした!とウリエルに伝えてもらえば、女の子沢山来そうじゃない?それがメリット……ってそんな事より、付き合ってくれるの?それとも、ダメ?」
そんな事、と言える話題では絶対無いだろう、と思いつつルシファーの顔色を伺う。
ねだってくる犬のような表情だ。
(え、何言ってるの!?)
と、困惑する最中、あることに気付いた。
(あれ……迷ってるってことは、まだウリエル様たちは生きてるってことだよね!)
そう、まだウリエルたちが生きているならば、メリアがすべきことは一つしかない。
そして、彼女の発言は幸か不幸かこの世界に大きな変化をもたらすこととなる。
「分かりました。付き合います……でもその代わり聖騎士の方々を無事に返してください!」
作「最近中国の変面の音楽が頭から離れません。」
ル「あぁ、あの『ビン×8カンカカン』みたいなやつ?」
作「そうです。凄いテンポが良くて、眠気覚ましに持ってこいなんですよね!」
ル「……眠い時に聞いてるから、頭の中をぐるぐる曲が回ってるんじゃない?」




