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母親の軌跡

 

 ギルドにまたまた変な依頼が出ている。


 誰も見向きもしないのは、その報酬の安さと難易度のせいか。


『この町に以前あった貧民街の連中が、昼間っからぶらぷらして、そこいらの店で買いもしないのに冷やかして困っている。何とかして欲しい』


 こんな依頼で報酬は銅貨10枚だ。


 確かに薬草5本分の依頼額は安いし、何とかと言っても皆殺しにする訳にはいかないとあれば、仕事を見つけるとか何かしないといけないんだろう。

 それが極悪な盗賊とか言うなら殲滅対象になるんだろうけど、単なる冷やかし連中だから困っているんだな。


「これ、請けるよ」


「えっ、だけどこれは」


「いいからいいから」


「分かりました。では、お願いしますね」


 そうして詳細を聞いて、依頼者の店に向かう。


 依頼者は屋台の女将さんのようで、買いもしないのに、やれ今日は味が薄そうだとか、見るからに旨そうに見えないとか、勝手な事を言っている様子。

 、

 確かにあれじゃ邪魔だよな。


「ほらほら、もう、これやるからどっかお行きよ」


「待ってました」


 ああ、それで味をしめたんだな。


「ちょっと待った。そんなのくれてやる事はないよ」


「あんだてめぇは、今いいとこなんだ。邪魔すんな」


「冒険者だ」


「じゃあ、あの依頼」


「お前らのヤサに案内しろ」


「ヤサって何だ」


 うっ、しまった。

 つい、ヤクザ映画のつもりで。

 そうだよな、そんなの通じないよな。


「隠れ家の事をヤサって言うのさ。お前らがたむろしている場所があるんだろ。そこに案内しろと言っているんだ」


「ヤサか、何か格好良いな。よし、これからはヤサと呼ぶか」


「おう、いいなそれ」


「ヤサか」


「いいなそれ」


「てめぇら、今はそんな事を言っている場合じゃねぇんだ。とっとと案内しろ」


「へ、へいっ」


 どうにも妙な事で盛り上がって、肝心の話が中々進まない。

 中身は悪い人間じゃないようなので、駆除じゃなくて対策の依頼になったんだろう。


 こっちがガキなので、強い言葉で何とかなっているようだが、何とかしないとこのままじゃ拙いよな。


 まずは総勢の数、そして能力の有無、これだな。


 ◇


 総勢26人とはまた多いな。


「仕事はねぇのか」


「それが、以前はあったんですが、最近、よそから来た連中にみんな取られて」


「それまではどうして仕事がもらえていたんだ? 」


「実はさ、オレ達にはあねさんが居たんでさぁ。それで姐さんがあちこちの店と交渉をしてくれて、それで仕事がもらえてたんですが、居なくなってもうかれこれ経ちまして、その効力も薄れたのか他の連中の出す条件に負けたのか、おいら達じゃダメだと言い出して、それでみんなダメになっちまって」


 無責任な姐さんだな。


 組織作って途中で消えるとか、何を考えている。


「ああ、また逢いてぇよ。マイラの姐さん」


 ぐ、偶然だよな。


 うちのマイラ母さんとは何の関係も無いよな。

 ただ、偶然、同じ名前ってだけだよな。


「そいつはずっとこの町に居たんだろ」


 母さんは隣の町だし、関係無いはずだ。


「いや、それがさ、その姐さんはたまたま買い物に来ていただけで、本当は隣の町に住んでいるって言ってました。だけど、今日一日は君たちの為に動くからって、そう言ってくれて」


 ああ、間違い無いな。


 確かに同じ貧民街の連中に世話なんぞしたら、癖になってヤバいのは分かっているから何もやれなかったけど、優しい母さんだったから、そういうのが嫌だったに違いない。


 だから隣町でなら構わないと思ったんだな。


 それでこいつらの世話を焼いて、普段の鬱憤を晴らしたのか。


「マイラにはもう逢えねぇぞ」


「な、何でだよ」


「死んだからだ」


「そ、そんな、嘘だろ」


「おい、ガキ、黙って聞いていれば好き勝手な事を言いやがって。いくら冒険者だからと言っても、こちとら大勢なんだ。あんまし勝手な事ばかり言っていると畳んじまうぞ」


『我が魔法よ。愚かなる者たちに、その威を見せ付けろ』


「う、うわ、こいつ、貴族だ」


「動けねぇよ。このまま死ぬのかな」


「助けてくれぇぇ」


 やれやれ、大げさな事だ。


 イメージは布団だ。


 それをそれぞれに巻き付けるイメージでやってみたんだ。

 安全に捕縛するなら、これしかないって思ってさ。


 言葉での説得も良いが、見てくれがガキなので腕力での威嚇は無理。となればもう、魔法で威嚇するしかない。


 あんまり見せたくもないけど、仕方がないよな。


 おとなしくなったので、自分の事をまずは説明する。

 マイラは自分の母親で、彼女は数年前に病で亡くなった事。

 彼女は隣の国の貴族の出であり、なので息子の自分も魔法が使えるものの、ずっと貧民として暮らしてきた事。

 今はこの町に定住している事。


「それでな、オレはリカの旦那をやっている」


「うえっ、リカってあの散髪屋の? 」


「けどあいつ、結婚は絶対しないって言ってたのに」


「ああ、結婚はしないさ。だけど旦那と言っておけば他の連中は諦めるだろ。あいつは自由を好むって点ではオレと意見が同じなんでな、あいつが飽きるまでの付き合いって事になっているんだよ」


「結婚は夢なのに、それを望まないって変わってんな」


 結婚が夢とか、そこいらの乙女かよ。


 あれは人生の墓場だ。


 女房の尻に敷かれて、独身貴族だった連中は皆、少なくなった小遣いで青息吐息だったんだ。


 だから若い連中が飲みの相談をしているのを羨ましそうに見てさ、こっちが割り勘で誘っても、今月は厳しくてと言うばかりでさ、かつての栄華に思いを馳せる滅びた町の住人のようなのが侘しくて、おごりだから来いって、何度か飲みに連れて行ってやったっけ。


 あんなのを見ていると、とてもじゃないが結婚する気になれなかったよ。


 いかに生存本能がそれをせかそうと、人類は既に数十億も居るんだし、自分ひとりがそれから抜けても別に、人類の総数には関係無いだろうしな。


 ◇


(アリエさん、出ました)


(へぇぇ、あんな安い依頼額であの難易度で、それでも請ける奴が居たのかい。なら、達成の暁には特例でランクアップという、本部の認定者の恩恵を授けられるね。で、どんな奴だい? )


(あの子です)


(おやまぁ。となると、あの子は戦闘技能を見せるまでもなく、Dランクになっちまうんだねぇ)


(えっ、それで良いんですか? )


(ははっ、まさか竜の加護持ちが戦えない事もあるまいし、特に問題は無いだろうさ)


(そう、ですかね)


(ただ、念の為に討伐依頼を出そうじゃないか。盗賊の討伐のね)


(それはまだ早くないですか? )


(何時かは通る道さ、甘やかしてその時に苦労するのは自分なんだ。今ならば比較的簡単なのを渡してやれるが、いざって時に大変な事になったらどうするつもりだい)


(分かりました)


(まあ、聞けば成人は来年って話だし、多少は早いとは思うけど、特例とは言えDランクになるんだし、そうなりゃもう一端の冒険者だ。そんな奴に余計な甘えは命を縮める毒となる)


(じゃあなるべく簡単なのを探しますね)


(ああ、そうしてやるといい)

 

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