第十三夜 「やっとわかるか、胸臆の花が!」
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ユリアンが少年合唱団でリードソロの指名を受けたとき以来の張り切りようで、母は女主人としての辣腕を奮った。
急遽来週末にシャファト家にて夜会を執り行うことになったのだ。
表向きは季節の移り変わりを愛でる観楓会だが、要はシャファト家とイルクナー家の顔合わせだ。
シャファト家の王都邸は領地を持たないイルクナー家の邸宅よりも敷地が小さいが、家格と夜会の主旨を鑑みるにシャファトで催すのは当然と言えた。
見事な飾り文字での招待状を夜を徹して量産し、母の水色の瞳は隈を落としている。
朝食前にすべてを一度確認し、家令のフースに渡すと、母は満足気に微笑んだ。
「……ユリアン、衣装を新調しましょう」
眠気などあり得ないとでも言うように爛々とした目で言われ、ユリアンは朝食の手を止めた。
「……来週ですよ、間に合うわけがないでしょう」
「衣裳部屋のカロリーネたちがなにがあっても間に合わせると言っています。
あなたの晴れの日ですよ、ユリアン。
着古しなどで迎えられますか」
こうなると止められない。
ユリアンは気取られぬようにため息を吐きながら答えた。
「……なにを着るかはもう決めています。
再会時に着ていた燕尾服で迎えるつもりですよ」
「まあっ!」と母が色めき立った。
「素敵! 素敵だわ、ユリアン! まあ、まあっ!
どの服なの? それをアレンジするのもいいわね! 後で確認するから出しておいてちょうだい!」
「……わかりました」
「ではあなた、わたくしたちの衣装を新調しましょう!」
我関せずを貫いていた父が流れ弾に当たり口元に運んでいた茶を吹きかけた。
「……主役はわたしたちではないよ、ロスヴィータ」
「もちろんです! けれど主催が主賓を最大限おもてなしするのは当然ですわ!」
こうなると止められない。
ユリアンとヨーゼフは気取られぬようにため息を吐いた。
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数日後、実に美しい飾り文字での名が刻まれた封筒を掲げて、満面の笑みのジルヴェスターとカイが現れた。
こいつらはまだ新米だというのに毎回定時で切り上げてユリアンの部署に全力疾走してくるのだろうか。
その割には息も上がらずにいるが、ユリアンがこの二人を撒けたことは皆無だ。
「ふっふっふー、ようやくだねぇ」
「やっとわかるか、胸臆の花が!」
部署入口で騒がれたら困るので、「ちょっと待ってろ!」と慌てて追い散らしてユリアンは帰り支度を急いだ。
招待状にはイルクナー家とのことはなにも触れられていない筈だ。
犬かと思うような友人たちの鼻の良さに、ユリアンはため息を吐いた。
そして例に漏れず今日も今日とて居酒屋に連れ込まれたわけだが、なにを問われてもユリアンは頑として口を割らなかった。
……うっかり惚気てしまいそうだったから。
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次の日には母が渾身の力を込めた招待状への返事が次々と舞い込んだ。
公式の夜会ではなく主旨が実に個人的なものなので、招待客は最初から普段近しい付き合いのある家のみと決めていた。
厳選に厳選を重ねて選ばれた二十二の御家と個人は、急な招待に何かを察したのか、一件どうしても抜けられない仕事のため参上できないとのことで、代わりに秘蔵の酒を樽で届けさせると確約するものの他は、遅刻の旨を詫びるいくらかの手紙を含めてすべて出席との返事だった。
中には『おめでとうございます』と既に書いてきた家もあり、ハルデンベルグ候はその筆頭だった。
ご夫妻とエルザ嬢、そしてご嫡男のアードリアン氏が出席とのことだった。
当のイルクナー子爵家は、ご夫妻の他にもちろんオティーリエ、そしてその兄であり王宮騎士団第四師団所属である、マインラート氏が参加する予定だ。
この夜会は規模の小さい非公式のものである。
しかしそれは世間の貴族社会におけるものとの比較においてであった。
代々驕ることなくことなく慎ましく生きてきたフォン・シャファトという家において、一世一代の催しだった。
忠義な家人たちの熱意は最高潮に達した。
臨時の人手を雇おうという話が出たが、父ヨーゼフがひとこと口にすれば、王宮から計十人余の侍従と侍女が派遣されてきた。
シャファト家の勝手に慣れるため、五日程をシャファト家にて過ごして引継ぎを受け、もうずっとそうしてきたかのようにお仕着せを着こなしていた。
さすが、玄人は違う、とユリアンは感心してしまった。
そうこうしている内に慌ただしい空気の時間は流れ、夜会当日を迎える。