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「今日、大英図書館から当社の電子プロジェクトを直接視察したいとの申し込みがあった」
定家戸印刷社長、三俣芳雄の言葉に、集められた役席たちは一斉にざわめいた。
大英図書館といえば世界最大級の図書館のひとつ。世界中、そして英国で出版された全ての出版物が収められていると言われている場所だ。稀覯本の数も多い。それら一部、または全てを電子化する作業でどれだけの利益が見込まれるか。巨大なビジネスチャンスが向こうからテイカド印刷の電子化プロジェクトに興味を示しただけあって会議室は熱狂に包まれた。
しかし社長の三俣の顔は暗い。何度もポケットからハンカチを取り出しピタピタと頬に当てていた。
「喜ばしいことじゃないですか。どうして浮かない顔をしているのですか、社長」
秘書である宝迫が興奮に上ずった声を出すとそれまで騒がしかった会議室が一斉に静まり返る。三俣は脂汗の浮いたひたいをハンカチで拭い会議室に並んだ数多の視線を受け止める。そして絞り出すように声をあげた。
「……それが先方の都合で、今日見学したいとのことなんだ」
「今日、ですか?」
先ほどまでとは違った意味で会議室がざわつき始める。
「それしか時間がないと……」
困惑した宝迫が場を代表して困惑を口にする。
「プロジェクトリーダーの石山とは今日も連絡つかないんですよ?」
「そうなんだよ。困ったねぇ。宝迫君、案内できる?」
難しい顔で宝迫は首を横に降った。ヘアスプレーで固めた黒髪は乱れることなく彼女の頭蓋に張りついたままだ。
「館内や設備でしたら説明ができますが、プロジェクトに関する内容を問われたら私では厳しいでしょう。せめて一日あれば資料を見て対応することも可能ですが」
「そっすよねー」
今まで会議室の一番端に座っていた白衣の男がようやく顔を上げた。だが室内の騒ぎに興味がないのかすぐに眠そうな眼差しで熱心に爪の先を気にしはじめる。
「宝迫さん、ふだんから説明とか俺たちに丸投げですもんねー」
無関係を装っていた三井明に顔を赤く染めた宝迫が噛みつこうとした瞬間、今まで無言を貫いていた着物姿の老人がゆっくりと頷いた。
「よろしい。では視察の件は三井に任せよう」
「は?」
批難めいた声を一睨みで黙らせ、テイカド印刷会長、定家戸豪二は会議の終了を告げた。