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二重のエコー  作者: 駒米たも
第一章 二通の手紙
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6、

 東京の中心地から車で一時間半ほど走った場所にあるその建物は、遠目からでも目立っていた。閉ざされた鉄門の向こう側に陽射しを反射する巨大なメタリックブルーの立方体。住宅街に似つかわしくない無機質さで佇んでいる。

 住宅街を抜けた軽自動車がごく自然な動きでテイカド印刷本社前に止まった。

 正門を塞いだ小さな車に門衛室にこもっていた若い守衛は慌てて外へ飛びだした。運転席側の窓を叩きここは私有地であると日本語でまくしたてる。

 運転席側の窓が音を立てて開く。白いTシャツにデニムのズボン。ツタのように肩まで伸びる金髪に対し、反対サイドの髪は耳元で乱暴に切られている。鼻にかかるほど巨大なサングラスをかけた人間など日本ではお目にかかれない。呆気にとられる守衛の前に現れた女性は白い名刺を突きつけた。

「大英図書館特別管理室所属、ミア・ハーカーが来たとミスター・ミツイに取り次いでもらえるかしら?」

 五分ほど外門の守衛待機所で待たされたミアは過剰に好奇の眼差しを隠さない若い守衛と無関心を極めた老人の二人の守衛に挟まれながら、片耳に取りつけたワイヤレスイヤホンの調子を確かめていた。

 ビアスがアポイントメントを取り付けた相手は電子化プロジェクトのサブリーダーを任されている三井という男で、自動扉からこちらにヨロヨロと向かってくる白衣の男がそうなのだろうかとミアは少しばかり冷めた視線をおくる。

「……ミツイだ。プロジェクトのサブリーダーをしている」

「ミア・ハーカー。今日はよろしく」

「こっちだ」

 それだけ言うと三井は歩き始めた。その不躾にも思える動きがあまりに自然だったのでミアは怒りどころか、呆れすら出てこなかった。恐らく彼は自分の使命を果たすという骨組みだけをみていて、余計なおべっかや愛想笑い、人付き合いと言った血肉をどこかに落としてきたのだと思った。そういった研究者気質に囲まれて育ったミアにとって都合が良かった。

「入館には職員のカードがいる」

 三井は胸ポケットに挟んであるカードホルダーを取り上げると、写真のついた面をカードスキャナーに押し当てた。一秒ほどで電子音がロックの解除を知らせ、自動扉が開いていく。

 灰色の絨毯が敷き詰められたロビーには観葉植物やソファが並べられていたが、誰一人として座っている人間はいない。無人のロビーには蛍光灯で照らされたカウンターがあり、高級ホテルに設置された安モーテルの受付のように浮いていた。正門と同じ制服を着た守衛がガラス窓の向こうから愛想よく笑っている。

「川田、入館証くれ」

「はい。ミア・ハーカー様ですね。ようこそ、テイカド印刷へ! こちら入館証になります」

 このハキハキとした口調の青年が、今まで見た中で一番テイカド印刷の人間らしいとミアは思った。

「三井さん。案内する人がそんな顔してたらお客さんに失礼ですよ」

「石山が出るよりマシだろ……ってお前、普段のよれった服はどうした」

「鈍感な三井さんがよく分かりましたね。偉いお客さんが来るなら、出迎えはキッチリしておこうと思って新品を出してきたんですよ」

 川田と呼ばれた青年が胸を張る。ノリのきいた制服は皺ひとつシミひとつ無く、警察の制服よりも幾分明るいブルーだ。三井に向かって手招きすると、そっと囁く。

「なんでも、テイカドの他部門。業績が良くないそうじゃないですか。三井さんがここでがんばって、大きな契約もぎとってくださいよ」

「……なんで俺たちがビル会社の人間に心配されないといけないんだ」

「俺の給料も元を辿ればテイカドから出てますので。業績あげるなら協力は惜しみません」

「はいはい」 

 日本語で交わされた川田と三井の会話がイヤホンから遅れて翻訳されて聞こえる。通訳機能は問題ない。

「それにしても美人だなぁ。三井さん、くれぐれも変なことしないで下さいよ。監視カメラで見てますから」

「しねーよ。畜生、石山め」

 プロジェクトリーダーの石山いしやま伊紗良いさらは一昨日から出勤していない。携帯を鳴らしても留守番電話につながるだけ。真面目な彼女が欠勤したことなど一度もなかったため、三井は彼女がいなければ自分がリーダー代理になるのだということをすっかり忘れていた。不用意な発言が自分の首を絞めたのだと気付いた時には後の祭りである。

(大英図書館のお偉いさんがくると聞いていたからどんなモンかと思いきや、フツーのお嬢ちゃんじゃないか)

 左右非対称の金髪、凛としたイエローグリーンの瞳、その辺の大学生が着ていそうなカジュアルな格好にも関わらず、雑誌の撮影から抜け出てきたような近寄りがたい空気を纏っている。

(いや、フツーじゃねえな。この歳でそれだけの身分を名乗れるんだ。恐らく石山と同じタイプなんだろうよ)

 いわゆる天才。年下の上司のすました顔を思い出しながら、三井は溜息をついた。



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