第三十八夜 Genau!
結婚式当日式場として借り受けたホールは、王家所有の歌劇場で、二階席の桟敷まで、『立会人』と呼ばれる宣誓の見届人で埋まっていた。
一階席正面の最前列はジークヴァルト陛下とマヌエラ王太后陛下が御臨席された。
これは王家としてシャファトとイルクナー両家を祝福するというまたとない身振りで、父ヨーゼフの、そしてシャファトの名の強さを感じられた。
基本的に、トラウムヴェルトにおける結婚式は、招待された者の他は立ち会いは自由だ。
なので国王陛下と王太后陛下御臨席、の一報を聞きつけて急ぎでやってきた者もいたようだ。
そういった者たちはホールに入ることすらできなかったようだけれども。
一階席は招待客と、両家の家人で埋まった。
全員は呼べなくとも、古くから仕えてくれている者たちに立ち会ってもらいたいとの願いが、ユリアンにもオティーリエにもあったから。
それぞれ十人を選出して従僕たちに招待状を渡した。
受け取って泣き出してしまう者もいた。
彼らは全員が慎ましやかに最後列の席を取り、それでもその顔は喜びが溢れている。
宣誓の文言を取り扱う宣誓官は、エルザ嬢の父、ルードルフ・フォン・ハルデンベルク候だ。
宣誓官を誰に頼もうか、とユリアンと相談している、とヨーゼフが言ったときに、「わたし、やりたい」と立候補してきたらしい。
確かに、エルザ嬢はユリアンともオティーリエとも懇意にしており、彼女の仲介がなければ二人が親しくなることもなかっただろう。
その上『フォン』の呼称を持つ旧き十三家の内のひとつだ。
それを考えると、ハルデンベルク候に頼むのは至極当然であると思い、ユリアンから正式に依頼した。
ハルデンベルク候が舞台中央の演台に姿を表すと、ざわざわとしたホール内が徐々に静まっていく。
「静粛に」と候が告げると、完全に話し声はなくなった。
宮廷議会で議長の父ヨーゼフが述べる言葉だが、後にハルデンベルク候が言った。
「一度やってみたかったんだよ、『静粛に』」
ハルデンベルク候が片手を上げると、皆それに注目した。
拡声を意図した造りの歌劇場は、その声を隅々まで朗々と響き渡す。
「これより、ユリアン・フォン・シャファト君と、オティーリエ・イルクナー君の結婚式を執り行う。
立会人諸君、この喜びの時を分かち合い、共に祝おう。
では両者、こちらへ」
舞台袖右からユリアン、左からオティーリエが登場する。
オティーリエの花嫁衣装に立会人らは息を呑んだ。
大きく開いたネックラインは、銀糸が織り込まれたボビンレースによって縁取られている。
長い引き裾の縁も同じ意匠がしてあった。
おそらく頭覆いの薄面紗にも銀糸が織り込まれており、舞台袖まで伸びるそれによって、照明の光を受けた花嫁の纏う白が光り輝いているようだ。
冠と首飾りは、シャファトに代々伝わる銀細工のもので、それぞれに金剛石があしらわれている。
二階桟敷席にいた者たちも、遠目からでも花嫁の美しさを見て取って深い感嘆のため息を吐いた。
ユリアンは黒の燕尾服で、花嫁と対になるように襟の折り返しの一部に銀色が差し込まれていた。
また袖口に銀糸による刺繍がなされている。
中央に進んだ二人は、互いに向き合って両手を取り合った。
微笑んで見つめ合う二人に、ハルデンベルク候が宣誓文を述べる。
「では、宣誓を。
ユリアン・フォン・シャファト。
あなたはオティーリエ・イルクナーを妻とすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「オティーリエ・イルクナー。
あなたはユリアン・フォン・シャファトを夫とすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
割れんばかりの拍手が巻き起こった。
ユリアンとオティーリエは一瞬びくっとした。
ピューピューと指笛が聞こえたが、ジルヴェスターだとユリアンは確信している。
おさまってから、ハルデンベルク候は宣誓書を掲げた。
「両者の誓いの言葉は、公文書として登録された正式なものである。
ここに公にひとつの夫婦が誕生した。
立会人は各々、この両者を祝福し、また良く導くように。
そして今日という佳き日が記憶され、この二人が、健やかなる平和の内に幸福であるよう共に祈念しよう!」
『Genau!』
2020/01/04
「歌劇場」を
「歌劇場」に修正しました。




