第二十七夜 自分にできることはなにか、と。
日が昇る頃には浅い眠りから覚めて、ユリアンは目を瞬いた。
起きている者も幾人かいて、体を起こすと「おはようございます」と声を掛けられ、ユリアンも挨拶を返した。
顔を洗うために部屋を出る。
扉の外に騎士が控えていて驚いて声を上げそうになった。
寝ずの番とはなんと大変なことだろう。
思わずユリアンは「お疲れさまです」と言い、騎士は目礼した。
「この階の居室と食堂、厨房は昨夜の内に調べを終えました。
どうぞお使いください」
ありがたい話だった。
きっと昨日のサンドイッチの件を見ていて厨房を開放するために急いでくれたのだろう。
「助かります、ありがとう」と述べると、「いえ」と一言だけ帰ってきた。
部屋の中の起きている者に声を掛けた。
「食堂が使えるそうだ」
大きな安堵のため息を着いた男性は厨房担当らしく、両隣の男性を揺り動かして起こした。
「朝食の準備をして参ります。
景気づけに豪華にしましょう」
いつもはもう仕事に入っている時間なので、目が冴えてしまっていたそうだ。
まだ眠たげな男性たちを引っ張って行くのに着いて、ユリアンも水場に向かった。
顔を洗った後、まだ静かな玄関を出る。
「おはようございます」
ホルンガッハー氏から声を掛けられた。
玄関脇には仮設のテントが張られていて、いくつかの椅子と卓があった。
寝泊まりのためではなく指揮系統のために設置されたのだろう。
「食堂の件、ありがとうございます。
毎回外から調達するのは難儀だと思っていました。
助かります」
「いえ、私たちは皆さんを苦しめるために来ているわけではありませんから。
逆に、シャファト伯爵が動いてくださらなかったら従僕団を路頭に迷わせなければならなかった。
こちらが感謝しています」
「そう言っていただきありがとうございます。
大変なお仕事ですね、夜通しとは」
「昨夜は例外ですが、今日からは三交代ですよ。
もうすぐ早番の者が来る。
他の勤め人と特に変わりません」
「そうですか、よかった。
皆さんの食事はどうされるのかと思っていました」
「私たちのことまでありがとうございます。
一日食事を抜いたところで死にはしませんが。
第三師団は特にこうした長時間労働があり得ますからね、皆慣れています」
こんなことがそうそうあってはほしくないのだが。
そう思ったのがわかったのか、ホルンガッハー氏は口元に笑みを浮かべた。
「王都でここまで大きな案件は久しぶりです。
私が配属されてからは初めてと言っていい。
なんの皮肉か、私も指揮を取ることになってしまいました。
誰もやりたくありませんからね、イルクナーを有罪にする証拠探しなど」
ユリアンはホルンガッハー氏の精悍な横顔を見た。
朝日に照らされた茶髪は光を含んで輝いて見えた。
「……どうしてこんなことをあなたに話すかわかりますか」
こちらを向いて、微笑んだ顔はどこか寂しそうだった。
「……いいえ」
「……もしかしたらあなたが、イルクナーを無罪にする報せを、もたらしてくれるかもしれない、と。
そんな愚かな男の悪足掻きですよ。
私たちは私たちの仕事をしなければならない、けど、あなたならーー」
ホルンガッハー氏は言葉を打ち切り、遠くを見やってから首を振った。
「忘れてください」
ユリアンは何を為すべきか考えた。
自分にできることはなにか、と。
正門が開いたのが遠目に見えた。
「早番が来ましたね」
ユリアンは言葉なくホルンガッハー氏と共に3台の大型馬車を迎えた。
「おはよう、シュテファン、眠くなさそうだな、俺の代わりにそのまま働け」
「断る。
伯爵、紹介します。
今回指揮を執る人間のひとりです。
ベン、挨拶を」
「伯爵!? え、あの貧乏くじ引いた伯爵? おー!」
声を上げた騎士の頭をホルンガッハー氏は目にも留まらぬ速さで殴った。
「……申し訳ない、有能ではあるのですが、中身がありません。
ベンヤミン・シュヴェンケです。
なるべくお目に掛けないよう夜勤に押し込みます」
殴られた騎士は呻きながら頭を抱えていた。
騎士にもいろいろあるんだな、とユリアンはどこか感心した。




