第13話石崎家という家の人達
次の日、お姉さんは膝のガーゼをまた新しいガーゼに変えてくれた。
「あと3日くらいは辛抱だな。それと今日は日曜だったな。俊昭。倫子ちゃんのアパート多分、荷物片付いていないんじゃないか。今日は暇だろお前」
お姉さんは半ば強制的に私の部屋のかたずけをしろと言っている様だった。
「ま、いいけど。明日からは学校で仕事だしな」
「え、でも入学式まであと3日はあるんだけど」
「先生というのは生徒が学校にいない時が最も忙しいらしいんだ。初めに言われたよ。ちょっと苦手な教頭に」
そうなんだ。先生っていうのも大変なんだ。
てっきり、生徒に授業教えているだけだと思っていた。
「助かります。実は荷物届いて段ボールに入ったままなんです。整理しないといけないんですけど。男の人の力ほしいなぁ。なんて思っていましたから」
「ほぉらな。私の言ったとおりだろ、倫子ちゃん。未来の旦那になる男かもしれない奴だから、今から知りにしいとけ」
「そ、そんなぁね、姉さん」
昨日から私は顔が赤くなるの事が本当に多くなった。でも今のは顔が熱くなるくらい何かを意識してしまった。
正直、俊昭さんがアパートに来て荷物の整理をしてくれた事、助かったと言うまでもない。
なにせ彼は腕力のある家事のエキスパートなのだから。
もうてきぱきと、荷物が片付いて行く様は気持ちがいい位だった。
「ふう、本当にありがとうございます。俊昭さん。こんなに早く片付くとは思いませんでした」
彼はそうだろ。俺を誰だと思ってんだ。といった感じで
「当たり前だろ」と一言ぼそりと言う。
「これから、ここが倫子ちゃんの生活の場所になるんだ。もしよかったら、家にも直直来るといいよ。どうせ家は姉さんと僕の二人っきりだしね。それと倫子ちゃん料理は出来るかい」
ちょっと下を向いて
「あんまり得意じゃない」
「それじゃ、決まり。料理教えてやるから、それ口実でいいから家に来なよ。な、」
ちょっと強引な言葉と態度。
歳が7つも離れているからかもしれない。
それにもしかして、俊昭さんもお姉さんと同じで私の事妹の様に感じているのだろうか。
なんかちょっとムッとした。そんな、心配してくれているのにどうして私、彼に怒んなきゃいけないの。
どうして…………
入学式には母親「お母さん」が来てくれた。
すっかり片付いた部屋に私の膝の包帯。この二つにまずは質問が絞られた。
どこからお母さんに話したらいいんだろう。
迷っていると
「まずはその膝の怪我から説明してもらおうかな」
私のお母さんはいつも優しい。そしていつも私の見方をしてくれる。そして性格も意外とサバサバしていて、あんまり小さいことにはこだわらないタイプ。なんというのかな。おおざっぱ、と言ってしまえばそのままなんだけど。
でも嘘は嫌い。そして私がどんなにうまくお母さんに嘘を付けたと思っていても、いつも無駄だった。
だから本当の事を、ありのままの事を話した。
「まぁ、そうだったの。それでその、誰でしたっけ」
「俊昭さん」
「そうそう、その方にはちゃんとお礼言ったの。その病院の先生にも」
「そんなの当たり前じゃないの。私だってそれだけ世話になったんだもの。お礼の一言くらい言えるわよ」
お母さんはやれやれ、といった感じで呆れていた。
「そういう事じゃなくてね。ま、いいわ入学式終わってからその病院の先生の所に一緒に行きましょ。私からもちゃんとお礼言っときたいから」
軽く頷く。
でも彼、俊昭さんが私の高校の新任臨時教師であることは言わなかった。でもいずれはバレると思うけど。
入学式は、何の偏見も?というかま、入学の式という式だし、初めて見るクラスメイトの顔と雰囲気。そして担任と学年主任の顔。
明日からこのクラスで私の高校生活は始まる。
でもなんだろう新鮮な気持ちは沸いてこない。
大丈夫だろうか。という不安な気持ちも沸いてこない。
とても冷めた気持ちがこのクラスの中にいる感じ。
ただ、先生たちの紹介で、新任の先生の挨拶の時。俊昭さんのあの緊張した姿は今でも噴いてしまいそうだった。
私とお母さんは、学校から真っすぐ「石崎診療所」へ向かった。
やっぱり初めはなんかとてもぎこちない会話のお母さん。
「本当にこの子がお世話になりまして、何とお礼を申し上げていいのやら、言葉もございません」
などと、やっぱりこんな感じになるとは思っていたけど
意外とお姉さんとお母さん、話が合う見たいで、すぐに話題は別な方に行ってしまった。
「いやぁ。さすが親子ですね。私たちも倫子ちゃんと打ち解けるの早かったんだけど、多分これはお母さんの性格なんでしょうね。いやぁ、良かったですよ。お母さんともこんなに話が出来るとは思いませんでした」
「いいえこちらこそ。その若さで院長先生なさっているのに、とても気さくな方で安心しました。これからもこの子の事、ご迷惑をお掛けいたしますが、どうかよろしくお願いいたします」
「とんでもない。救われているのは私たちの方ですよお母さん。私たちは二人っきりの姉弟。でも倫子ちゃんが来てくれたおかげで、とても楽しい毎日が送れそうなんですよ。寂しがり屋の弟も、うれしがっていますからね」
お母さんは、ホット肩を落として。
「そう言えば弟さんもお礼を言わないと」
「ああ……」
お姉さんが返そうとしたのを私は横から
「今日はお仕事だからいないの」
と口をはさんだ。
お姉さんは、ニヤっとして
「そうなんですよ」と合わせてくれた。
そして
「お母さん。倫子ちゃんは、自分の名前の通り。しっかりと後先の事を冷静に判断してその道筋に向かって行ける賢い子です。ですからご両親もそんなにご心配されることはないと思います。最近の子と同じではありませんよ。それにいつも私たちが彼女を見守っていますから」
お母さんはホロリと涙を流して
「本当にありがとうございます。この子も幸せです」
その言葉はなぜか私の心に響いた。お母さんから出た言葉。
「この子も幸せです」
私は本当にそう思った。お姉さんに出会えて、そして俊昭さんに出会うことが出来て。
初めて受けた大都会の洗礼。
そして傷。
でもそれは私を幸せという気持ちにさせてくれた切っ掛けになった。
私は、本当に幸せです。
お母さんはその日の最終の新幹線で家へと帰った。
帰り際
「あなた女に生まれて来た事を感謝しなさい」
多分、お母さんは私の気持ちの変化に何か感じ取ったんだろう。
「明日からちゃんとやりなさいよ。遅刻しない様にね」
そう言って新幹線のドアは閉まった。
ホームから流れる様に走り出す列車の中のお母さんを目で追うと、次第に涙があふれ出ていた。
明日から、私の高校生活が始まる。