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看護の道  作者: 蒼龍 葵
二章 贈られた有難い言葉
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「人にやられて嫌なことはするな」


 私が尊敬する先輩の一人から教わった大切な言葉がある。それについて触れるには私の地獄時代の話をしなくてはならない。


 看護師は現場勝負なので、たとえ国家試験で満点の成績を取ろうが、看護学校や大学を首席で卒業しようが、結局は「対人間」が全てものを言います。


 私ははっきり言って補欠合格だし、自己採点で行くと国家試験もちょーギリギリで合格した出来損ないの奴です。多分今の難しくなった頭でっかちな試験なら受かることはなかったでしょう。


 新人から希望で入った呼吸器内科から突然追い出され、手術場への勤務移動。そりゃあ永遠に同じ職場で働けるなんてありえないのだから異動は仕方ない。でも何でよりによって手術場!?

 私、就職の際に緊急の場所は向いてないってはっきり言ったよ。ああついにもう自分もお払い箱かよ……


 正直、頭は悪かったけど点滴の腕は呼吸器で相当鍛えられたのでそこそこ仕事は出来てたと思います。ただ、後輩看護師がキャピキャピしながら若い研修医と仕事中にでかい声で雑談してるのが腹たって怒鳴ったのが悪かったのかなあ。

 その時丁度師長も変わってしまい、これまた若くてキャピキャピした人だったから根本的に私と合わなかったわけですわ。


 でもよく考えて下さい。オープンカウンターのナースステーション(つまりは窓などの仕切りがなくていつ誰でもすぐに声をかけられる環境。多分今の病院では当たり前ですが、当時は密室ナースステーションでした)

 目の前には明日死ぬかもしれないガンの末期患者の病室がずらり。そんな環境でよくきゃーきゃーできるよなって。

 私、自分の親をここで診てたら許せないよ。中には泊まりで看病に来る家族だっていたんだよ。それをさ、くだらない話して患者家族に聞かれたら…って思わなかったのかなあ。

 だから言ったのが「時と場所を考えろや」

 師長まで一緒にキャピキャピしてたからそれも怒ったら移動になりましたとさ笑。目の上のタンコブって奴かしら?


 そんな中、5年目くらいで移動になった手術場。当時の私はメガネをかけても視力が0.6ギリギリで、コンタクトは既に作るのが限界と匙を投げられるレベル。だから瓶底メガネで仕事していたよ。

 そんな奴がここに移動ってことは「辞めます」と言わせたかったのかなあ。と。

 勿論私は手術場なんて100パー向いてないし、最初に言ってた通り私は血が嫌い。昔産婦人科の実習でお産に立ち会った時貧血起こして顔面蒼白になりこっそり出たくらい。こっぴどく怒られたし縫うシーンとか見れなかったけど、切る音だけでアウト。

 グロ系も全く無理で内臓を見るとゔっ。。ってなるから呼吸器に居たのに……(未だに根に持つw)


 そんなわけで、私は手術場に行きたくなかったんですよ。ぶっちゃけ、スタッフ本当に本当にめちゃくちゃ怖かったし。

 なんでスタッフが怖いかって、『命のやり取り』一番『人の命の重さ』を預かる職場だからです。悪いが●ード・●ルーのようにあんな優しい環境じゃないですよ?

 そこのスタッフはめちゃくちゃ怖かったけど腕はエキスパート。新人ちゃんと同じタイミングではない移動だったが、あの時は新人も覚えが早く器械出し(医者のサポートで隣に立ち医者の欲しい器械を渡す役割)をしていたね。

 私は勤務移動の際に師長へは「私は器械出しなんて無理なので記録専門にしてください」って言いました。だってメガネだし、乱視が酷くて見えないんだもん。正直色々大変だったけど、たまたまいた同期が親身になって教えてくれたのが救い。


 勤務移動してすれ違うスタッフに「お疲れ様です」って声かけたのに、怖いおばちゃんに「おめぇ挨拶もまともにできねぇのか!」って怒鳴られたのは忘れられない思い出。ちびるかと思うくらい怖かったよ……。顔も般若みたいに殺気だってたし。

 ホント内気で声も小さかった私が今相当でかい声になったのはこの手術場で相当鍛えられました。

 記録専門とか言ってたのに、何だかんだと人が少なくてやることはやらされる。話はどんどんかわり、器械出しも簡単なものはやるようになった。教えてくれた同期と先輩と、外科リーダーの後輩ちゃんが優しかったから感謝。

 そこそこ仕事はなれてきて、新人さんや勤務移動のコが来た時に、オブザーバー的に後輩らの悩み相談は聞いていたからそういう意味で役には立っていたのかな。同じく内科から来た子とは友達ではなかったけど語りましたもん。さっさと先に辞められたけど(笑)


 さてここまで触れておきつつ、この怖い手術場で出会ったのが今も地元に帰ると飲みに誘ってくれる先輩。この方はおかんのお友達(というか以前おかんが指導した人)の義姉さんらしく、環境に慣れない私に声をかけてくれました。

 内科からここに来て大変でしょう。と言ってくれ、私が左利きのせいで上手く器械を渡せなくて糸もつけるの遅くて医者に怒られても居残り練習したり同期に色々聞いて勉強してた姿勢を評価してくれていたらしい。

 勤務移動して半年、外科の医者にはいつも針糸遅いと叱られ、一部の若いスタッフからは陰口も叩かれ、仕事に対しての充実感もなく日々病棟に戻りたいという気持ちしかなく。


 生まれて初めて「不眠症」になり、夢でも器械出しをしていたり、新しい器械出しをつけられた日は眠れなくなり、最後は何を食べても味がしない。

 毎日はるさめヌードルしか食べなくなり、心身ぼろぼろになった私は「もう仕事首でもいいから辞めさせて下さい」と師長に哀願。

 しかし当時の残念な師長は「そんなこと言わないで」と笑いながら聞く耳も持たず。おかんは外来で働いていたので、私はおかんが定年までは絶対に顔に泥を塗るような仕事はしないと決めて同じ病院で働いていた。

 体重は16キロ落ちて味覚もなくて、何よりも大好きなコーヒーを不味いと思えた時点で生きる楽しみすら失っていたと思う。

 そんな私と師長のやり取りを帰ろうとしていたこの先輩が聞いていて、ぽんと肩を叩いて言ってくれたのがこの一言。


 「●さんはよくやってるよ。仕事が出来なくて当然じゃない。だってそうでしょ、あんたが来てまだ半年? これですぐに仕事が出来たら私らいらないじゃん(笑)内科から来て、全然違う場所で働いてさ。利き手も違うし、いつも一生懸命でさ、私はあんたのことをちゃんと評価してるよ。頑張んなくていいんだよ。だって頑張ってるもん。いいんだよ、頑張んなくて」


 今でも先輩に言われたこの言葉を思い出すと涙が止まりません。

 自分は頑張っているんだけど、みんながあまりにもエキスパート過ぎて、呼吸器では仕事が出来たのにここでは新人以下で。それでも誰かに「認めてもらいたかった」んだ。

 この時は厳しい先輩に認められていたことが何よりも嬉しくて、ぼろぼろ泣きながら言葉を詰まらせていたら「私変なこと言った? ごめん泣かないで」とオロオロさせてしまいましたが。


 そんな長年交流のあるこの先輩ですが、手術の際は必ず守っているルールがあります。黒い話をすると、麻酔がかかると患者は寝るので医者や器械出しの看護師との雑談なんて聞こえません。

 はっきりいうとどこの病院もそうだと思いますが、手術は医者のテンションが下がると色々厄介なので、基本麻酔がかかり、ある程度手術が落ち着いたら雑談タイムに入ります。特に内視鏡とか、ガン細胞の結果待ちの間とか。

 そんな中でこの先輩のルールは患者に対して真摯な態度なわけです。私は思い切って先輩に聞きました。

 帰ってきた言葉はごくストレート。だから私はこの先輩が「好き」なんです。


「だってさ、例えば●さんの恋人とかさ、親とかが入院した時にやだなーって思われるような事はしたくないじゃない? 私だって自分の親や甥っ子がされて嫌なことはしたくないもん。だからなんだってそうだよ、人にされて嫌な事はしない。それが基本でしょ」


 長く仕事をするとついつい日々の流れ作業のような業務に追われて忘れてしまいがちになるこの大切な姿勢。

 私は今もなお自分がいっぱいいっぱいになった時はこの言葉を反芻します。相手が自分の大切な人と思いながら関わる。

 

 自分の援助を振り返ってください。

 あなたのしている事と同じ事を自分の家族に置き換えてください。


 巷で虐待がニュースとして出ると心の底から残念になります。そういう方々は相手を「患者」としか見れてないのです。そしてもっと残念なのは教育ができないその「病院」そのもの。

 人間の本質は指導しないと変わりません。そもそも私がそうでしたから。

 看護師に向いてないといわれ続け、根っからの負けず嫌いと親に迷惑をかけたくない、この気持ちだけでしがみついて仕事をしてきだが、私の場合は本当に人に恵まれたからこそ今は胸を張って働けている。


 新人を育てる看護師の皆様、どうかもう一度初心に戻ってください。認めてあげてください、ゆとり世代の子らは頑張る事を放棄はしていない。人間の欠点を見つけるのは簡単だが長所を見つけるのは本当に難しい。ただ、その長所をしっかり伸ばしてあげることがバーンアウトしない看護師を育てることになるのではないでしょうか。


 ベテランの皆様、もう一度振り返って下さい。あなたの看護は親に行っても誇れますか?

 患者はモルモットじゃない。同じ「人間」です。だからこそイライラした時ほど振り返りが必要。

 ダメな看護師を見たら「私はこんな風にはならないぞ」と反面教師。いい看護師を見たら沢山そこから吸収してください。


 今の私がこの仕事で頑張れているのはきちんと自分の仕事を評価してくれるこの先輩に出会えたからです。

 本当に手術場は死ぬ一歩手前までキツかったし、鬱の始まりはここからでしたが、移動した事で私は変われたし、なによりもきちんと人と会話が出来るようになったと思う。


 どんなにキツイ中でも必ずいい事はあるはず。どうか諦めないで。必ずあなたの仕事を見てくれる人がいるのだから。

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