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お狐様と僕  作者: 暗根
1/2

人外宣告

「どうしてこうなった」


僕はそう呟かずにはいられなかった。

思わずこんなことを呟いた僕を責めないで欲しい。

だって今僕の眼前には色々と信じがたい光景が繰り広げられすぎているので。


まず第一に、目の前に僕と同じくらいの年の男性が仰向けに倒れている。

顔を覗き込んでやればどこかでぶつけたのか少々額が赤くなっていることを除けばいたって普通な――まあなんというか、全国の学校にそれぞれ一人か二人はいそうな特徴のないふつーの高校生といった顔だ。

うんまあここまではいたって普通だ。

果たして目の前に仰向けにぶっ倒れてる高校生くらいの男がいる状態が普通と言えるかはおいておいて、まだ常識の範囲内ではあると思う。


しかしちょっとここで問題が一つ。

その顔はとっても僕にとって見覚えのあるものであるということだ。

いや見覚えがあるというか、今朝思いっきり鏡で見たというか…


えーはい。はっきり言えばその顔は僕だ。僕そのものだった。

いくら特徴が大してないとは言えど、毎日嫌でも鏡の前でご対面していた顔なのだ。

さすがにその顔が分からないはずはない。


目の前に自分がいる。大問題だ。

いやでももしかしたらまだそっくりさんかもしれない。

体型に服装にかけてた眼鏡に髪型まで寸分たがわずに今日の僕と全く同じ格好ということに目をつぶればだけど…


では二つ目の問題にいこう。

とりあえずいったん目の前の僕とすごくよく似た人には目をつぶるとして、今度の問題は自分の体にある。


まず自分の現在の服装を確認すると、白い小袖に赤い袴。まあ俗に言う巫女服とか呼ばれるやつだと思う。

髪の毛はいつの間にやら元々の僕とは比べ物にならないくらいに長くなっている。

さらに自分の目を下に向けるとですね…こう、実に見事な双丘が…こう、ね。


えー勘違いが無いように言い訳させてもらうと、僕は男だ。

断じて女装趣味とか無いし、一般的なノーマルな男のはずだ。

というか巫女服とか家じゅう探しても出てこないと思う。


人が来る可能性のある場所でやるのは自分でも少々どうかと思ったが、

自分の股部分に手をやってみればあら不思議。

ここ十数年一緒に付き添ってきたはずの自分の分身は跡形も無く消え失せていた。


はい問題二つ目。

僕は今日から女の子。しかも結構巨乳。


わお。これはシャレにならない大問題だ。

十数年色々あったけど女の子になるのはさすがに初めてだ。

家族とかになんて説明しようかとか学校どうしようとか困ったことだらけになりそうだ。

一般的男子高校生にはちょっと刺激が強めなこの体で今後生活するとなるとなかなか僕としても困ったものではある。


だけどまだ問題が終わってない。

まだあるの?って聞かれそうだけどまだあるんだな、これが。


目の前には自分のドッペルゲンガー、自分は見知らぬ巨乳の巫女服の女の子になってしまっているわけだが、実は先ほどからそんなことどうでもよくなるほど非常に悩ましいものがもう一つある。


実はさっきから自分のお尻の方が気になって仕方ない。

いや変な意味じゃなくて、文字通り妙な感覚がそこから発生してるからだ。

何か…こう重量感があるというかなんというか…

知らない感覚が引っ付いているというか…


というわけで後ろを見てみれば、

黄色いふさふさした物体がこう目に飛び込んできたわけだ。

しかもそれが九本もあった。

しかもそれが動くんだ。自分の意思で。

これ僕が思うに尻尾ってやつじゃないのかな。


さらに言えば音が聞こえる場所がおかしい気がして、

左右の耳を触ろうとしたら手が空を切った。

代わりに頭の上の方を触ったらそこに耳があったんだ。三角の。驚きだよね。なんかふさふさしてるし。


えーっとつまり今僕は、自分が目の前にいて、僕自身は狐娘とでも呼ぶべき存在になっているってことだよね。


うん。

なんというかここまで来たら驚きが通り越して変に冷静になってる僕がいる。

人間驚きすぎると妙に冷静になるとは聞くけど実際にあるもんなんだね。もう人間じゃない気がするけど。


というわけで僕は思わず冒頭の言葉を呟かずにはいられなかったというわけ。


うん。困ったね。どうしよ。


実を言うとこんなことになった原因に全く心当たりが無いかと言われればウソになる。

というかむしろ心当たりしか無かったり。


ただこの心当たりを説明するにはちょっと僕の身の上というかそんな感じのことを話さなければならない。


□□□□□□


僕は実に普通な一般的な家に生まれた現代人だ。

家は二階建てということ以外に説明すべき場所が見当たらない普通の家だし、家族構成も妹がいることくらいで特筆すべき点は無いと思う。

ただそんな僕にちょっと不思議というか珍しい友達がいる。

神社の神主さんの息子というポジションで将来はその友達がそこを継ぐらしいとかなんとか。

まあつまり僕は一般的な生まれではあるが、神社に住んでるというある意味特殊なステータスを持ったやつと友達だったというわけである。


…まあここまではちょっと珍しい友達がいるんだねで済む話だ。

だがそこでちょっと目を疑う事態がまだ僕が小学生だったころに起きた。


ある日いつもみたいにその友達と遊ぶために神社に行った。

まあ僕が用があるのは神社そのものではなくてその友達が住んでる家の方なので、

そのまま奥の家まで行ったわけなんだけど、家の縁側に狐の尻尾の生えた女の子がいたんだよね。


僕は思わず固まってしまってその子を凝視してしまった。

そしたらその子がその視線に気づいたみたいで、僕のことを見返してきたんだよね。


体感だと数分、実際は数秒だったかもしれないけど、それくらい経った後にその子が一言。


「…見えてる?」


って聞いてきた。

その時の僕はまだ小学生だったし、そもそもその子を見た衝撃で思考が全くできなくて、その問いにそのまま頷いたんだ。


それがその神社の神様のお狐様との出会いだった。


なんでも普段はその神社の関係者にしか見えないようにしてるらしくて、本当は僕に見えたのはおかしかったらしくて、神主さんに色々聞かれたりしたけど、見えちゃったものは仕方ないっていうことになったらしくて、そっから妙な感じではあるけど、僕とお狐様との交流が始まった。


まあそんなことがあったけど、友達と遊ぶために神社には行くわけで、自然とそのお狐様とも話す仲になっていった。

てっきり神様って言うもんだから、こうなんか人間とは全く違う感じなのかなって思ってたんだけど、普通に実体あって触れるし、ご飯食べるし、ゲームの話題とかで盛り上がるしで、全くもって神様らしくない神様だってことがその後の付き合いで分かってきた。


そんな生活を毎日のようにしてたもんだから、僕とその友達の家族以外に見えないことを除いて、物凄い超常的な存在であることも忘れてた。


今日だって何か特別したわけじゃない。

もはや日課と化してる神社への遠征に出かけたところ、案の定お狐様とエンカウントしたにすぎない。

なのでいつものようにそこで適当に立ち話でもしようかなと思ったところでハプニングが起きた。


お狐様がずっこけた。


先ほど言った通り、お狐様は普通の人には見えなくしているらしいが、普通に実体がある。

なので、なのでというのもおかしい気がするが、こけた。神社の石畳の隙間に思いっきり足を引っかけてこけた。

そしてこけた先に僕がいた。


僕は自分で言うのもなんだが、

反応が早い方ではない。というかむしろ遅い。突然のことに反応できるほど機敏じゃない。


なので僕はそこらのイケメンのように華麗にお狐様を受け止めるということは全くできず、そのまま綺麗にぶつかった。頭と頭がぶつかる感じでそのまま石畳に二人そろって転がった。


そっから先は記憶にない。


□□□□□□


はい。回想もとい現実逃避終了。


まあ、そんなことがあったわけだ。

そして目が覚めたらこんなことになってるわけである。


お狐様と体が入れ替わってる。


考えられる原因は一つしかない。

一つしかないがこんなことあっていいんだろうか。


いや超常現象の塊と言えるお狐様が相手だったのだ。

何が起きてもおかしくない。

むしろ今までの数年間何事もなく普通に友達感覚で喋るだけだった僕の方がおかしいのだ。

今まさに神の奇跡がこの身に降りかかってきた感じというわけだ。


「いやこれ奇跡じゃないわ!呪いに近いわ!」


叫んだ僕を誰が責められようか。

だってこれどうするのだろう。

体が入れ替わるとかいう一大事である。

しかも相手は異性。ついでに異種族。さらに神。

属性てんこ盛りだ。

叫びたくもなるというものだろう。


「あ、いたた…うぅ、この石畳の溝は足が引っ掛かりやすすぎるのじゃ…」


あ、いた。

この状況を解決できそうな人、というか神が。


「えーっと…お狐様、ですよね?」


「んー…どこかで聞いたことのある女子(おなご)の声がするのう」


「お狐様お狐様。目を開けてください」


頭をふらふらさせて体を起こす僕、もとい僕の体のお狐様。


「…はて、妾の目の前に尻尾を持つ輩が見える」


「お狐様、僕です。光司(こうじ)です」


「…光司、お主、いつの間に女子になって尻尾が生えたのじゃ?」


「5分ほど前ですかね」


「人とはそんな急に姿の変わるものなのか?人間というのは摩訶不思議な生き物よのぅ…」


あんたにだけは言われたくないわと思いながらも、まあまず間違いなく目の前の僕がお狐様であることの確証は得られた。

とりあえずはお狐様に現状を理解してもらわないといけない。


「お狐様お狐様、ご自分の体をお確かめください」


「なんじゃ改まって…はて、妾はこのようなださい格好をしておったかの?」


ださいとはなんだ!と言いたくなるが、話がややこしくなりそうなので今は黙っておく。

一応僕の名誉のために突っ込ませてもらうと、地味ではあるが普通の格好だと…思う。


「なにやら声も低いのぅ…尻の辺りが軽いような気もする。はて、お主、妾に何かしたのかえ?」


「お狐様、この顔をよくご覧ください。どこかで見たことありますでしょう」


「おお、それはよく見れば妾の顔。よく見たらその体も妾のものか。通りで自分の体が自分じゃないような気がするわけじゃな。ほれ、妾の体よ、はよう帰って参れ」


「お狐様、現状をご理解ください。どうやら僕たちの体は入れ替わってしまっているようなのです」


いまいち現状を理解しているのか分からないお狐様にとりあえず真実をつきつけておく僕。

今のところ頼れるのはこの人というかこの神様しかいないので、現状をしっかり理解してもらわないと困るのだ。


「体が…?」


ペタペタと自分の体、つまりは僕の体だったものを触るお狐様。

顔、胸、腰、あそこ。

目の前で自分が自分の体を触っているのは正直見たいものじゃないけど、僕もさっきやったので止めるに止められない。


「耳が横にあるな」


「そうですね」


「胸が無いな」


「あったら困ります」


「あそこはあるな」


「無かったら困ります」


「尻尾は無いな」


「あったら人間じゃないです」


「ふむ…確かに、これは人間の体であるな」


「まあ僕のですから」


「成程、入れ替わったというのは嘘ではないようじゃな」


「ご理解早くて助かります」


どうやらお狐様はあんまり驚いていない様子。

まあ神様だしこれくらいのこと案外よく起こることなのかもしれない。

これくらいのことで片づけていいのかは謎だけど。


「ぶつかった時に通力でも暴走したかのう…」


「えーっとお狐様。これ元に戻せるんでしょうか?」


「当たり前じゃ。妾を誰と心得る。これでも神社の狐神よ」


おお頼もしい。

僕の姿で言われると違和感しか無いけど。

とにかくこのまま過ごす羽目にはならなくて済みそうでホッとする。


「じゃあ元に戻すからの。ほれ、おでこを寄せい」


「え?」


「体を戻すんじゃろ?だったら言うとおりにするのじゃ」


「え、えっとこう?」


「もっとじゃ。額がぶつかるとこまで寄せてくるのじゃ」


そこまで寄せるとなると自分の顔がものすごい近くなる。

自分の顔を鏡以外でこんな風に見ることなんてまずありえないので、なんだか変な気分だけど、元に戻るために必要と言われてしまえば仕方ない。

こんな感じで、お狐様は不思議な力が使えるけどいまいち使い勝手が悪かったりする。


「では目を閉じるのじゃ。あとは妾が受け持つ」


言われるままに目を閉じる。

目を閉じて感覚が少し敏感になったのか、急に巫女服と肌の接触部分が気になりだしたけど今は極力無視をする。

そうして一分ほど。

僕は元の体の感覚が帰ってくるのを今か今かと待ち続けた。


「…終わりじゃ」


そんな男の声が響いた。

あれ?終わり?え?

僕の体はまだ巫女服の肌触りと、胸の重みと、お尻付近の慣れない感覚を主張し続けている。

思わず目を開ければ目の前にはやっぱり僕がいた。


「光司、すまんの。どうやら妾の通力がうまく働かぬ。その体に置いてきてしまったかもしれぬ」


「え、置いてきたって…」


「というわけで光司、その体に残る通力を使って体を元に戻すのじゃ」


「え、いや僕使い方分かりませんよ?」


「え?」


「いや、えじゃなくて、僕人間ですからそんな不思議な力の使い方分かりませんよ?」


「そうなのか?」


「当たり前です」


「ふむぅ…」


目の前の僕は唸り声をあげて考え込むような体制に入ってしまった。

あれ、まさかこれって…


「あの、お狐様」


「なんじゃ光司」


「結局元に戻せるんでしょうか?」


「今の妾には不可能じゃな。お主がその体の通力を使いこなせればあるいは何とかなるやもしれんが」


「…それってどれくらいかかります?」


「分からんのぅ…十年二十年…あるいは百年とかかかるかもしれん」


「…なんてこった」


拝啓、お父様お母様。

今日から僕はしばらく人間をやめることになりそうです。


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