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二重のエコー  作者: 駒米たも
第一章 二通の手紙
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8

8、

「金庫室の中は」

 二人は入った時と同じような流れで金属探知機をくぐり抜け、エレベーターで地下へと向かう。

 ビルの地上部分が近代的な印象に対し地下は朽ちた坑道を思わせる内装であった。巨大な蛇の内腑を歩くように進んでいくとジャッキに詰まれたままの広告や剥きだしの資料が巨大な銀色のカゴに積まれ無造作に置かれている。切れかかった蛍光灯のチカチカと不規則な明滅が、訪れた者の神経を逆撫でた。雑多に放置された廃棄資料の山を見て三井は眉をしかめる。

 上階の警備が厳しかっただけに、地下の警備の緩さは乱雑な廊下の在り方に近い。警察署の地下にある資料保管庫は定年間際の老人か負け犬の巣窟だ。ここも同じだろうとミアは思った。

 巨大な金庫室の前には守衛の制服を着た小柄な老人が座っていた。上階の井原という男と違い、白髪を垂らしうつらうつらと船をこいでいる。三井は守衛を置物のように無視すると鋼鉄の扉を拳で叩く。

「ここが金庫室だ。電子スキャンするものは基本、ここで保管される。二名以上の権限者ID、そして守衛室で保管されている金庫の鍵がないと開閉しない仕組みだ。理論上、例え火事や地震が起こり建物が倒壊してもこの金庫の中身だけは無事らしい。試して見ようとは思わないがな」

 眠りこける守衛が鍵を持たずに良かった。そう呟いたミアに対し三井は一瞬だけ皮肉げな笑みを浮かべた。

「金庫にはそれだけの金を払った。守衛は飾りだ。地下にはこれ以上何もない。戻ろう」

 踵を返した三井の後を歩きながら、ミアは金庫前に設置された監視カメラを見上げた。もし金庫の中に入ろうとするなら監視カメラとIDカード、そして一階ロビーの守衛室に保管された鍵が必要だ。

「夜間、警備の代わりはいるのかしら」

 ミアからの質問に三井はすぐに答えなかった。顎に手を当てちょっとだけ首を捻る姿はそれなりにユーモアを感じさせた。

「……いや、夜は作業者もいないから帰るだろう。二十四時間、守衛室には必ず一人は守衛が待機して監視カメラをチェックしている。あと館内に残っている社員IDも表示される。残業している奴がいればそこを重点的に見ていると、前に聞いた覚えがある」

 三井は守衛の勤務についてあまり詳しくは無いようだった。記憶の底をさらいながら途切れとぎれに説明を加えていく。年下のミアに「知らない」と答えるのが気に入らないのだろう。

 エレベーターを待っているとかぎ慣れた臭いが埃臭さに混じってミアの鼻に届いた。覗きこむと紙の束が積まれ死角になった部屋が左手に見える。ミアが凝視していると三井が答えた。

「そこはシュレッダー室。大量に出る紙ゴミを暇な奴が処理する場所だ」

「企業から預かった本がシュレッダーにかけられる可能性は?」

「ない。資料や貴重書の移動は最低でも二人で行う規則になっている」

 蛍光灯の白い光も届かない闇がぽっかり口を開けている。ミアは躊躇わず中に入ろうと歩みを進めた。

「中を確認するわ」

 きっぱりとした断定を使ってミアは言った。面白いものなどない、見るべきものはないと三井が言ってもミアはヒールを鳴らして紙の迷路を進んでいく。ついに根負けした三井が肩を竦めた。

「初めて興味を示したのがシュレッダー室とは」

 パチリと蛍光灯のスイッチを入れた三井が見たものは、シュレッダー機と壁いっぱいに飛び散った赤い鉄錆色と肉片。そして見慣れた白衣だった。

 遠くなる意識のどこかで三井は少女の悲鳴を聞いていたが、まったく記憶に残るものではなかった。彼の目は床に落ちた白衣に釘付けだった。胸元には上司である石山の見慣れた澄まし顔が印刷されたIDがついている。

「本人確認、できるかしら」

 シュレッダー機を覗きこみ脚と頭蓋骨が詰まっているみたいと告げる金髪の女の言葉に、遂に三井は膝をついた。

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