第3話
その春、久しぶりに老人がシルヴィアの屋敷にやってきた。
色とりどりの花が咲き乱れた春の景色に対して、グレーのマントをはおり、疲れた様子の老人はあまりにも異質だった。
「闇が滲んどる」
その老人の言葉を聞いたシルヴィアは、真っ青になった。そして洞窟の奥の部屋に老人と引きこもり、夜まで出てはこなかった。
夜遅く、二人の前に出てきたシルヴィアは十ほど年をとったような、疲れ果てた顔をしていた。シルヴィアはお気に入りの花柄のソファに身をうずめると、暖かい紅茶をひとすすりした。そして、二人をみつめた。
「あなた方は行かねばなりません」
絞り出した声は苦悩に満ちていた。眉間のしわが、たった1日の間にどっと増えたように思えた。
「なぜ?どこに行かなくてはならないのです?シルヴィアおばさま」
マリッサが聞いた。
「あなた達二人は遠い北の国の王族。行方不明になっている国王と私の可愛いオリヴィア王妃の間に生まれた子供なのです。本来の名はソレイユとルナ。
私は15年前、オリヴィアから頼まれて、彼を北の国まで使いにやりました。オリヴィアは、北の国の情勢に不安を抱いていましたが、事態の展開があまりにも速かったし、身重の動きもままならぬ体。自分たちの身を守るための策をこうじる時間はなかったのです。
オリヴィアは、ひとまず産み落としたばかりの我が子を信頼していた侍女のリアに預けました。リアは、オリヴィアが南の国から連れて行った腹心の侍女でしたからね。そして、リアと子供たちは舟で川を下って、老人と合流し、この屋敷に来ることになっていたのです。なのに…」
老人が言葉を続けた。
「リアは、お前さんたちを乗せた舟ん中でこときれとった。背中には矢がささっとった。わしは、城の様子を確かめる間もなく、この屋敷に向かったのじゃ。事態が、それほど緊迫しとるとは知らなんだ」
老人は溜め息をつきながら、首をふる。
「オリヴィアからの連絡は、その日からぷっつりと途絶えたきり…。生きているのか、それとももうこの世にはいないのか。それすらもわからないまま。オリヴィアだけではありません。あの国の王家の人々はみな、消えてしまったのです」