第四十五夜 やはりそうなのか、という気持ちと、何故、というやるせなさと。
いつも読みに来てくださるみなさまに感謝です。
「……なんつーもんを見せてくれるんです、伯爵」
ヨーナスがため息を吐きつつ眉間を揉んだ。
他言無用の紳士協定を結んだ後に、黒い革鞄の中身を見るか見ないかの判断をヨーナスに委ねた。
「そこまで言われて見ない選択はないでしょう」と受け取ったヨーナスは結局ユリアンとヨーゼフと同じ思いを抱いたようだ。
なにも悪いことはしていないのに共犯者を得た、という気になって、ユリアンはヨーナスの空いたグラスに酒を注いだ。
しばらく沈黙が落ちた。
それはそうだろう、迂闊になにか言えるような資料ではない。
「わたしも、はじめに見たとき同じように思ったよ」
「そうでしょうとも」
深く頷いてヨーナスはグラスを傾けた。
もう一度落ちた静けさの中、ヨーナスはグラスを燻らせながらここではないどこかを見て深い思考に耽る。
ユリアンはそれを邪魔しないように息を詰めてその横顔を見ていたが、彼が顔をこちらに向けたときにその決然とした瞳と出会った。
「整理しましょう」
すべてを把握したかのように躊躇いなく動くヨーナスの指先は書類の束からいくらかをはじき出す。
立ち上がってそれを卓上に配置していく様も、まるで決まり事を遂行するかのようだ。
ユリアンも立ち上がってヨーナスが広げた一見関連性のないように思えるそれらの紙面を眺める。
あるものは重なり合い、あるものは単一で置かれ、なんらかの規則性を持ってそのようにされたに違いなかった。
今度はヨーナスがユリアンの横顔を見つめた。
いくらか考えてから、ユリアンが物問う瞳をヨーナスへと向けると彼はじっと目を見たまま訊ねた。
「これの共通項はなんでしょうか」
問いかけにユリアンはもう一度視線を落とす。
卓上のオイルランプの光がふたりと書類を照らし上げる。
夜は更けていて、柱時計の針はそろそろ日付を変える準備をしていた。
ひとつは、朝廷内のとある部署の会計記録だった。
よく見慣れた書式に、やや神経質な筆致で一カ月の支出が記されている。
またあるものは人事異動に関するもので、年度替わりなどによく見かけるものだ。
また議会記録もいくらか含まれていた。
お題はそれぞれ違うものではあったが。
「――すべて、同じ年度のもの?」
「そうです」
深く頷いたヨーナスを見ると、彼は続けた。
「更に言うと、この年度のものより以前の記録は含まれていません。
この……六年前のものが、最古です」
第三師団の面々の姿が脳裏に思い浮かんだ。
彼らが至った結論はなんだったのか。
「そして、一見これらはごくごく普通の書類でしかない。
でも、起点だ」
言われてユリアンは人事記録帳に指を伸ばした。
一度は全て目を通したものだ。
そしてそれが指し示す方向性も理解している。
しかしこれだけでは確証がない。
だからぐずぐずとここまで拗らせてしまった。
ページをいくらかかめくる。
そこに見知った名前があることを知っている。
それでもいくらかの気後れがあって、少し意識して息を吸って、ユリアンは目当ての場所を開いた。
ニクラウス・オーバー
彼が、財務省主計局法規課へと入職した記録だった。
ここまで来たらもうなにもかも認めるしかない。
初めに見たときには何も疑問にも思わなかったけれど、今はそうであろうとあたりがついている。
後半のページを開く。
それは外務省のものだ。
目当ての名前を見出す。
アルトゥル・レマー
そして次にユリアンは防衛省の人事記録を手に取った。
マンフレート・フェーン
従騎士として士官を始めた、かつてのイルクナーの寄り子の名だった。
首を振ってユリアンはそれらを卓上に戻した。
――父さんは気付いていたのだろうか。ずっと、なにかを。
そう思いながら、見たくないと思いつつも目は議事録のひとつへと向かった。
やるせなさが心を支配する。なぜ、いったいどうして。……いや、理由などとうに見当がついている。
それは父、ヨーゼフ・フォン・シャファトが、職命を賭けてこの十年余を過ごしてきた議題で、だからこそ思い過ごしであってほしかった。
『第三十七回議会 本会議 身分制議会制定に関する案件 第3号』
起点は六年前、そして、議会だ。黒幕はそこにいる。




