第36話
更紗に連れていかれた風呂に、マリッサは目を見開いた。
南の国では、風呂といえば、陶器で出来ているものだけれども、東の国の風呂は岩で出来ている。
そもそもマリッサの知る風呂は、すべて室内にあるし、一人で入るものだ。
東の国の王城の風呂は、屋外にあるばかりでなくただっ広い。
マリッサと更紗は二人が入っても、まだまだ余裕がある・・・どころのはなしではない。
百人くらいは一緒に入れるだろうか。
二人は、一緒に岩風呂の白濁した湯のなかに体を沈めた。
こんなにも広いというのに、なんとなく近くにいるというのがちょっと不思議である。
「池で水浴びしているみたい・・・」
夕闇の迫ってきた大きな露天風呂の視界を、もうもうとした湯気が遮る。
ふとマリッサは更紗の背中に目を留める。
マリッサは息を呑んだ。
そこには、白い肌には似合わない赤黒い刀傷があった。
傷は、更紗の背中を斜めに横切り滑らかで美しい肌に、おどろおどろしい印象を与えている。
いけない・・・と思いつつも、マリッサはその傷から目を放せない。
更紗が、びくっとする。
「これ・・・どうしたのか聞いてもいいかしら?」
マリッサが聞く。
困ったような顔をした更紗が、口を開く。
「昔からあるものです。
・・・私、捨て子だったんです。
捨てられていた私を美香さまが拾って下さったときにはもう、この傷があったそうですわ」
「子供の・・・女の子の背中に、こんな傷をつけるなんて!!」
マリッサが激高する。
「でも、もう痛くないんですよ?」
更紗が明るい顔で答える。
痛みとかの問題じゃないわよ・・・
そう苦々しさを感じるマリッサの思いを、もうもうと立ち込める湯煙が隠してくれていた。