第十七夜 「君と話がしてみたかったよ、赤髪の王子様」
更新が遅くなり申し訳ありません。
いつも読んでくださる皆さまに感謝です。
また、先日は誤字報告ありがとうございました。
初めていただき感動しました。
もったいなくて数日そのままとっておきました。
両家の顔合わせは恙なく終わった。
場所は母屋一階の主会場で、誰もが空気を読んで訳知り顔で遠巻きに眺めていた。
一種の見合いのようなものだが、本日はダンスがメインの夜会ではない。
あくまで観楓会であり、野外でシャファト家の色付いた庭を眺めつつ余興を楽しむことを目的としている。
なのでユリアンが誰の手を取るか、ということに注目が集まることもなかった。
家主からの気取った挨拶などもなく、招待客は事前の知らせ通りに肩肘張らないこの催しを面白がっているようだ。
まもなく野外で一組目の芸者たちが技を披露すると侍従が主会場で述べると、大半がグラスを持ったままいそいそと移動を始めた。
玄関口ではシャファト家の領地の特産であるガーゼリネンで誂えたブランケットを希望者に渡している。
風もなく晴れていたが、晩夏の夜は冷え込むこともある。
どれも柄が違う一点物であり、そのまま持ち帰って土産としていただくので、女性たちは楽し気に自分の好きな柄を探していた。
ユリアンが目を上げると、オティーリエの兄、マインラートと目が合った。
互いに近付こうとしたところにエルザ嬢が現れ、心得たとばかりに「行きましょう、面白そうだわ」と、オティーリエを引いて野外へと向かった。
「君と話がしてみたかったよ、赤髪の王子様」
壁際の長椅子に共に着くと、開口一番にそう言われてユリアンは言葉を継げなかった。
「オティーリエからいつも聞かされていてね。
世界で一番素敵な方だと」
くつくつと喉を鳴らしてマインラートは笑った。
何と言っていいかわからずに、ユリアンは手を挙げて侍従に飲み物を頼む。
もう一度マインラートを見ると目が合って、じっと見つめられた後に微笑まれた。
「――騎士でもない男に、妹を託すことになるとは思わなかった」
ぽつりと呟かれた言葉は、本音だろう。
覚悟していたこととはいえ、ユリアンは身が竦む思いでその言葉と視線を受けた。
「ご批判も反対も、覚悟の上です」
真っ直ぐに目を見返しつつユリアンが言うと、マインラートは笑みを深めた。
「しないさ、そんなこと」
「武門の私たちには縁遠かったので気にかけたこともなかったのだが、以前からシャファト家のご嫡男については、良い評判しか聞かなかった」
侍従からグラスをふたつ受け取ってユリアンが渡すと、それに口づけつつマインラートは言う。
「まさか、とは思ったけれどね。
私も、両親も、反対する要素なんて最初からなかった、悔しい程にね」
喉を鳴らして笑うマインラートに、なんと返してよいかわからずにユリアンもグラスを口に運んだ。
「父が言っていたよ、『娘はやらん、と言ってみたかったんだ』とね。
母が、『それは無理よ、シャファトのご子息よ』と言って、私も同意した。
あの子はとてもおっとりとしている子だから、きっと私か母が、見合いをさせて好い人を見つけてやろうと思っていたんだ。
それが、とんでもない大物を連れて来たものだ、と思ったよ」
「……お許しいただけるのですか」
「残念ながら、そういうことになる。
家格が上のあなたに言うような言葉ではないのだが、可愛い妹をとられる哀れな兄の戯言と流してくれ。
反対できる要素がないんだよ。
失礼ながら、あなたが朝廷で仕事をしている様子も窺いに行ったんだ。
思ったよ、なんて真面目な好青年なんだ、とね。
それしか収穫がなくてとてもがっかりした」
「ここはわたしは、ありがとうございます、と言うべき所ですか?」
「そうしてくれるとありがたい。
父があなたに話しかけない理由がわかるか? あなたが想定以上に良い男だからどうしていいかわからないんだ」
「光栄です、そうまで評価していただけて」
「私も光栄だよ、あなたのような男の所に、オティーリエを送ってやれる」
どこか遠くを見るようにしてマインラートは言う。
そしてやおら立ち上がると、ユリアンを見下ろして笑った。
「さあ、そろそろ父の所へ行こう。
引き延ばしたところでオティーリエの気持ちは変わらない。
あなたがこの王都一の男だと知らしめて、父に引導を渡してやってくれ」