事後
〈智天使〉は非常に強力だ。
対象を取る能力であるからベリアルの考えを読むことは出来ないが、自身の身体能力を上げられれば彼でも厳しい戦いを強いられることとなるだろう。
こういった知と力のように全く異なる二つを強化する能力は、二面性能力と呼ばれる。
バベルにおいて二面性能力を持っている者は、ほぼいない。
というより、この世界全体を見渡しても、片手で数えられるほどだろう。
そんな強力な能力を持つウリエルだが、 彼女の能力についてルシファーは事前に魔将グレシルから情報を得ていた。
そのため、ルシファーはウリエルに会いに行く前、魔将ロノウェの下を訪れ、自分自身の記憶を改変してもらったのだ。
彼の能力の凄さを改めて知った。
〈変化の魔手〉によって、時間が一定時間経つまで一部の記憶を完全に消し、しばらくすると元通りの記憶に戻るというタイマー機能付きの記憶喪失になれるのだから。
「要求を呑まなければ町を悪魔たちが蹂躙する」という記憶を消し、ウリエルに勘づかれないようにした。
一応交渉をしに行くのだから、対等な立場で話し合いをしたかったのだ。
ちなみに、初めから悪魔に蹂躙させなかったのは、ウリエルが女という事を聞いたからだ。
ヒロイン候補になり得る存在には、丁寧に接しなければ、と常日頃から意識をしている成果だ。
相手が男なら魔神を連れて問答無用で殺しに行っていた。
(だけど、あいつだけは彼女にしたくねぇ……鞭で毎日叩かれるとか、どんな地獄だよ。)
ヒロインに会えるかも!と意気込んでいったのだが、ベリアルに作ってもらった転移門から抜けると、そこにいたのは鞭を振るうドSな女と、彼女の足に縋り付こうとする見るに堪えない男の姿があったのだ。
宮殿に住んでいると言うから、ティーカップを持ったお淑やかなお嬢様が出てくるものだと勝手に想像していた自分が馬鹿らしい。
「お帰りなさいませ、魔王様。」
「やほー。んで、今んとこはどんな感じ?」
バベル三十三層・遊楽の間に戻り、バフォメットに尋ねるのは町を襲撃させている悪魔たちのことだ。
ルシファーとしては無差別に殺すのは気が引けたので、聖騎士や他国の兵士、食糧倉庫、武器倉庫のみ攻撃するよう言ってある。
というのは建前で、本音は町にいる可愛い女の子を殺す可能性を無くしたかっただけなのだが。
「はい。現在合計八十三の都市に同時攻撃を仕掛けましたところ、小さな町を中心に兵士たちの殲滅が完了いたしました。その者たちは食糧倉庫、武器倉庫の破壊活動に現在移行しております。
また、大きな町には転生者がいるところが多く、現在戦闘を行っているとのことです。」
「ウリエルたちがいた町……アデンだっけか?あそこは?」
「悪魔たちからの連絡はすべて途絶えております。」
「ひぇぇぇ、あそこにいた悪魔だって魔将クラスでないにしろ強かったはずだろ?怖っ。」
ルシファーは本心ではそうなるだろうと思っていたが、実際に現実になると多少驚きの感情は湧く。
相手の実力を測ろうと思っていたのだが、すぐにやられたのでは魔将クラス以上の強さということしか分からない。
次にウリエルに当てる悪魔を考えるときには慎重になる必要があるな、とルシファーは考える。
その様子を見てバフォメットは肩をすくめる。
「私からすれば、魔王様も十分怖いですよ。敵の心臓部にいきなり単身で押しかけるだなんて思ってもみませんでしたよ。それに、一体いつから悪魔たちを各国に忍ばせていたのですか?」
「いや、ヒロインに会いたかっただけなんだけど……悪魔は結構前かな。ダンタリオンに頼んどいた。」
「ダンタリオン様にですか?全く気づきませんでした。」
「あぁ、だって初めて会ったときに頼んでおいたから。あの時バフォメットには別の事頼んでたから、その場に居なかったし。」
「それほど以前から……このバフォメット、感服いたしました。」
歓喜に満ちた表情をバフォメットは浮かべる。
魔神ダンタリオンには各地を回ってもらい、各地に悪魔を配置するよう頼んでおいた。
彼が生成した悪魔の数は千三百体。
本当は魔将クラスを呼べるようだが、それではあまりにもつまらないと思ったので、ある程度の強さの悪魔を呼び出すよう要望したのだ。
本人はもっと強力な悪魔を作りたかったようだが、折れてくれた。
つい最近、彼が戻ってきてその作業が終わったという報告があったので、折角だから使おうという判断に至ったのだ。
「悪魔を何に使うかは考えてなかったけどね。まぁ、ある程度兵士の数は減るでしょ。」
その考え通り、その日から一週間の間に聖騎士たちの総数はおよそ半数、四百六十万人が帰らぬ人となり、各地の武器庫は壊滅し対悪魔装備のほとんどが破壊され、食糧庫を襲ったことで食料の供給が追い付かなくなり、集まっていた兵士たちはそれぞれの出身の町へ戻らざるを得なくなった。
また、各国の兵たちも大打撃を受け、バベルへ向かっていた者たちを呼び戻し、被害の復興を優先した。
一週間が経つ頃、悪魔たちは地中にスッと消え、それ以降姿を表す事はなかった。
これによって、落ち着いて被害の確認を進めることが可能となった。
だが、これはまだ戦争が始まる前の出来事だ。
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「以上がこの一週間での被害となります……」
そう報告する男は、途中から恐怖のあまり手汗が止まらなかった。
恐怖の原因は目の前の女性、ウリエルだ。
半数の聖騎士が殺されたことを報告した直後から、黙ったまま物凄い形相で睨まれ続けていたのだ。
「チッ、あの悪魔、いやあいつは人間なのか?まぁどちらでもいい。次に会ったときには妾の前に跪かせてやる。」
ガンッ、と床を踏みつける音に、男は思わずびくっとなってしまった。
その様子に気づいたウリエルは手を払って、男を部屋の外へ追い出す。
「ガブリエル。次に妾がすべき手は何だ?」
「そうですねぇ……」
部屋の入口に立っていたガブリエルは少し考える素振りをする。
勿論、初めから答えは決まっているはずであり、ウリエルは早くしろと急かす。
「今回の襲撃で、下級の聖騎士たちは全く役に立たないことが明らかになりました。
対悪魔装備を用いたとしても、ほぼ無駄死にするだけでしょう。」
役に立たない、という言葉にウリエルの眉はぴくっと動くが反論はない。
事実、対悪魔用装備を使ったという報告はあれど、現れた悪魔たちに効果が有ったという報告はないのだ。
ならば、下級の聖騎士たちが特攻を仕掛けても意味を成さないだろう。
「よって、ここは隊長クラスのみで攻めるのが得策かと存じます。」
「……動かせる隊長はどのくらいだ?」
「既にバベル攻略に向け準備をしていましたので、五十名ほどは可能です。そして……」
「妾が先頭に立つ必要がある、か。」
「はい。でなければ攻略はおろか、生きて帰ることすら不可能でしょう。」
ウリエルは静かに目を閉じる。
「一つ聞きたいことがある。」
「何でしょう?」
「奴、ルシファーはなぜ妾の前に姿を現したと思う?あれほどの戦力があるのならば、防衛戦においても問題なく戦えたのではないか?なぜ、妾に選択肢を与えた?」
「恐らく……ではありますが。」
ガブリエルはそう一呼吸置く。
「彼らはバベルの内部にあまり入られたくない、もしくは入れられない理由があるのではないでしょうか。」
「ほぅ。」
「彼らは長い間、我々を蹂躙せず表舞台に現れませんでした。バベルの外に出ることが出来ないのかと思っておりましたが、今回の件でその可能性は消えました。
という事は、あの中には何か我々に知られてはいけない何か、もしくは手に入れられてはいけない何かがあるものと推測されます。」
最もだとウリエルは頷く。
それならば、戦いの場所をバベル外に指定した理由も納得がいく。
「奴らの強さの秘密がある……かもしれないという事か。」
ウリエルはククク、と不気味な笑い声を上げる。
「すぐに隊長クラスを集めろ。バベルに向かう。」
その言葉を聞き、ガブリエルは軽く礼をして部屋を後にする。
「待っていろ、ルシファーよ。貴様が妾に売った喧嘩は何千もの悪魔の死体をもって返させてもらうぞ。」
ル「タイトルがえっちだったな」
作「丁度良い言葉が『事後』だったので。それに小学生に分からなければセーフです!」
ル「世間様の目からするとアウトだけどね。」
作「世知ガライオン」