第二十九夜 心の底から強く。
母ロスヴィータとふたりで話した。
オティーリエも話に加わろうとしたのだが、「午後から第三師団に行ってくる、二人になにか伝えることはないか」と訊ねると、慌てて部屋に戻って手紙を書くことにしたようだ。
「家人の反応はどうですか」
言葉少なにユリアンが訊ねると、母は端的に「問題ないわ」と答えた。
「皆同情的よ。
受け入れる従僕団に関しても、やはり自分の身に置き換えたら、と思うのでしょうね。
そんな目に遭わせることはできない、と気持ちが新たにされたわ」
母はフォン・シャファト伯爵家の女主人の顔をしていた。
とても頼もしいことだった。
「オティーリエと従僕団のことは、母さんにお任せしてよろしいでしょうか」
「もちろん。
あなたはあなたが為すべきことをなさい」
父と同じことを言われて、ユリアンは押し黙る。
昼は三人で簡単に済ませた。
食堂の大卓ではなく、客間の小卓で。
母とオティーリエはもうずっと前からそうであったかのように睦まじかった。
不安の影を見せないオティーリエに、ユリアンは少しの安堵を覚える。
「今日は難しいかもしれないが……明日、たくさん話そう」
家を出る時にユリアンが呟くと、オティーリエは笑った。
嬉しそうに、笑った。
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まずは主計局へ赴き、自部署と上司に挨拶をしてきた。
誰もが同情を寄せてくれて、かつユリアンの立場を理解してくれていた。
「今の時季におまえに抜けられるのはキツい、さくっと片付けて戻ってこい」
ユリアンの直属の主計官はそう背中を押してくれた。
「リーンハルト・ケッペン氏にお会いできるだろうか」
王宮騎士団第三師団の事務棟へ赴き、収監されているモーリッツ・イルクナー、マインラート・イルクナー両氏への面会申請をする。
その際にホルンガッハー氏が述べていた名を告げると、面会前に会ってくれるという。
先日ユリアンが軟禁されたのとは違う別室へと通され座っていると、それほど待たずにやはり大柄の騎士がやってきた。
「ケッペンです、宜しく」
ユリアンが立ち上がり迎えると、手短にそう述べてケッペン氏は手を出してきた。
どの騎士でもそうだが手が大きく、その力にユリアンは握り潰されるのではないかとひやっとする。
「ホルンガッハーに頼まれました、こちらをお持ちください。
お渡ししたことは他言無用に願います。
また、見せるのも知らせるのも、お父上のみに限った方がいいでしょう。
御家に戻ってから見てください。
また、管理は厳重に願います」
「これは……?」
黒い革ケースはずっしりとしていて、上目遣いになりながらユリアンは訊ねる。
「現段階での調査資料です」
ユリアンは呆気に取られた。
「そんな……機密情報ではないですか! 何故わたしに」
「私もホルンガッハーもシュヴェンケも、これ以上何も出てこないと考えています。
イルクナーを有罪にするもの以外は」
ユリアンは言葉を継げず、口を開いたが閉じた。
「貴男に託すのは貴男がイルクナー側の人間で、かつその無実を信じる者だからです。
そして私たちが入り込めない外朝での情報収集が可能だ。
私たちは完全中立でなければならない。
イルクナーに関する証拠が出てしまえば、それを以って裁きの座に上らなければならない身分です。
例え、自らの中では無実であろうと考えてはいても」
ユリアンは深く息を吸い、吐いた。
そして訊ねる。
「あなたたちは……わたしに何を望みますか?」
「朝廷内及び上位貴族内での情報収集と調査を。
そうして、イルクナーが無実であることの証明を」
****
まずはモーリッツ氏との面談になった。
二人一緒にというわけにはいかないらしい。
騎士がひとり控えている小さな個室にて待っていると、両脇を騎士に捕られたモーリッツ氏が連れてこられた。
「義父さん」
ユリアンが思わずそう言って立ち上がると、モーリッツ氏は泣き笑いのような表情で「ありがとう」と言った。
「面会に来てくれたことも、父と呼んでくれることも」
ユリアンは両手を広げて迎えた。
しばし互いに声もなく抱き合い、その存在を確かめあった。
「誰も信じていませんよ、お二人が関与しているなど」
そのままの姿勢でユリアンは言った。
「ありがとう」
モーリッツ氏の声はかすれていた。
「オティーリエから、手紙を預かっています」
互いに上体を起こした。
コートの内ポケットに入れていたそれは少しだけよれていたが、モーリッツ氏は高価な真珠を授かるかのように両手で受ける。
そのまま開封しようとするのでユリアンは席を勧めた。
「あの子は、どうしていますか」
手紙に目を落としたままモーリッツ氏は訊ねた。
「お二人をとても心配していますが、元気です。
マクシーネ様も、イルクナーの従僕団も、お二人が戻られるのを待って留守を守っておいでです。
誰一人、お二人のことを疑ってなどいません」
涙に濡れた瞳をユリアンに向け、もう一度「ありがとう」とモーリッツ氏は言った。
「あなたが居てくれることが、こんなに頼もしく感じるとは。
これまでも何度も思いましたが、あなたがオティーリエを選んでくれて良かった。
本当に良かった」
その言葉に相応しく在らねばとユリアンは思った。
心の底から強く。
強く。




