掃討2
転生聖騎士タイロンは苦戦を強いられていた。
火力魔術士である彼は、接近戦に弱い。
接近してくる相手に魔法を普段通り放てば、自分自身も魔法に巻き込まれる可能性があるからだ。
本来なら近接戦闘を得意とする聖騎士と組み戦うのだが、この空間に転移した直後に敵の不意打ちを受け、近接職の聖騎士二人は絶命している。
彼らの前に現れたのは一匹の獣だった。
口には不意打ちを受けた二人の首が咥えられており、血が滴り落ちている。
全体的に茶色い毛並みだが、全身の所々に黒い模様がある。実はその模様自体に魔法が掛けられているのだが、タイロンは気付いていなかった。
なぜなら、そんな事に気が付くような余裕がなかったからだ。
獣は加えていた首を吐き出し、タイロンを睨みつけ既に助走を始めていた。
生き残ったのはタイロンともう一人の聖騎士だったが、その彼も火力魔術士だったため、二人とも出来るだけ敵との距離を取りながら戦わねばならなかった。
彼は走りながら、霧を発生させ辺り一帯の視界を悪くさせる魔法、【夕霧】をすぐさま放つ。瞬く間に周囲は白い霧に包まれ、二人の騎士の姿を隠す。
それに合わせて、もう一人の聖騎士も幻影魔法【妖精の囁き】を使い、相手にこちらの誤った位置を知らせる。
この戦場で初めて共闘するというのに、実に息のあったコンビネーションだった。
獣が自分達の幻影を追っている間に二人は合流する。
「私が仕留めるので、援護お願いします。」
「はい!」
タイロンは即座に自身の能力を発動できるよう準備し、もう一人の聖騎士は防御魔法をタイロンと彼自身にかける。
彼が転生時に獲得した能力は〈絶対零度〉。
それは、効果範囲内の原子の運動量を強制的に零とするものだ。
量子力学的にあり得ないとされる原子の運動停止の状態にさせ、対象を二度と生きて帰れぬ様にする絶対必殺の一撃。
絶対零度になるのは半径三メートルであり、中心地点から徐々に温度は上がっていく。
だが、中心から十メートル離れた地点でもマイナス三十度程あるため、使う際には相手との距離に注意が必要となる。
ピンポイントで打つことが出来ないというデメリットはあるが、それにあまりある強力な能力だ。
だからこそ、彼には隊長位が与えられている。
二人同時に獣を撹乱していた魔法を解く。
すると、幻影を追わされていたことに気付いた獣は、ものすごい形相で二人に襲い掛かろうとする。
だが、獣が走り出した時、既に勝負はついていた。
〈絶対零度〉によって獣の細胞は全て停止し、一瞬で絶命したからである。
瞬間冷凍されたことによって、そこに一体のはく製が出来上がる。
一気に緊張が解け、二人とも地面に座り込んだ。
「耐冷魔法ありがとうございました。おかげで自分の能力にやられずに済みましたよ。」
「いえいえ、こちらもあの〈絶対零度〉を見れてとても良い経験になりました。」
二人とも今回の作戦に参加してから初めて笑った。近接職が居ないという問題はあるが、先の戦闘を経験して、まだ自分たちはバベルで戦えるという自信につながったからだ。
先ほど倒した獣も特に能力らしい能力は使って来ず、普通のモンスターとより強い程度のものだった。
そして、〈絶対零度〉による冷えが無くなった頃、自分たちと同じように戦う他の聖騎士たちの下へ向かうため立ち上がった。
「よし、そろそろ行きましょうか?」
「はい……グァッ!!」
その途端、タイロンの隣にいた聖騎士の首は掻き切られた。
自分の横を通り過ぎた黒い影を見て驚く。
(なぜだ!?……〈絶対零度〉が効かなかったのか?!)
首を掻き切ったのは、先ほどタイロンが凍らせ倒したはずの獣だった。
絶対必殺の技であるはずなのに、そこに生きて存在していることが信じられなかった。
(いや、まさかこの獣は……)
「おう、若い騎士!さっきのは中々効いたぜ。ま、俺みたいに死んでから頑張りな。」
そう告げて、すぐさまタイロンの首をかみちぎったこの獣こそ、魔将オセだ。
恐らくバベルに入ってきた聖騎士たちの中で最も運の悪いのは、ここにやって来た四人だろう。
なぜならオセは死なないから。
というより、元から既に死んでいる。
その毛並みの中に描かれた黒い模様こそが、死んだオセを生き返らせた魔法陣だ。
八百年前、彼はまだ魔将ではなく魔将に仕えるただのモンスターだった時、ある転生勇者と戦った。
当時のオセが持っていた能力は、走り始めの速度を通常時の数倍にするという程度のものであった。周りの悪魔たちと比べても決して強くなく、魔公の中で最も弱かった。
だからこそ、彼は人一倍訓練をして、その上実践も積もうとしていた。
その相手が運悪く転生勇者だったのだ。
もちろん、そんな能力では転生勇者に敵う筈もない。
一矢を報いることすら出来ず、彼はその時死んだ。
だが、その時に感じたあまりの無念さが新たな能力を発現させた。
〈地獄の門番〉は死んだ彼の肉体に宿り、黒い魔法陣を毛皮に刻んだ。その直後から彼は不死身の肉体となり、焼かれても切られても徐々に回復するようになった。
そしてその能力を発現したことにより、一般兵から魔将へと昇格を果たしたのだ。
バベルの中で、最も成長を果たしたのは誰かと問えば、間違いなく皆がオセの名前を挙げるだろう。
だが、忘れてはならない。
不死性を持つオセ以上の存在がこのバベルにはいることを。
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「ふぁぁぁぁ……」
部屋の端で床に座っている魔神サタナキアは大きなあくびをし、首をぐるっと一回しする。
ずっと寝ていたというのに、まだ眠気に襲われる。
全身がベッドを欲していた。
「早く終わってくれないかなー。」
半開きの目で見ると、未だに聖騎士たちはお互いに戦い合っていた。
彼らは二つのグループに分かれていた。
片側のグループは目から生気が失われており、ただ攻撃を繰り出すのみ。もう片側のグループは必死になってその攻撃を耐えている。
そうなっている理由は単純だ。
サタナキアの〈混乱の主〉の効果を受けた者たちは、自分の意思を無くし、全てサタナキアの意のままに行動をする。
今は「同士討ちをしろ」という命令のまま行動しているだけだ。
〈混乱の主〉の発動条件は、相手と目を合わせるだけと非常に緩く、そしてその数に際限もない。
相手が複数であれば、今回の様に「同士討ち」を命令し、相手が一人であるなら「自身を殺せ」と命令すれば戦いは終わる。
たったそれだけの能力だが、対抗手段が全くないことが問題なのだ。
精神攻撃に対して、何かしらのアイテムなどで抵抗することはよくある。だが、〈混乱の主〉はその抵抗を完全に無視する。
そして、相手が死ぬまでサタナキアの奴隷として働くこととなる。
そうなれば、早く死ぬことこそがその者にとっての幸せとなるのは明白だ。
(同士討ちになると皆どうしたらいいんだろう、って表情になるから面白いんだけど、時間がかかりすぎー。)
サタナキアの我慢が睡魔に負けた。
その瞬間彼らの命は終わりを告げられる。
「お前ら、全員しねーー。」
ある者は剣で自分の首を刺し、またある者は自分自身に魔法を掛けその身を燃やす。
バタバタ、と次々に倒れこみ、あっという間に床が死体で埋め尽くされる。
「はいお仕事終わりー。死体の処理は……ま、誰かやってくれるでしょ。ってか、この中に二面性能力いたの?もしかしてルシファー嘘ついた?」
ふぁぁぁ、と再びあくびをする。
目をこすり文句を垂れながら、彼は自身の階層に転移した。




