第三十夜 きっと同じように、彼女は笑ってくれる。
マインラートは全身から怒りを立ち上らせていた。
それが自分に向けられたものではないとわかってはいてもユリアンは一瞬びくっとしてしまった。
「面会をありがとう。
来てくれたということは、あなたは私たちのことを信じてくれているということでいいんだな?」
「もちろん」
「よかった、ありがとう」
そこでようやくマインラートは笑顔を見せた。
「あなたはどう聞いている、今の状況を」
互いにテーブルに着き、向かい合った後にマインラートはそう切り出した。
ユリアンは「何も、ただ、先日の話に組みしたと思われている様だ、とだけ」と首を振った。
「そうか」
マインラートはどこか遠くを見て考えるようにしてから、ユリアンに向き合った。
「マンフレートのことは聞いたか? イルクナーの寄り子だった」
「はい、ヴァルターから」
「そうか……ヴァルターはどうしてる」
「とても……落ち込んでいました。
どうしてこんなことになったのかと」
「そうだろう。
彼はとりわけ目をかけていたから、マンフレートに」
マンフレートについて語る時のマインラートの瞳は、ホルンガッハー氏や他の第三師団の騎士たちと似ていた。
燃え盛る炎のようでありながら、夕立ちのように哀しみに濡れている。
「昨日の私への取り調べで推測できることは、私が第四師団所属で定期的に各国境線へ赴き王都ラングザームとの通信を預かる人間であること、そしてマンフレートとも緊密に連絡を取り合っていた仲ゆえ、手助けをしたと考えられているようだということだ。
そして父も退官したとはいえ元第四師団の参謀部書記官。
国外逃亡の幇助の疑義だ」
「そんな……では三人は、もう」
「ラングザームはもちろん、トラウムヴェルトにはもう居ないだろうとのことだよ」
この短期間でどうやって。
ユリアンは共に飲み明かしたかつての友の顔を思い浮かべる。
そしてそれは痛みを伴った。
「確かに誰かの手引がなければ難しいだろう。
それが私たちなど……馬鹿げている」
吐き棄てたマインラートに、ユリアンも深く頷く。
「あまりに短絡的だ。
納屋から見つかったものだって、マンフレートが置いていったに違いないのだから」
ユリアンの言葉にマインラートの瞳は揺らいだ。
引き結ばれた唇は苦し気で、そこから哀歌が諳んじられてもユリアンは驚かない。
良き友を失ったユリアンのそれよりも、イルクナーの悲しみは深い所にある。
せめてそれを覆えやしないかと、ユリアンは拳を握った。
自分に何ができるかを考えていた。
「オティーリエから、手紙を預かったよ」
受け取るその瞳はモーリッツ氏に似ていた。
「あの子はどうしている? 母さんは」
やっと穏やかな声色になった質問に、ユリアンは微笑んで答えた。
「元気だよ、ふたりとも。
こちらが励まされている。
いざという時、女性は強いね」
「そうか」
マインラートも笑った。
「早く出なければな、こんなところ」
「もちろん。
釈放に必要なものはすべてシャファトに任せてくれ」
「そんな気遣いをさせなきゃいけないことにとても恐縮するよ。
申し訳ない、現状、甘えさせてもらうことになると思う」
「甘えだなんて言わないでくれ、わたしたちはもう親族なのだから」
マインラートは笑った。
「ありがとう」
嬉しそうに笑った。
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面会を終えた後、ユリアンは王宮騎士団第三師団事務棟を出、そこから朝廷の屋根にかかる夕日を見上げた。
いつもならあの夕日の下で、一日の終りの仕事に追われている時間だ。
こんなにじっくりと日が落ちるのを眺めることなど久しくなかった。
手に持った黒革の鞄が重い。
託されたこれに見合う何かをユリアンは為せるだろうか。
不安を溶かし込むようにユリアンは橙色の光を見送った。
帰ろう、オティーリエの元へ。
そして君の手紙で二人が笑ってくれた、と伝えよう。
きっと同じように、彼女は笑ってくれる。




