掃討1
「ここがバベル……」
ウリエルたちは天に聳え立つ塔を見上げる。
雲によって隠れているため、最上階部分は見えない。
また、塔の半径自体も非常に大きく、側から見るとどこまでも横に広がっているようにしか感じられない。
これだけの建築物は今だ人類は造ることが出来ていない。
ある一定の高さに到達すると、なぜか建築中に壊れてしまうのだ。魔法で補強しながらであっても、同様の結果となってしまう。
多くの魔法学者が研究を続けているが、依然として理由は分かっていない。
だが、現に悪魔たちが住むバベルはその頂上が見えないほどの高さを維持している。
優れた建築技術を有し、更に町に現れたような悪魔という軍事力も持っているバベルという存在。
果たして手を出してよかったのか、と考えながら外周をしばらく回ってみると、壁の一部が門と化した部分があった。
門も大きく、数メートルの高さの巨人程度であれば入れるだろうことが想像できた。
(ということは、敵には巨大な悪魔もいる、という事よのぅ。)
「ガブリエル、探知魔法で中にいる悪魔の数は分かるか?入り口付近の数だけでもよい。」
「すでに使っていますが、探知阻害系の能力者がいるためなのか全く中の様子は分かりません。」
「強者でありながら驕りはないか……」
ただ強いだけモンスターであれば、自分自身に自惚れるため隙が出来るのだが、今回の相手は用心深いらしい。
ウリエルは唇を噛みしめる。
完全に策がない状態で相手の懐に入り込むなど、普段の彼女であればしないだろう。
だが、以前彼女の目の前に来たルシファーのことを思い出すと、無性に腹が立つのだ。
自分の能力を見抜かれた上で、自軍のど真ん中に平然と現れる様子はこちらを完全に見下しているようだった。
「では行くぞ。妾に喧嘩を売ったからには、それ相応の返礼をせねばなるまい。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
聖騎士ブリュノは突然の事に驚いていた。
彼がバベルに入った途端、正確には彼ら全員がバベルに入った途端、突然目の前が暗転し、再び目に光が入った時には周りには他に二人の聖騎士しかいなかったのだ。
だが、隊長クラスになると流石と言うべきか、すぐに冷静さを取り戻し、自身に起こったことを考える。
転移されたのは大広間の様な場所で、辺りに攻撃されそうな罠は無い。
体に起こっている変化と言えば、少し耳が痛むくらいだが我慢できない痛みではない。
(転移魔法で飛ばされたか……)
恐らく入ってすぐのところに転移魔法が発動する罠などが置いてあったのだろう。悪魔は自分たちを分断し、各個撃破に持っていきたいようだ。
「リュカ、ギルヴェール。ここがどこか分かるか?」
「いいや、さっぱりだ。」
「バベルの中……とは思うんだけどな。」
「転移は出来るか?」
「だめだ……なんでか分らんが出来ない。」
そう答えた彼、リュカは知らないようだが、ブリュノはそれが転移阻害であると気付いた。
以前、ギガントスケルトンの討伐作戦があった時にも、同様の転移阻害を受けたことがある。ギガントスケルトンの能力が正にそれだったのだ。
ブリュノ本人は転移魔法を使う事はできないが、使うことの出来る彼の部下はかなり焦っていた。
転移先を思い浮かべれば発動するはずなのに、何故か思い浮かべても発動することが出来ない、と。
ここがほかの場所であれば慌てふためいていただろうが、バベルであればそんなこともあり得るかもしれないと思ってしまう。
先の悪魔との一戦でも、一体一体が普通の悪魔とは強さの格が違った。
聖騎士がいる街にのみ現れたから良い様なものの、ただの警備兵レベルの場所では町が消えていただろう。
あんな化け物を同時に多くの都市に展開してくるような奴らなのだ。
この程度のことで慌てている暇はない。
「って事は、俺たちだけで乗り切らないと行けないって訳か。」
「そうですね。誰にも見られずに死んでいくのは悲しいでしょうが、諦めて下さい。」
ふと静かな声が部屋の奥からする。
バッ、と振り返るとーー先ほどまでこの広間には誰もいなかったはずなのにーーそこには、二本の角の生えた悪魔がいた。
何も武器らしいものは持っていないが、その両手の長く鋭利な爪で攻撃してくる事は想像出来た。
三人はそれぞれ自分の武器、聖槍、大剣、杖を構える。
反応で感じていた。
目の前の悪魔には勝てない、と。
そして、冷たく言い放たれる。
「せいぜい足掻いて下さいね。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「来るな!来るなぁぁぁ!!」
四人の聖騎士、サンドロ、アントニオ、ピエトロ、そしてロッサノは縦一列になりながら狭い通路を脇目も振らず走っていた。
彼らの後ろから迫ってくるのは、大量の小さな虫だ。
ただのハエの様に見えるが、そうでない事を彼らは知っている。
つい先ほど、聖騎士エドアルダがそのハエ達によって喰い殺されたのだ。
鎧の隙間から入り込み、四肢から眼球に至る全ての部分に纏わり付き、勢いよく食し始めた。そして、ものの数秒のうちに彼の姿を骸骨へと変えてしまった。
始めは他の三人もエドアルダに付いたハエを払おうとしたが、逆に自分たちの手を一部喰われてしまったのだ。
数匹に喰われただけだったから、まだ軽い痛みだけで済んだ。
だが、逃げ始めた頃にはエドアルダの肉体は既に食べる部分が少なくなっており、食べ足りないハエ達は四人に狙いを定めていた。
実は、家に出る様なハエはあまり速くない。
人間がハエを速いと思うのは、その反応速度の高さと小回りの効く飛行が原因だ。
直線の道をヨーイドンで走り始めたら、人間の方が勝つ。
五十メートルを二十秒で走ったとしてもだ。
しかし、自分たちの目の前のハエは違った。
鎧を着ているからと言っても、彼らは聖騎士の隊長クラスだ。その程度の重さはへでもない程、肉体は鍛え上げられている。
鎧を着ていない兵士と競争しても勝つほどであるにもかかわらず、ハエ達にみるみるうちに追いつかれ、そして視界のほとんどを覆われた。
一度止まれば喰われるだけ、と分かっているから四人は走り続ける。
だが、真っ先に喰われるのは鎧がなく素肌がむき出しになっている顔だ。
顔を下に向け、両手で顔を隠そうとはするが完全に守れる訳も無く、肌があらわになっている所から食べられる。
「あ゛ぁぁぁ!!」
手に数匹付いた時とは違い、今回は数十匹が一斉に顔の肉を食べ始める。
先ほどとは比べ物にならない激痛が顔面に走り、最後尾を走っていたロッサノが踞る。
その瞬間に彼の全身にハエがくっつき、全方位から一斉に襲いかかる。
もし四人の中に魔法を使えるものがいたとしたら、状況は違っていたかもしれない。
炎属性の魔法で一気に焼き殺せられれば、戦いにもなっただろう。
だが、残念な事にこの場所に転移してきた中で魔法が使えるのは、最初にハエに襲われたエドアルダだった。
彼が最初に襲われたのは偶然なのかハエ達の意思なのかは不明だが、ともあれ最悪のシナリオとなったのだ。
五体の死体を食べ終わると、ハエ達はやがて一点に群がり始めた。
そして、徐々にハエは融合し合い、一体の悪魔へと姿を変えた。
魔将ベルフェゴールへと。
「たはぁー!久しぶりに食ったっす!
いつもモンスターばっか食ってたっすけど、案外人間も旨いっすね!」
聖騎士達が逃げていた狭い通路をスキップしながら、彼は三十三層へと向かうのだった。
作「最近、高い所から落ちる夢を見ました。」
ル「ベッドから落ちたの?」
作「そんな子供みたいなことするわけないじゃないですか。落ちてる途中で、足と手で体を支えましたよ!」
ル「随分反射神経良いんだね……」