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看護の道  作者: 蒼龍 葵
二章 贈られた有難い言葉
7/11

「聞くは一時の恥、聞かぬは」


 人間の命はお金で解決出来ません。もし看護師がミスを犯しても病院、企業に守られているところが殆どで、誰しも看護師であれば必ず『保険』に入っているはず。

 この保険ってのは生命保険と似たようなもので、「万が一大きな医療ミスをしてもお金で自分の資格を守れる」というやつです(ざっと言うと)

 簡単に例を出すと、自分が注射失敗して患者の神経損傷したとか。その患者に対しての精神的負担とかかる医療、その他フォローのお金を「保険」が全て賄うというものです。だから自分がたとえ一文無しであっても借金地獄になることはない。


 とは言え、そういう保険で守られたとしても自分が犯した重大なミスは何年経ってもしこりとなり残ります。それが残らない人間はやっぱり仕事に対しての責任感がないんだろうなあ……。


 私はこの15年でそこまで大きなミスってのはありませんでしたが、今でも『あの時ちゃんと対応出来ていたら……』と思う事が沢山あります。


 さあて少し過去の話をしよう。


 当時の私は新人一年目。呼吸器内科は終末期医療と、肺がんの患者が8割、老健(老人保険施設が当時は全く充実していなかった)に入所できず、自宅で老々介護も出来ずに病院に置かれている人、たまに肺炎や慢性呼吸不全や筋肉疾患による難病で入院する人らが2割のマンモス病棟でした。

 イメージがつきにくい方に一言で言うと、一日で看護師が受け持ちする患者は約12〜14名。うち一部屋6人が一人で全く動けないベットで寝たきりのご老人。かつもう一部屋は抗がん剤治療の方が必ずいるので、朝の9時から夕方まで時間できっちり落とす抗がん剤を続けないといけない。そして点滴を押して歩くのでそのフォロー、勿論ナースコール対応。当時はフリーナースもいなかったので入院が入ったらその対応も。

 寝たきりの方は大体体重50〜60くらい。もっと重い癌の若い方もいましたが、その人らの処置を一人で全部しないといけないのです。タイマー四つ持ち歩き、抗がん剤と処置の時間で分刻みのスケジュール。

 先輩も忙しくて手伝ってもらえなかったので同期と後輩で声を掛け合いやるわけですがその間にお亡くなりになる方がいるのでそっちの対応に入ったり…。


 ちょっと医療的な話なのでやはりイメージはつきにくいと思います。簡単に言うと女の子が一人で大男を転がして全身清拭とか車椅子にのせるまでやる感じです。それ以外にも30分毎に点滴に行くとかそんな感じで伝わりますかね?


 その当時の私らは同期が3人だったので、珍しい検査などはその時出勤してる新人の早い者勝ち的な感じでした。

 先に述べた通り私はコミュ障で自分から「この検査入りたいです!」と言えるわけがない。仕事をバリバリこなしてたキャピキャピな同期が積極性を見せる中で私はそれを見てるだけ。

 後から同期にどんな検査だったのか聞いても見ていないからイメージがつかない。そんな日々が半年続き、私が新人一人の時に受け持ちした患者のことだ。

 いつもの点滴を終え、さっきまで元気だった癌患者が痙攣発作を起こす。

 付き添いしていた妻からのナースコールで「なんか目つきおかしいみたい」と言われ訪室。

 たしかにおかしい。「うぅ。うう!」と引きつけのような声をあげている。でもつい2分くらい前にヤクルト飲んでたよ。むせたのか?!

 わかんない、でもなんか変だ……としか思えず、隣で処置をしていた先輩に「あの、●さんなんか、ちょっとおかしいようなので見てもらってもいいですか?」とお願いすると、先輩はすぐにナースコールを押し救援を呼びました。

 私は脳転移による痙攣や脳神経の勉強がかなり疎く、症状に関連した看護が出来ていなかったのです。肺がんは転移率がかなり高く、その癌の種類(肺がんの中でも分類されている)によってかなり違う。中でも脳転移は確率的にかなり高いもので、脳転移による脳死状態はよくあることだった。

 すぐさま救急カートが持ち込まれ、心臓マッサージ開始、モニター(心電図)は別の方から急遽借りて臨床工学技士に新しいのを依頼、奥様へのフォローは副師長が行なっておりました。

 心臓マッサージをする先輩の背中をただ見つめることしかできず、狭い部屋でベテランのスタッフが手際よく動き、担当医は外来から戻り奥様へICインフォームドコンセント


 その方はお亡くなりになりましたが、もっとしっかり勉強していたら対応も違ったのではないかという思いで涙を流しておりましたが、「泣いてもどうしようもないでしょ。あんたの対応が悪かったわけじゃないし転移の場所が仕方ないからこうなることは予測されてたでしょ」と。

 確かにその方はリカバリー室(ナースステーションの隣で急変もありえる場所)にいた方なので明日は命がないかも知れないということは頭で理解していた。でも実際に目の当たりにした瞬間身体は動かなかった。


 ただ、振り返るとあの時自分にとって幸運だったことは、隣の患者処置で優しい先輩が居たこと、忙しくて普段いない副師長が病棟にいたこと、奥様が日中付き添いしていたから大切な方との最期を一緒に送れたことでしょう。


 この事件があってから私はやっと「検査」に積極的に入るようになった。丁度夜勤も始まり、緊張のあまり眠れなくて胃もたれしたりまたストレスで太ったり忙しい身体でしたが、半年過ぎて「この検査初めてなんです……」と言ったら「なんで今まで入らなかったの! もうすぐ新人だってくるんだよ、あんたチャンスいっぱいあったでしょ!」としこたま怒られました。そりゃ当然ですよね、同期はもう一人立ちしてスムーズに仕事をしているのに私にはそれが無かった。この事件がなければもしかしたら、私はずっと検査に入らないまま一年が過ぎ、後輩が入ってきたら勿論後輩が優先になるのだから『何も知らない使えない先輩』になっていただろう。


 それだけではない。私達の行動一つで患者の命に直結してしまうのだから、分からない事は必ず聞かないといけない。ただ、新人であった自分もよく分かる言葉がある。


「分からない事があったら何でも聞いてね」だ。


 新人は「分からないことが分からない」だからその聞き方ではダメなのだ。

 彼らは不安を抱えながら仕事に来て、全てが初めてで、全てが分からない。かと言って(こんなことを聞いたら恥ずかしい、怒られるんじゃないか?)という気持ちが強い。

 

 安心してください。聞く新人は好かれます。仕事を始める上で鼻っぱしの強い奴よりも「分からないので教えていただけますか」と素直に聞いてくる子の方がその職場で上手くやっていけます。


 これはどの業種も一緒。聞くのは一時の恥。


 『知ったかぶり』で聞かないまま何年も経ってから聞くと「何で今まで聞かなかったの、じゃあ適当にやってたのか!」と自分の評価を落とすことになり兼ねないので、これから新しい場所へ行く方はどうぞこの言葉を留めておいてくださいね。

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