惚れたかも
今日はお姉さんに散髪をしてもらった。
今までは自分で適当に切っていて、ザンバラな感じになっていた。
もちろん、まだまだガキなのでそういう髪型も範疇内だけど、これから成人を迎えようってのが、いつまでもそれじゃ笑われるわよと、そう言われては気になるものだ。
散髪の経験があるとかで、試しにやってもらったんだ。
「お姉さん、これ、商売に出来るんじゃない? 」
そう言うと、満更でも無さそうな顔でさ、実はそれを考えた事もあったらしい。
ただ、それがそこいらの地味女ならではの話であり、中々に整った顔のお姉さんでは、プロポーズ相手が大挙しそうだし、実際、カットの店の構想を立てた時、その雰囲気を感じて断念したらしい。
なので、もしやりたいなら地味な変装の必要があるね、と言うと、その詳細を求められ、例えば前髪をだらりと垂らすとか、黒縁の伊達メガネを使い、ニキビのようなのを化粧品で点々と描き、服も地味目な感じにするとか。
それを聞いて妙に気に入ったらしく、改めてカットの店の構想を立て直すらしい。
どうやら散髪自体は好きなようで、それを仕事にするのは嫌ではなく、ただ客が別の目的で通うようになるのが嫌なだけで、それさえ無ければと、それだけが懸念だったとか。
なのでもっと年を取り、誰も振り向かなくなった頃に改めて始めようと、構想のまま停止になっていたんだとか。
髪を切るのに服は邪魔になると、素っ裸での散髪になっていたんだけど、良いアイディアでお姉さんのモチベーションがかなり上昇した結果、第2ラウンドに突入した。
そうしてまた身体を洗ってもらい、すっきりとした髪と身体で更に快適だったのは言うまでもない。
◇
フログラップの別の使い道を考えてみる。
確かに傘やレインコートも有用だけど、それは使っているのがすぐに分かってしまう。
誰にも知られないように使う方法は無いものか。
そう思っていて、ひとつの懸念に思い当たる。
実はこの世界では、ピルに該当する薬があるんだけど、それを長期に使っていると、年を取った頃に色々と身体に不具合が出るんだそうだ。
それでもお姉さんはそれを承知のうえで、オレと行為に及んでいる。
そうしてこの世界ではゴムは無い。
ならさ、あれで作れないか?
てな訳で買って来ました回復薬。
いやね、回復薬って普通は試験管みたいなのに入っていて、それで型取りが出来そうなんだ。
まだまだ発展途上のオレとはサイズが違うけど、伸ばしてフィッティングすれば多少は縮まると思うし、そのうち成長すれば使えるようになるに違いない。
実は処理前のカエルの皮はかなり伸縮自在になっていて、処理をすると形状固定になる代わり、長期保存が利くようになるんだ。
だからさ、アレの形にしたうえで、薬品処理をすればいけるんじゃないかと。
ああでも残念だ。
もう全部処理済だった。
よし、明日の狩りの時に現地で作ってみるか。
◇
驚かす⇒仮死になる⇒胃袋を切除して処理してボックス⇒
皮を剥ぎ取って、回復薬の容器に被せ、そのまま処理をする⇒思ったとおりだ。
形状固定したので内面も処置しようと回復薬の容器を抜くと、かなり引っ張ったせいなのか結構縮んだ。
よし、オレのサイズだ。
そのままひたすらゴム作りに熱中し、終わった頃には既にに夕方になっていた。
朝からこればっかりだったな。
ちなみにこの狩場ではグリーン・フロッグしか居なくて、もう需要の無いカエルのせいか、大量に沸いて町の迷惑にならない限りは放置されているので、誰もここに来る者はいない。
それでなくても他の狩場にも出るので、その時についでに狩られるぐらいか。
まあ、鈍器で殴れば気絶するので、初心者でも狩れる初期の魔物扱いされていて、初心者が狩るぐらいだけど、ここでは群れているので、誰も来ない場所になっているだけだ。
実は狩場で作業に熱中できる理由は他にもある。
『広がれ、広がって警戒しろ。我に危害を与えようとする者を探れ、我が魔法よ』
これで周囲警戒になっているんだ。
最初に我が魔法ってやっちゃったからそのままだけど、本当は我が魔力だよな。純魔力のままでの行使なんだし。
だけどさ、見える魔法に組み立てるより、このほうが効率が良さそうなんだ。
それに思うままに構築出来るし、わざわざ汎用の魔法にする意味を感じないんだ。
火を点すにしても、別に火の魔法を行使する必要も無い。
『行け、我が魔法の欠片よ。行ってその木片を燃やせ』
これで火が点くんだ。
『我が喉の渇きを癒せ、これなる容器に満ちよ、我が魔法よ』
こういうのもある。
要はイメージなので、火のイメージなら火に、水のイメージならば水になる。
なので魔力の欠片を飛ばしただけでは、例え見えたにしても何の魔法になるかは相手には分からない。
ただでさえ透明な魔法の行使なのに、属性不明だと防げないだろ。
オレもな、いくら魔法の素養があると言っても、そこいらの奴らと同じにするつもりは無かったんだ。
そうしてこれを確立させた。
自分の魔法に不可能は無いと、万能だと、そう思い込む事によって。
◇
すっかり遅くなっちまったな。
早く帰らないとお姉さんが心配しそうだ。
「おーっと、ここは行き止まりだぞ」
なんだこのおっさんは。
「何の用だ」
「そういきがるなよ。なあ、お前、あのリカの家によく行くらしいが、メシでも食わせてもらってんのか」
「だったらどうした」
「あのな、あいつはいずれ、オレの嫁になる女だ。だからな、そろそろ遠慮してくんねーか。分かるな? 言っている意味が」
『我が魔法よ。薄く薄く延びて回転し、全ての物を切断しろ。行け、我が敵はそいつだ』
「お、お前、まさか、貴族? そ、そんなバカな。お前は貧民だと、確かに。止めろ、止めてくれ。ぐぁぁぁぁ、助け……」
やれやれ、こんなのが執着してたんなら、カットの店も思い止まるはずだ。
『散らせ、散らせ、人だった物を。粉砕してこの世から消せ、我が魔法よ』
証拠隠滅と。
◇
「遅いから心配していたんだけど、どうやら気のせいだったみたいね」
「もっとしたい」
「くすくす、はいはい」
気の高ぶりが治まらない。
能動的な殺人は初だしな。
確かに以前、殺されそうになっての反撃で殺したけど、あの時は仕方が無いって感じが強かった。
だけど今日はそうじゃない。
あいつを殺したいと心の底から感じ、その想いのままにこの世から消し去ったんだ。
ビジネスライクなつもりでも、もしかしたら惚れたのかな。
そうかも知れないな。
こんないい女なんだし。
だけどオレは負担にはならないぜ。
◇
ああ、さすがにやり過ぎたな。
ちょっと腰に来ているかも。
今日は狩りは止めて、昨日の続きをするか。
処置してない皮を取り出し、小さく切って被せて処置、外して中も処置と。
ずっとやっていたからかなり慣れたな。
とりあえず、昨日の分と合わせて200ぐらいとなり、専用に用意していた容器にも入りきらないぐらいになった。
いや、実はさ、処理薬品の入っていたつぼがさ、保存容器にちょうど良かったんだ。
それと言うのも処理薬品自体に漬けておけば、縮まった状態のままで安定するようで、装着してみたけど実に都合が良いんだ。
薬品がまるでジェルのようで。
んで、昨日早速お試しでさ、使ってみたんだよ。
そうしたらさ、感触は多少異なるものの、感じようはあんまり変わらず、これで薬を使わなくても妊娠しないなら、かなりありがたいと言ってね、これからはこれを使う事に決まったんだ。
しかもだよ、これって洗えば再利用が効くんだ。
ゴムのようでもゴムじゃないからさ、弾力はあるもののその耐久性はお墨付きだし、だからその耐久性を調べる為にも、どれぐらい再利用が効くかを試してみようと思ったんだ。
その結果、もし出来たにしても迷惑を掛けるつもりはない。
確かに産みの苦労はさせるものの、そこから先はオレが世話をする。
そりゃかつても独身だったけど、親戚のガキを何人も世話させられたんだ。だからやる事は分かっている。
あの頃はまだ学生だったというのに、長期休暇が育児で終わるとか、とてもクラスメイトには言えなかった話だ。
今にして思えば、共働きで赤子を親戚の学生に預けてとかさ、信用されていたのか愛情が薄いのか、どちらにしてもろくなもんじゃない。
どのみち信用と言っても失敗をすれば責めるんだろうし、だから失敗しないように必死だったけどな。
そうして夏休みは育児で終わり、その報酬だと……
やれやれ、40日の奉仕で4000円ってどんだけケチなんだよ。
殆ど無料奉仕に近い事をやらされて、あれであの親戚とは付き合わないようになったんだったな。
うちの親も呆れていたからさ。
いずれ当時の事をあのガキが、そういうのが分かる頃合になった頃に、こっそり暴露してやろうと思っていたのに、こんなに事になって残念だよ。
さぞかし恥ずかしい思いをしてくれると思っていたのに。
紙おむつはもったいないからと、布を使うのは良いんだけど、洗うのはオレだったんだ。
なのにそんな事までやらされて、日当100円って有り得るかよ。
日当100円ってどんな時代だよ。
当時の事を思い出したのは、ついこの前までの境遇を思い返してていたからでもある。
換算率ははっきりとはしないものの、鉄貨が100円前後じゃないかと思っている。
つまりさ、あの親戚は丸一日働かせて、奉仕の1割の報酬しか出さなかったんだ。
つまり、貧民よりも少ない報酬って事になるとか、それじゃもう奴隷だよ。
◇
実際、親戚じゃなかったらとっくに訴えてたな。
なんせ最初に聞いたのは日当4000円だったのに、結局は全てで4000円に事実を捻じ曲げやがったんだから。
大体、いくら学生アルバイトでも、日当4000円はかなり安い部類に入り、それも親戚じゃなかったら断っていた話だ。
それを親がさ、困っているらしいから助けてあげて欲しいのよ、とか言うもんでさ、仕方なく請けた話だったんだ。
親からの補填? そんなのあるかよ。
確かに呆れていた風には見えたし、あれっきりあの親戚との付き合いは、オレは無かったものの、親たちはどうやらそうじゃなかった風だった。
邪推になるかも知れないけど、あれってもしかして親と親戚が共謀してオレを嵌めたんじゃないかと、少なくとも当時のオレはそう考えていた。
だからかな、高校を出たら都会の大学に逃げるように入り、それっきり田舎には手紙の一枚も出してないから、こちらの電話番号も住所も知らないままだ。
田舎を出て10年か。
恐らくもう戻れないだろうけど、万が一戻れたら連絡ぐらいはしてみるかな。
こちらで親を亡くした感傷かも知れないけど、今無性に産みの親の顔が見たくなったんだ。
まあ、叶わぬ夢だろうがな。