いきなり10年
貧民街に生まれて10年が経過。
やはりβと同じく職業は貧民のように見えている。
だけどさ、ステータスには貧民の文字は無いんだ。
あるのはただ、『種族・人族+』
このプラスの意味を神殿で聞いてみると、何か良い事をすると付くんだそうで、善行の証みたいに思われていて、それが生まれつきの場合は前世での良い事が反映されているとして、神殿関係者に受けが良いらしい。
その善行だけど、ちょっとやそっとじゃ付かないらしく、君の前世ではきっと世界に貢献したんだろうと言われ、単なるテスターの話からの興味で体験したとは到底言えなかった。
ともあれ、貧民ながらも何かとお得らしい。
もちろん奉仕も必要なんだけど、その見返りがでかいって事かな。
貧民の仕事と言えば、人の嫌がる奉仕が主であり、オレも10才になったからとそれに参加した。
ドブさらいである。
実は既に親はおらず、物心付いた頃には居たものの、数年前に病気で両親共他界した。
死因はどうにも怪しいが、傍目には風邪をこじらせたように見えていた。
そう、親の仕事もドブさしらいであり、あの日は妙に足がかゆいと言っていた。
それから高熱とセキが出て、見る見るうちに衰弱し、遂には孤児になったんだ。
あれって本当に風邪なのか?
それはそうと、独りになったのでもう、バレる相手は居ないからとボックスを開けてみる。
時は緩やかに経過しているのか、もらったジュースがぬるくなってはいるものの、膨らんだりはしていない。
プシッ────
ゴクッゴクッゴクッ────
ぷはぁ、うん、新鮮だ、ぬるいけど。
いやぁ、ぬるい野菜ジュースはイマイチだねぇ。
だけど栄養バランス最悪だったし、これで少し補給になったかな。
そうそう、偽バーもあったっけ。
ぬるい野菜ジュースで食べる偽バーは更にイマイチだったけど、空腹には勝てないようで黙々と食べ続ける。
やれやれ、こんなのを当たり前に食べていたんだなぁ。
◇
ドブさらい対策は完璧だ。
既に下半身には水中害虫対策の塗り薬を塗り、上半身には虫避けの塗り薬を塗っている。
「おめぇ、変な臭いがするぞ」
「すぐにドブの臭いに染まるさ」
「まあそれもそうか」
あっさりクリアで担当地区に赴き、ひたすらドブをさらう。
あーあー、そこらの連中、蚊に食われたみたいでボリボリ掻いているけどさ、ドブさらいの最中のそれは命取りにならないか?
まあ、貧民街じゃ人は人。
なまじ絡むと厄介になる。
うっかり対策薬とか見せれば欲しがられ、断固として断ったにしても夜に侵入されて、家捜しの挙句に見つからなければ、八つ当たりで首でも絞めそうな輩ばかりだからだ。
つまり、人より上を見せるとヤバいので、何も出来ない単なるガキに見せる必要があり、そういう相手には比較的優しいので、今まで何とかなっているだけだ。
これ、実は親の教訓なのよ。
うちの親さ、元から貧民って訳じゃなくてさ、何かの任務のような立ち位置でさ、数年我慢したらどうのこうのって言っていたんだ。
その矢先の病没だけど。
ともかく、誰にも見せるなと親の遺産の品は床下の箱に隠してあり、今ではボックスの中だ。
高級品のはずの懐中時計にはどっかの家のエンブレムがあり、他にも金貨11枚と銀貨56枚があった。
通貨に付いては親に教わっており、金貨1枚が銀貨50枚に該当し、金貨1枚あれば普通の庶民の一家が数年楽に暮らせるらしい。
更に銀貨1枚が銅貨50枚に該当し、銅貨1枚が鉄貨50枚に該当する。
つまりさ、銀貨1枚が鉄貨2500枚に該当するようで、貧民の連中は鉄貨を主に使用している。
そんな訳だからさ、絶対に見せられないと思ったんだ。
そんな大金が床下に眠っていると知られたら、貧民街中の奴らが全員で押しかけたろう。
だから親が死んだら即、ボックスの中に退避させたんだ。
それにしても、これってゲームのはずだよな。
どうやってログアウトするんだろ。
体感的にはもう10年だけどさ、ログアウトの方法が分からないんだ。
βでは床とかベッドに横たわり、『ワールド・アウト』と唱えるとログアウトしたらしいが、毎晩やっていてもう空しくなっている。
◇
奉仕を始めてもう2年か。
近所の連中に風邪? が流行り、半数近くが亡くなった。
ドブさらいをしていた連中が主だったので、もしかしたらツツガムシの可能性もある。
もちろん、藪蚊が媒介した可能性も高く、どちらがどちらか、もしくは両方なのか、ともかくこの世界の医療水準では風邪をこじらせての死亡となっている。
成人は15才から。
だから本来なら後3年あるんだけど、ここの集落も人が減り、そのせいか領主が重い腰を上げるんだとか。
そう、貧民街潰しである。
この世界では貧民の存在は人以下とされているものの、うっかり殺すと罰を受けるとあって、殊更に殺して回る存在はいない。
そのかわり、市民生活のような恩恵は受けられず、死ねば町外れの穴倉に投棄され、そのまま火魔法で焼かれる定めであり、町の墓地は市民のみらしい。
だから親も穴倉の底で灰になっている。
市民になる為には市民株を買う必要があり、そいつが金貨1枚だそうだ。
そうして年間の税金が銀貨2枚だそうで、普通の貧民では税金すらも到底捻出出来ない金だ。
それを買う手もありはする。
親の遺産で余裕だけど、この町ではごめんだ。
うっかり貧民の連中と出会い、市民になっていたらどう思われるか。
あの時、無いと言ったが、本当は親の遺産があったんだろ?
こう言われるに決まっている。
そうしてそこらの路地裏に連れ込まれ、身包み剥がれて殺されるだろう。
市民に対しての犯罪はかなり重い定めだが、元の同類の栄達は誰も望まずその足を引っ張る。
そんなのばっかりだ。
だから市民になりたいのなら、別の町でやるべきであり、オレはこの街を出る決意をした。
◇
貧民街潰し。
12年暮らした、親との思い出の場所は今、真っ赤な炎に包まれている。
先ほど領主様からの情けとして、一人当たり銅貨5枚配られた。
銅貨5枚は鉄貨250枚。
半カビの固いパンが鉄貨1枚なので、1日それ1個なら8ヶ月は生き延びられる。
だけどもそればかりじゃ生きられない。
市民には無料の井戸の使用料金が、つぼ1杯鉄貨1枚掛かるのだ。
更に言うなら、固パンと水だけじゃ、早々に死ぬだろうってぐらいに栄養が足りず、貧民街の片隅の屋台での、野菜と肉の焼き物ぐらいは食わないとやってられない。
そいつが鉄貨5枚の代物だ。
だけどそいつはエール1杯と同等なので、大人な連中は固パンとエールで終わらせていた。
だから身体の抵抗値が下がって風邪ぐらいで死ぬんだよ。
そりゃ確かに万病の元だけどさ、ガキでも助かった奴はいるんだ。
そいつは当の屋台の親父の息子でさ、残り物の野菜と肉の焼き物の処分係だったんだ。
そのお裾分けをもらっていたけどさ。
ちなみにドブさらいの結果、普通の大人で鉄貨10枚が支給られ、子供はその半額になる。
だけどもプラスの効果で10枚もらっていたオレだしさ、焼き物を食う金はあったんだ。
だけどそんなの見せられない。
だからお裾分けの代償に、そいつにドブさらいの報酬全てと偽り、鉄貨5枚渡していたんだ。
そのせいか、残り物とは言うものの、数人前はあったから、かなり多めにくれて助かっていたんだ。
今の身長と体格はそれに起因すると信じている。




