雷撃の魔術師
本家と山分けになったので、莫大な収益になった竜のおしっこ。
確かに2週間ぐらいは篭っていたので、日々もらった量はかなりになっていた。
200枚入るつぼを相当量用意しておいたのがそのまま流用されたので、あれからまた購入になったのは余談だけど、それをそっくり渡した事で、一気に身軽になった気分だ。
ただ、そのフタの原料には言及しないで欲しいな。
倒して流すともったいないので、フログラップでフタをしておいたんだよな。
それで思い出した話がある。
地底湖での駆除の時、枕代わりにエアクッションを使っていたらさ、竜もそれが欲しいと言い出して、現地で作る羽目になったんだ。
いくら形状固定が成されるからと言って、あんな巨大な生き物の頭を支えられる訳がない。
だからさ、胃袋の中に胃袋を入れて、その中に更に胃袋を入れるという、多重構造にして強度を増して、更にはそれをフログラップでカバーするって方法で何とかクリアしたんだ。
多重胃袋を8個連結してそれをフログラップで多重にガードするっていう、特殊な代物になったけど、本人はかなり気に入っていたようだからまあ良いかと思ってね。
それもあって日々の供給に応じてくれたんじゃないかと思っている。
オレだったらいかに聖水効果でも、他人に小便を渡すとか嫌だしな。
◇
ああ、日々の平穏な事。
魔物に出会わない森では今日も、薬草を採取するだけの簡単なお仕事になっているし、戻ればその足でお姉さんに会いに行き、暇なら裏でスキンシップとして軽くアレをこなし、忙しいなら床の掃除なんかもやりつつ、店の手伝いをあれこれとこなす。
そうして夕食のご相伴に預かり、また軽くこなして帰宅する。
帰ればろ過器具のスイッチを入れてやれば、数分で風呂水が溜まり、我が魔法がそれをお湯に変えてくれる。
今では自分で購入している石鹸だけど、これも自作がやれそうなんだよな。
商人にそれとなく聞いてみたところ、その製法は秘匿されているらしく、ある国の特産品になっていて、おいそれと他の国では作れないんだそうだ。
その国の特産品は元はオリーブオイルだったらしく、その原料になっているのがあからさまだ。
でもさ、そういうのって異界の知識だよな。
もしかして、居るのか? 同類が。
まあ、それならそれで良いさ。
それなら石鹸という固形物じゃなく、ヘアシャンプーやボディシャンプーといった液体石鹸にするだけさ。
偶然の産物だけど、魔素水に乳化効果があるのを知っている。
つまりさ、魔素水に石鹸が溶け込むんだ。
そうして液体石鹸になる。
今のオレの風呂の友になっているのがそれであり、頭も身体もそいつで洗っているのが現状だ。
ただ、ポンプには苦労したけど、フログラップで何とかなった。
つまりさ、容器をフログラップで拵えて、軽く握れば出るって方式にしたんだ。
胃袋までの大きさは不要なので、それしか無かったとも言えるけど。
◇
「液体石鹸ですと? 」
自作の容器に入れた液体石鹸を商人に渡し、それで実際に手を洗ってもらった。
「これは良い物ですね。わざわざこすらなくても簡単に泡が立ちますし、忙しい時にはもってこいですが、ただこの製法、教えてくれるんですよね」
「その為に持って来たんだし」
「しかもこの容器、あの蛙の皮ですね」
「フログラップと呼んでくれ」
「成程、もう商品名も決めてあると」
「こいつは本来、隣町のギルドお抱えの解体士が開発した品になるんだけど、その用途が見つからずにオレに委託された品になる。だけど本人は大事になるとは予想してないはずで、だからこそ単なる生徒のオレに簡単に話したんだろう。だけどオレは、それはとんでもない間違いだと気付いていた。なんせ処理薬品は元々、水筒に使う為にわざわざ無害の薬品を開発としたっていう代物だ。だから食品を包むのよも使えるんだよ。売り物をうっかり汚れた手で捕まれれば、洗うにしても嫌がるだろうけど、包んでおけば安心だ」
「確かにその手の店には受けそうですね。そう考えるとまさにその用途は万能と言えますね」
「もっとも、処理薬品のほうもそうだけどな」
「確かに潤滑剤にもなりますし、くすくす」
「あれ? 使ってみたの? 」
「くすくす、そちらもですよね」
「ああ、愛用しているさ」
軽い下ネタの後、商談の話となり、フログラップや処理薬品の話はとりあえず置いておき、まずは石鹸の話から始まる。
その製法の余りに簡単な事と、石鹸の原料を知った商人はかなり悩んでいた。
「オリーブオイル、海草灰、それと塩。これだけで石鹸になるとは」
「元の特産品がオリーブオイル。そうして海岸では塩が作られ、海草も採れる。となれば石鹸を国の新たな特産品にしようってのは自然の流れだと思うけど」
「その知恵は何処からですか。さすがに石鹸の原料などという機密、いくら貴族でもおいそれと得られないと思うのですが」
「貧民街で病気ひとつせずに貴族の子弟が生き残れた訳は、親がそれを作っていたからと思わないか」
「そうでしたか、成程ね」
異世界の知識だと言う訳にはいかないので、ここは作っていたってことにしといてくれ。
ごめんな、父さん、母さん。
◇
あの商人は結局、原料は自分で開発したって事にして、固形石鹸とは別物の、液体石鹸を製品として売り出す事に決めたそうだ。
ただ、原料の固形石鹸を購入するより、自分で作ったほうが安上がりなので、自然と固形石鹸も作る羽目になったらしいが。
それで少し知恵を出しておいた。
現状の固形石鹸は長方形の角ばっった代物なので、それの面取りをした品を売りに出してはどうかと話したんだ。
確かにその分が無駄になるようだけど、削ったのを合わせて固めれば、それはそれで石鹸として使えるんだし、庶民向けの再生品として売れば問題あるまいと。
言わば「訳アリ」だな。
更には匂いが無い、というか特有の匂いしかしないので、香水や香料を混ぜてはどうかとも伝えておいた。
本来ならオリーブの匂いがするもんだけど、恐らく原料隠しの為にわざと無関係の素材を混ぜて消臭してあるのだろう。
独特の匂いの石鹸だしな。
ともあれ、そういう際どい商品は、大手に任せるに限る。
今回の持ち込みは、以前の代理人の話が無くなった代償にしてくれと言っておいたのに、山分けになっちまった。
「別にあらかた持って行っても良いのに」
「君は僕のパートナーだしね、そんなにあこぎな事はしたくないんだよ。それに君にはまだまだ先があると思っているんだし、これっきりな取引は逆に損するようなもの。だったら対等にすべきだとね」
「深読みし過ぎだと思うけど」
「また、何か作ったら教えてくれるよね」
「他の商人の伝とか無いしな」
「最近、君の事が他の商会の話題に出る事もあってね、他からの話に乗ったらどうしようかと思ったりしているんだよ」
「さて、どうやって動かすつもりかな。いかに貧民上がりとはいえ、本家からは関係者認定を受けているし、女にも不自由してないし、金に困っている訳じゃない。持ち家もあるし、メシは相変わらずあの宿のメシを食っているが、それで満足しているから美食には興味も無い。貴族のような生活を提示されても、それを断って現在の生活だから意味が無い。これって誘いようが無いよね」
「くすくす、確かにそうだね」
それにしても、どうせオリーブの匂いを誤魔化すのなら、もっと爽やかな香りにするとか考えようもあるとは思うんだけど、それをしてない点で異界の存在の可能性が薄れる。
だから恐らくその技術はこの世界で開発されたもので、それが国営になったが為に、そういう改良に発想が向かないんだろう。
日本人が絡んでいたら絶対、様々なバリエーションの香りの石鹸になったろうし、それが無い時点で存在が否定されるんだよな。
それに液体石鹸だって、魔素水の乳化効果は無理だとしても、他の方法を探ったはずだ。
だから本当に居るのなら、単なる一品だけで特産品なんて事にはならないはずだ。
そうか、お仲間は居ないか。
◇
商談を終えて家に戻ると、玄関前に誰かが寝ていた。
あれっ、うちの警備保障に引っかかったのか?
『我が家に侵入する愚か者に、裁きの鉄槌をもたらせ、我が魔法よ』
イメージがスタンガンなので、勝手に入ろうとしたら「バチン」と、高圧電圧のような雷撃が襲う事になっている。
うっかり侵入されて、ろ過器具を盗られても困るしな。
あれは太陽光発電での充電なので、出しっ放しにしとかないといけないので、苦肉の策で警備保障な魔法で家ごと守っておいたんだ。
ああ、高圧電流じゃないのかと思った人もいるだろうけど、人体に20ミリアンペア以上の電流が流れると、死ぬ人も出るぐらい電流の高いのは危険なんだ。
その代わり、電圧が高くても痛いだけで、そこまで危険って訳じゃない。
もちろん限度はあるけどね。
雷とか数億ボルトって聞くし、そんなの食らったらひとたまりもない。
でも、雷避けか。
出先で雷の対策ってのは確かに必要だろう。
土系のイメージで高い塔を作る感じで、「避雷針の術」って、音だけ聞くともろパクリだよな。
後はスタンガンだけど、作れるかも知れない。
だってオレにはろ過器具のリチウムイオンバッテリーがあるんだし、あれを昇圧してやれば充分に可能だ。
薄い鉄板を重ねて鉄心を作り、双方にコイルを巻いてやれば……なんて、しないけど。
ただそのイメージは有用であり、警備保障に活用されている。
だから発動したら放電状態になるんだよな、バッテリーが。
リチウムイオンバッテリーでの完全放電は命取りなので、急いで充電する羽目になるけど、本体を盗られるよりはましだからな。
◇
倒れていた人は別に盗賊って訳じゃなく、ある商会の回し者と言っては言葉が悪いけど、要はうちにも噛ませてくれっていう用件を、多少の恫喝を含めて出そうと思っていた輩の手先だったらしい。
どうにも言葉が悪くなるのは、その相手が損害賠償なんていう、下らない事を言い出した為だ。
鍵の閉まった家屋に対し、無理な侵入をしない限りは発動しない魔法なのに、それが発動したってのは無理に入ろうとしたに決まっている。
なのに、家に触れたら痺れたと言い出したんだ。
どうやらその商会はある貴族の伝があるようで、こちらが貴族の関連だと知っていても平気で押してくる。
挙句の果てには決闘も辞さないってさ。
てな訳で決闘になりました。
それと言うのも監視人は確かに消えたけど護衛は別だったらしく、すぐさま本家に連絡が行った挙句、相手のバックの貴族との話し合いで、当人同士の決闘で決めるって事になったんだ。
もちろん、詳細は承知の上でだけど。
つまり、相手の貴族もあの商会のやり口には辟易していて、何かの機会でそれを切りたかったらしく、本家のほうに恩を売る形での決着になるとかで、それならってんで受けたんだ。
いやね、相手が雷撃の使い手って聞いたからさ、あのパクリ魔法が使えるんじゃないかと思ったんだ。
◇
「ふふん、こんなガキが相手かよ」
「雷撃の使い手が痺れて気絶ってのも情けないよね」
「あれが雷撃だと? そんにはずがあるか。雷撃ってのは準備が必要なんだ。それを無人での自動発動など、やれるはずがない。あれはもっと別のものだろう」
ああ、発電と昇圧のメカニズムを知らないから、そのイメージが沸かないんだな。
なんせうちは再生開発部だったからな、ありとあらゆるジャンルに精通しないといけなくて、それはもう苦労したんだ。
だから社内ではうちの部署の事を「ウィキ部」とか言っててさ、雑学オタクの集合体みたいな扱いを受けていたんだ。
それはともかく、いざ決闘って話は良いけど、空に向かって両手を斜めに延ばし、長々と唱えるその呪文は良いけどさ、相手が武器を持って突っ込んだら終わりにならないか?
どうにもチンピラの勝利に終わりそうな決闘の相手だけど、完成するまで待ってやるのが様式美なのかな?
まあいいや、こちらも準備しとこう。
『避雷針の術』
傍らに立つその塔は、相手の雷撃を全てその身で受け、対地アースとなってオレには何の衝撃ももたらさない。
「そんな馬鹿な。オレの魔法が」
「次はオレの番だな」
『空気中のチリよ、激しく振動してすり合わせ、身に電気を帯び、相手に叩き付けよ』
おお、雷撃もどきの完成だ。
わざわざ上空に雲なんて作らなくてもこうやって簡単に……
「嘘だ……雲も……無いのに……雷撃が……あり得……無い」
我が魔法の文言を入れないと、イマイチすっきりしないな。
もう癖になっているからなぁ。
雷撃の魔術師とか言われてかなりの自信を持っていたようだけど、単に世間を知らない人だっただけみたい。
だって雷撃が起きるまで数分も掛かるんだし、待ってやらないと誰でも殺せそうに無防備だし。
あれで決闘で勝つつもりだったって言うから恐れ入る。
ああいうのは前衛が相手の攻撃を防いで、初めて効果を成すもんだろうに。
オレが相手じゃなかったら今頃は、土手っ腹刺されて重傷か瀕死になっていた可能性が高いぞ。
まるで体操選手のフィニッシュのような格好で立っている相手とか、どうか殺してくださいって言っているのと同じだ。
魔法の文言が変?
最初はイメージそのものの文言じゃなくて、ちゃんとした文言にしようと思ってはいたんだよ。
なのにさ、途中で考えるのを止めたんだ。
来たれ、闇を貫く光の刃ってのを考えていて、それって何かのアニメで見たと思ったらやる気が失せたんだ。
あれ、何のアニメだったかな。
急急如律令




