第五十三夜 「ええ、それだけです」
4ヶ月ぶり更新……遅くなり本当に申し訳ありません。
読んでくださるすべての方に感謝します。
その連絡が入ったのは数日後の昼だった。
シャファト家にて食客をしている弁護士・ヨーナス・オストホフが、裏路地で暴行を受けた姿で倒れているところを発見された。
報せがもたらされたときユリアンは呆然としたが、すぐに気を取り直して運び込まれた病院へと急ぐ。
迎え入れた病院側はユリアンを来客室へと通した。
まさにその時、ヨーナスは手術中であったから。
祈るような気持ちでユリアンは天井の柄を見ていた。
時間がどれだけ経ったのかはわからない。
侍従のひとりがヨーナスの両親の所在がわかったことを途中で伝えに来たくらいで、他はただひたすら待ち続けるのみだった。
やがて病室へ案内すると看護婦がやってきたときには、とっぷりと日は暮れていた。
消毒液と薄い血の匂いがオイルランプの光に照らされて浮き上がっているようだと感じた。
ベッドの中で眠るヨーナスは顔の半分を海綿と包帯で覆われながらも規則的な寝息を上げている。
ユリアンは息を詰めたままその脇に寄ってその顔を見た。
安らかとは言い難くも、ヨーナスが一命を取り留めたことに、心からの感謝を世界に捧げた。
状況の説明を医師から受ける。
肋骨が折れていたが幸いにして内臓の損傷はないとのこと。
安静にしていれば全治は四カ月程度とのことだった。
老齢で遠方の地方住まいのヨーナスの両親にすぐに連絡するよう侍従を走らせる。
入れ替わりでオティーリエが侍女と共に神妙な面持ちでやってきた。
ベッドに横たわるヨーナスの姿をみると、オティーリエはまつげを震わせて目を伏せた。
「あなた……エルゼをヨーナス様のお世話にと思い連れて参りました。看護の経験があります」
脇に控えた侍女が礼を取った。
「そうか……そうだね、そこまで気が回らなかった、ありがとう。エルゼ、ヨーナスを頼む」
「はい、御館様」
「ここは任せて、一度帰りましょう。ひどくお疲れの顔をしていらっしゃるわ」
「なにもしていないけれどね……なにもできないていうのは、堪えるね」
弱々しくも微笑んだつもりだったが、強張った表情になったであろうことをユリアンは自覚した。
帰宅するとすぐに警ら隊からの訪問があった。
現在の捜査状況を報告するのは指揮にあたっているという中年の部隊長。
ヨーナスが襲われた市街地4番区域の担当、警ら隊8班隊長ハルトムート・アウフレヒトと名乗った。
シャファト家の賓客が標的にされた事件とあって、警ら隊の緊張感もひとしおだった。
応接間に通して話を聞く。
侍女は下がらせ、二人きりになった。
目撃証言によると覆面をした複数の男に襲われたらしい。
ユリアンは息を飲んだ。 それはとても計画的な、行き当りばったりではない犯行であることを窺わせたから。
「犯人たちの目星はついているのですか?」
必死な気持ちで問うと、黒髪の部隊長は目を伏せて首を振る。 消沈してユリアンはうつむいた。
「捜査には全力を尽くします。その点で閣下にはご協力いただきたい」
「もちろん、なんなりと!」
「では、捜査の一環としてお訊ね致します。オストホフ弁護士を貴家に招じている理由は? 貴家には他に専任の弁護士団がいるはずです」
「それは簡単なことです、わたしは今、義兄の弁護を彼に頼んでいる。当家の専任弁護士は、主に不動産や領地経営に関する法務関連の仕事をしているので、畑が違うのですよ」
「それにしても、オストホフ氏は自分の事務所も持っている立派な弁護士だ。貴家に滞在してまでする仕事なのでしょうか」
「……それは。彼が近くにいてくれるのはとても心強いので。冬季期間中は、彼も他の仕事を受けない予定だ、とのことだったので、親交を温めるためにこちらが慰留したのです。彼も単身だから、光熱費が浮くと言って喜んでくれました」
「それだけなのでしょうか」
「どういうことですか?」
「オストホフ氏の慰留は、それだけが理由ですか」
部隊長の言葉に、ユリアンはその目を見返した。
「ええ、それだけです」
「……承知しました、では、またお訊ねしたいことができましたら、伺わせてください」
「はい、もちろん、いつでもいらしてください」
立ち上がる部隊長にユリアンは右手を差し出した。部隊長はそれを固く握る。
「お話いただけることを、お待ちしております」
ユリアンは微笑みながら軽く首を傾げた。




