第十四夜 「良い日にしましょう、次代様」
うれしはずかしだいすき!!!
…なところまでいけませんでした、すみません…
朝からとても忙しく感じる日だったのは確かだ。
仕事は半休のところを全休にしてもらったが、ユリアンが夜会の準備関連でなにか家人たちのように動けるわけではない。
だから家にいたところで何もすることはないのではないかと思っていたのだがそうでもなかったようだ。
ユリアンのための夜会であるから、家長であるヨーゼフではなく、ユリアンへと家人は最終的な裁可を仰ぎに来た。
王宮から派遣されてきている家政の練れ者たちは、皆その技量に見合わずほとんどユリアンと変わらない年齢層の人間ばかりだった。
従来のシャファト家の従僕たちからも、本日を限りに王宮へと戻る彼らを惜しむ声があちこちで上がっている。
今週共に過ごしただけなのに、もう何年もの間この家に仕えてきてくれているかのように溶け込んでいる彼らに、ユリアンは行き会うたびに「今日は宜しく」と声を掛けた。
「エンデ、今日は宜しく」
家令のフースとの進行の最終調整をしている姿を見かけて、王宮侍従団の調整役の姓を呼んだ。
柔らかな灰髪に冴えわたる水色の瞳の彼は、少し目を張ってユリアンを見て、微笑んだ。
「良い日にしましょう、次代様」
彼を含めて王宮侍従たちはユリアンを「次代様」と呼ぶ。
フースやユリアンの幼少期から勤める者たちのように「坊ちゃん」ではないのだ。
それはユリアンの背にひとつの芯を通したようで、ここ数日ユリアンは自分のことをよくよく考えるようになった。
ユリアンは四十二代続いてきたフォン・シャファト伯爵本家の、嫡男であり独り子だ。
そのことは物心つくころから学び、理解している。
そして自覚もある筈だった。
いずれ自分は父より爵位を譲渡され、『シャファト伯爵』になる。
故に忙しい生活の合間に有爵家としての務めを果たし、社交時季が始まる前と終わる頃には必ず父と共に領地へと赴いた。
それは当然のことで、疑問にも感じたことはなかった。
だからこそ考えた。
父の背を思う。
わたしは、その責務を全うできるのかな。
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遅い午後には一番にジルヴェスターとカイがにやにやしつつ、それぞれ年代物の高級酒を片手に連れ立ってやってきた。
それはもう母が抱き寄せて口づけでもしそうな勢いで迎え入れた。
勝手知った様子でふたりがにやにやしながら談話室へと吸い込まれて行くのを見届けて、ユリアンはエンデ氏から最終報告を受ける。
「現段階で参加予定の皆様からの辞退の報せはありません。
ですので遅刻される方を含め予定通り六十二名、参加者リストに変更はありません。
侍従の配置は館内と野外とで四対六も変更しておりません。
憚り部屋は野外にては予定通り園丁部屋と厩舎管理室、そして従者宿舎の一階を解放し、案内板も出しております。
館内は一階と二階を使用していただき、三階は立ち入りを制限し侍従の控えとします。
野外の催しの三組の芸者たちは現在従者宿舎で待機中です。
周辺警備に関しましては警ら隊が巡回に入るとのことです。
敷地内については王宮騎士団から六名の派遣があり、現在も野外にて警護任務についています。
各御家の馬車につきましては事前に報せてある通り、一度お帰りいただく予定です。
臨時の停車場に関しては近隣の空き地を確保しましたが、そちらにも警らが入ります。
参加される皆様の受付は前半に私とフィルツが、後半にゲリッケとハンゼンが入ります。
予期せぬ御来場者様に関しましては、先日の取り決め通りで宜しいでしょうか?」
「そうだね、そうして欲しい。
君に委ねておけば本当に安心だと感じるよ、エンデ」
「勿体ないお言葉でございます。
いただきましたお言葉に恥じぬ勤めを果たせますよう精一杯お仕えさせていただきます」
微笑むエンデ氏は本当に心からそう言ってくれているようで、ユリアンは少し気恥ずかしいような、けれど晴れ晴れとした気持ちで手を差し出した。
エンデ氏は少し目を張り、それからためらいなくユリアンの手を取った。