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二重のエコー  作者: 駒米たも
第一章 二通の手紙
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7、

 館内に入れるのはIDを持ったテイカド印刷の社員だけだと防犯面について質問を受けた三井は答えた。口調はぞんざいであったが意外にも三井はミアからの質問に丁寧に答えを返している。

「来客が来ても正門かさっきのロビーで守衛と電子ロックに止められる。見ての通り、館内の扉には全て電子ロックがかけられている。部屋ごとに入室できる職員が決まっているんだ。IDカードには全てアクセス権限が決められている。自分の作業に関係の無い部屋にはいくら同じ社員といえども入室することはできない」

「入室許可がない人が、部屋の中にいる人に用がある時はどうするの」

「内線電話がある。部屋の外にインターホンがあるから、直接受け渡しがある時はそれで呼び出せばいい」

 

 テイカド印刷の本社は巨大だが廊下を歩いている限り職員と会うことは少なかった。ミアとすれ違ったのはほんの数人だけだ。その数人も廊下を歩く白衣の三井を見ては驚いた様子を見せ足早にすれ違う。三井という男は社内でもあまり歓迎されていないようだ。少し話しただけでも一匹狼気質の技術者であることは理解できた。

「預かった稀覯本は基本的に地下の金庫室に保管する。防犯カメラが設置してあって、ロビーの守衛室に映像が二十四時間送られている」

「そう」

「次は読み込み作業をする機械だ。悪いが部屋の内部には入れられない。隣の部屋から作業を見てもらう」

 ミアが恨みがましい視線を送ると、三井は肩を竦めた。

「準備があるんだ。とつぜん連絡してきたそちらに非がある」

「随分な言い方ね。仕事がいらないのかしら」

 ミアは知らず自分が高圧的な物言いになってることに気がついた。

「無くて困るのは上の連中だけさ。俺たち下は終わらない作業を延々と繰り返すだけだ」

 エレベーターに乗り込むと五階、最上階のボタンを押した。五階フロアには入り口で見た守衛と同じ制服を着た男が立っている。

「IDの提示を」

 機械のように感情の無い声色で守衛が告げる。三井とミアが胸元に下げていたIDカードを手渡すと、男は細く鋭い目を開きじっと見つめた。

「どうも」

 どこかの査察官のようだとミアが思い始めた頃にようやくカードが返された。空港で見かける金属探知機をくぐるようにと指示され二人は無言のまま機械的なゲートを潜り抜ける。

「さっきのは何」

「守衛の井原は機械みたいな男だ。現在館内に出回っている来館者IDを全て記憶している。手で触るのは偽造カードや複製カードを使用していないか確かめるためだ」

 ミアは金属探知機について聞いたつもりだったのだが、三井は無愛想な守衛について説明を始める。

「館内はIDや監視カメラで管理されてる。が、賊が入るうえで一番の厄介なのは守衛だろうよ。やつらは爺でアナログだがその分経験則が違う。平和なビルに屈強な傭兵を雇い入れているようなもんだ。おい、こっちだ」

 廊下突き当りの自動扉の向こうでは白衣を着た人々が忙しなく動き回っている。見つめていたミアに声がかけられた。見れば横手のドアを三井が開け手招きをしている。

「あの機械部屋へ入室許可があるのは俺を含めて五人」

「三人しかいないけど」

 通された部屋は簡易休憩室という話だった。壁一面をガラス張りにしたそこからはホームページに掲載され監視カメラから見た例の白い部屋が丸々見渡せる。菓子や飲料を売る自動販売機などはなく、椅子とテーブル、そして隣の白い作業室と連絡するための電話機だけが存在している。監視室めいた部屋だった。

 中の三人からは休憩室の様子が見えないのか。それぞれが気にする事も無く機械の調整や点検作業を続けている。

「さっきも言ったがチームリーダーの石山が休みなんだ」

「話が聞きたいんだけど。その人は今どこに」

「さあね。一昨日から連絡がつかない」

 ミアはビアスの家で見た監視カメラの映像を思い出した。あそこに映っていたのがチームリーダーの石山だとすると、彼女はあの映像を最後に姿を消したことになる。彼女が持ち去った紙にどれだけの価値があるのかは分からないが、いま此処で作業をしている本より貴重なものだとは思えない。

 ミアはポケットに入れていた携帯電話を取り出した。普段ならアンテナが表示されている箇所に「圏外」の文字が映し出されている。

「使いたいなら食堂か外に行くんだな」

 ミアが携帯電話の画面を見下ろしていると三井が鼻で笑った。

「館内のネット回線は独立している。外部につながらないから、スキャンして取り込んだ内容が流出する恐れもない」

「それは安心ね」

 ミアは持っていた携帯電話ブラックベリーをポケットの中に戻した。


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