第二十一夜 「一緒に来ていただきたい」
ニクラウスはユリアンを店主に頼んで真夜中に店を出たという。
起こしてくれればいいのに、とぶちぶちとユリアンは呟いた。
店主に多めのチップを渡して、路端に停車していた馬車を拾った。
朝帰りは久しぶりで、母の小言を想像して少々げんなりする。
父はいつも上手く機嫌をとっているが、結婚すると自分もあの術を身に着けなくてはならない。
そう考えてこれは修行だ、と思うことにした。
案の定母は玄関先で待ち構えていた。
ああ、こういう時父さんはなんて言ってたっけな。
「朝一で母さんの顔が見れるとは今日は幸先がいいですね」
「まあ、口先で丸めようとするだなんて、父親に似てきましたね、ユリアン。
ごまかされませんよ、結婚前だと言うのになんですか、その生活態度は。
身支度をしたらすぐにいらっしゃい」
おかしい、効果がない。
「承知しました」と項垂れて、ユリアンは父に極意の伝授を頼もうと思った。
****
いつもと変わりなく出勤し、ユリアンは自分が付いている主計官と共に各部局の予算分布について議論していた。
来年度予算を組むに当たり各所からは嘆願のような申請書が上がって来ているが、それら全てに応じるのが主計官の仕事ではない。
国家の必要を考えての資金計画を立て、予算と財政投融資を運用するのだ。
当然多くの知識が求められ、多角的な視野を持っていなければ務まらない。
主計官補佐という今の仕事は、ユリアンにとって刺激的で、学ぶことが多くて謙虚にさせられるものだった。
前の部署でも思っていたが、これがきっとユリアンの天職だ。
戸口がノックされ、他の主計官が顔を覗かせていた。
「ユリアン、法規課のやつが来てるぞ」
「今行きます」
すみません、と断ってから部屋を出る。
てっきりニクラウスかと思ったのだが、廊下で待っていたのはユリアンの同期だった。
「どうした、アルバン。
予算編成のことだったら答えられないぞ」
「違うよ、それも気になるけど。
ニックを知らない? 出勤してきていないんだ」
「えー!? 本当かい、困ったな。
昨日はわたしより先に帰ったんだが、もしかして家で潰れているのかな」
「そう思って人をやったんだよ。
家に戻っていないみたいなんだ、ユリアンの所にいるのかと」
「戻っていない? そんな馬鹿な、路端に転がっているって? ……だったらどうしよう」
「ほんと、どうしようなんだよ。
なんせ、彼、王宮騎士団の第三師団に関する文書持ち出してるんだよ」
ユリアンは一瞬何を聞いたかわからなかった。
「――なんだって?」
「昨日、最後に資料庫に入ったのがニックなんだ。
記名帳にある。
今朝、資料庫番の騎士が確認して気付いた。
第三のところだけごっそりない。
でも、僕らはニックがそんな大量文書を持ち歩いているの見てないし」
血の気が引いて行くのがわかった。
「わたしも、見ていない。
昨日、わたしと一緒に飲んでいたときはそんなもの何も持っていなかった」
重い沈黙が落ちた。
「と、とりあえず……ユリアンの家に行ってるわけじゃないんだね」
「うん、来ていない。
けど、使いを出して訊いてみるよ、それらしい人が訪ねて来なかったか。
酒楼にも問い合わせてみる、ニックがどこに行ったか、なにか忘れ物がないか」
「ありがとう、助かる。
他になにか、思い当たったことがあったら、連絡くれると嬉しい」
「もちろん、すぐに」
「ありがとう。
ちょっと、うん、すごく、大変だね。
はは、ぜったいユリアンのとこだと、はは」
少しよろめいて、同期の青年は自部署へと戻って行った。
ユリアンは身を翻して自分の席に戻り、家への言伝を記そうとペンを取る。
書き終わるよりも早く手元に人影が落ちて、「ユリアン・フォン・シャファト君」と声が掛けられた。
初めて聞く声にそちらを向くと、王宮騎士団第三師団の実働部隊であることを示す腕章をした大柄の騎士がユリアンを見下ろしていた。
「あなたに、謀議の嫌疑が掛けられている。
一緒に来ていただきたい」
そう言って示された書状は確かにユリアンの名が記され、公式文書であることを示す国璽が捺されていた。
2019/12/02
「第三騎士団」を
「王宮騎士団第三師団」に修正しました。




