放水作戦
おやっさん愛用のナイフの冴えに助けられ、大量の仮死カエルは全て胃袋を取り出され、今は本物の死を迎えていた。
実のところを言うと、こいつの皮の用途もある。
おやっさんから聞いた知識に含まれるんだけど、この皮自体はかなり弾力がある代わりに長持ちしないが、胃袋の処置をする薬品で処置してみたところ、弾力は幾分少なくなるも、長持ちする皮になったんだそうで、おやっさんは使い道に困った挙句、屋根の雨漏りの場所に詰め込んだんだそうで、もっときちんとした使い道が分かったら教えてくれと言っていた。
試しに処理してみたところ、確かに風船のような弾力は幾分減ったものの、それでもまだまだ伸縮性がある。
これぐらい弾力があるなら多少の無理も効くし、傘とかレインコートにならないか?
薄いのに丈夫で、しかも水を通さない。
他にもまだまだ用途はありそうで、今後の研究が楽しみなところだ。
それは良いんだけど、おやっさんたら新素材なのに名前を付けてないんだそうで、聞いてみたけど単に『カエルの皮』としか言わず、逆に考えておいてくれと言う始末。
しかしな、そういうのは苦手なんだよな。
緑色の蛙の皮ね……
薄くて緑の半透明……
薬品は無毒だから食品にも……
むむむ、何とかラップとか……
良いかも知れない。
商品名『フログラップ』
フロッグとラップを合わせただけだ。
元々、処理薬品は水筒にするのに毒性があってはならんと、先人は相当苦労してわざわざ毒性の無い素材で拵えたらしく、食い物のガードに使っても安心なので、様々な用途が思い付く。
こりゃヤバいぞ。
うっかり出せないな、こいつ。
派手に用途があり過ぎて、あの商人に知られたら取り込まれちまう。
そうなりゃもう、商人お抱えの冒険者になるより道はなくなり、発想と開発の人生になる。
そんなのリアルだけにしてくれよ。
ゲームの中まで仕事が開発とか、洒落になってねーぞ。
ふうっ、あれからもう13年が過ぎたというのに、まだ戻れるつもりでいるのか、オレは。
確かにゲームという触れ込みでスタートした転生だけどさ、これっていわゆる異世界転生だよな。
殴られれば痛みもあるし、切れば血はドバドバ出るし、とても全年齢推奨のゲーム内容じゃない。
だからもしかしたら、他の奴らはまともなゲームをしていて、オレだけ何か変な事に巻き込まれたのかも知れないと思っている。
だからもうリアルと割り切ったんだろうに、何未練な事を考えてんだ、オレは。
◇
安くて料理の美味しい、あの商人お勧めの宿は定宿になりそうだ。
だけどいくら安くても、仕事をしないと金は減っていくばかり。てな訳でまずは水筒蛙の胃袋を売りにいくか。
え、救命胴衣? そんなのあとあと。
そういうのは成人してからまた考えるとして、今は生活基盤をしっかり整えるのが先決。
冒険者になったんだし、この町で依頼を受けながらの副業として、水筒蛙の胃袋は売っていくつもりだ。
皮はまだ世に出さないさ。
あれはもっとしっかりと生活基盤が整い────そうだな、持ち家でも出来てからかな。
そうしてしっかりと製造基盤も整ってからになるだろう。
そうしないと、大手の商人には抗えず、販売ルートの確立もやれないまま、情報だけが拡散していく羽目になる。
そうなったら足元を見られて叩き売りになった挙句、そいつらの儲けになるだけだ。
今はまだ、貧民上がりのタダのガキでしかないんだから。
それでもその用途は有用だと、こっそり自前のみで使う事にした。
長袖の下着のような物を水筒蛙の処理皮膜で拵え、下着の上に着る。
それと言うのも梅雨まではいかないものの、この時期は天候が不順でさ、すぐに雨が降るんだよ。
確かにもう寒くはないけど、雨の日は少し肌寒い事もあり、身体を濡らしたら大人はともかく、こんなガキの身体じゃ風邪を引いてしまうだろう。
だからその予防の為のレインコート風下着の開発だ。
天気の良い日は蒸れるのが難点だけど、さすがに晴天から雨天に変わるなんてのは滅多にない。
曇天の日だけ使うようにすれば、蒸れて困る事も余り無さそうだ。
今日は晴天だけど、お試しだから仕方が無い。
バッシャン────
くそ、誰だよ。
「ああああっ、ごめんなさーい」
2階から水が落ちてきて、下のオレはすっかり濡れ鼠だ。
「本当にごめんなさい。まさか下に人が居るとは思わなくて」
「けどよ、ここは路地だろうがよ」
「こんな裏路地、まともな人は通らないわ。だから問題無いと思ったのよ」
「それはオレがまともじゃないと貶しているのか」
「違うわよ、一般論よ。あああ、早く拭かないと風邪引いちゃうわ」
「そいつは自分でする。その代わり、慰謝料を寄越せ」
「あらあら、すっかりアウトローのつもりなのかしら。感心しないわよ、そういう悪振りは。さあ、早く家に入って。さあさあ服を脱いで。あら、何を恥ずかしがっているの」
おいおい、こいつ、もしかしてショタか何かかよ。
妙に意気込んだ風にオレを家に引きずり込んで、今もこうして服を脱がそうとしているが、まさか、下が分かっていてわざと?
そう言えば水と言っても別に汚れた水じゃない。
おかしいよな、掃除が終わった後の水なら、もっとドロドロの泥水のはず。
なのに綺麗な水が落ちてきたんだ。
これ、絶対に作為だろ。
「お姉さんって小さな子供に興味があったりするの? 」
「うえっ────そそそ、そんな訳ないじゃない」
凄い動揺振りだ。
「ねぇ、抱きたい? 」
うおおお、なんて鼻息だよ。
さすがにオレもばあさんが相手なら、間違ってもそんな事は言わないが、出るところはちゃんと出ているナイスバディだし、ツラもかなりの上物だ。
かつてはその手の施設のお世話になっていて、やる事の手順も分かっている。
確かに身体はこんなんだけど、精神はそうじゃない。
それにさ、去年迎えたんだ。
栗の花の臭いの液体が出る行事を。
ならもう使えるって事だろうし、相手が弱い立場ならこっちが有利に話を進められるかも知れない。
ショタ相手のエンコーか、興味もあるし、やっちまうか。
◇
若いって良いねぇ。
行為が終わった後の、あの妙な疲れは全くなく、それどころかスカッと気分爽快だし、身体が軽くなったような感じ。
しかもだよ、これからも逢瀬の約束をしたし、やりたい盛りの身体をもて余す事もない。
いやぁ、良いセフレが見つかったもんだ。
楽しい思いをさせてくれるばかりか、それでお小遣いまでくれるって言うし、セフレサイコー、エンコーサイコー、なんてな。
あいつの興味は恐らく、数年で終わるだろう。
だったらその間、しっかりと飽きるぐらいにやる必要がある。
何でも最初が肝心だし、一度飽きるぐらいになっておけば、そうそうやりたいとか思うようにならないかも知れない。癖になるとヤバいけど。
スケジュールとしてはこうだ。
朝、宿の飯を食って冒険者協会に赴き、面白そうな依頼が無ければ常設の依頼をこなす。
そのついでに水筒蛙を狩って、処置した皮は死蔵して、胃袋をあの商人に売りにいく。
その帰りにあいつの家に寄り、サッパリとした後で身体を拭いてもらい、夕食を食わせてもらって宿に戻る。
戻ったらまたメシは食うけどな。育ち盛りだし。
本来なら若いツバメとして同居って方法もあったんだけど、折角の安くて良心的な宿だけの事はあり、今は満室になっているんだ。
たまたま、ひとつだけ空いてた部屋に潜り込んだので、一度抜けると次は泊まれる保障は無い。
皆が皆、長期の客ばかりで、たまたま町を離れる冒険者が解約をしたばかりだったんだ。
そうじゃなければずっと満室の宿って評判になっていて、あの商人も運が良ければって話だったぐらいだし。だから通いなんだ。
それはそうとあのお姉さん。
元はどっかの商人の後添いになったってのに、すぐに商人が旅先で亡くなり、店は親戚が継いだものの、まとまった金を握らされて追い出されたと聞いた。
酷い話のようだけど、下手に居座っても針のむしろになるだろうし、それぐらいなら金を得て出たのは賢い選択と言えるだろう。
財産争いに巻き込まれたら、バックの無い彼女は一番弱い立場だし。
もっと法律がしっかりと確立している世界なら他の道もあるだろうけけど、そうじゃなければ君子危うきに近寄らずは真理なのだ。
最悪、寝ている間に首を絞められた挙句、急病で後を追うように亡くなったって評判を流布されて、それで流されてしまう可能性も決して低くない。
お姉さんは少しゴネて金を余分にもらう代わり、もうスッパリと縁を切り、その町から出て行くという約束で契約は成立し、今ではこの町で安楽に暮らしていたんだとか。
そうしてもう結婚にまつわる様々な事には嫌気が差したものの、行為自体は欲していた。
そうして町でのんびり暮らすうちに、若い肢体に興味を持つようになり、次第に行為の相手として求めるようになっていったんだとか。
それでも普通の感性でそれを受ける奴はいない。
確かに恋の相手には不自由しないだろうけど、ある程度ビジネスライクに付き合えるのは滅多にいない。
誰もが所有権を主張して、お姉さんの嫌がる大人の関係を築きたがる。
もう、結婚は嫌な彼女にとって、今は行為それのみを欲している。
だけど若い奴らは嫁さん候補として付き合うんであって、行為のみに留まる事は無いのが現状だ。
そんな中でオレとの出会いだ。
あの放水作戦は以前にもやった作戦らしいけど、毎回結婚騒ぎになるからもう止めようと思っていた矢先、最後の1回と割り切っての事だったと。
それで理想の相手が見つかったんだから、私は満足だわと、ベッドの中でオレを抱きしめて満足そうにそう告げたんだ。
ちなみに身体を拭くのも彼女の希望だ。
防水の素材は見せないものの、かつてあの倉庫に敷いていた防水テント生地は見せてある。
馬車のホロに使う生地と言えば、それっぽいねとすぐに信じた。
そうしてそれをベッドに敷いて、オレを素手で洗うのだ。
高級品の石鹸を使い、丹念に洗った後で塗れた手拭で綺麗に洗い流す。
だからオレの身体はそこいらの冒険者とは比べ物にならないぐらいに清潔であり、宿の女将の印象も悪くなく、とても貧民上がりには見えないそうだ。
大体、いつも石鹸の匂いがする冒険者とか、もっと高ランクなら別として、この若さでそれは有り得ないぐらいだという。
それでもお姉さんは満足であり、オレも満足なのでそれで良いのだ。
本当は湯船に浸かりたいんだけどな。