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ほどなくして20インチのスクリーン上に無機質な研究室が映し出された。ホームページのトップ画面を飾っていた例の白い部屋だ。俯瞰する位置から微動だにしない。恐らく監視カメラの映像なのだろうとミアは見当をつける。
部屋の中心では白衣を着た人物が忙しなく動き回っていた。立ったり屈んだりしては機械を調整し、ノートパソコンの画面を熱心に覗きこんでいた。巨大な顕微鏡を思わせる機械の上には象牙色をした一枚の紙が置いてある。
毛髪が落ちることを危惧してか頭にはビニールのヘアキャップ、顔には大き目の防護マスクがつけられていた。そのため画面に映し出されている人物の顔ははっきりしない。その人物は白いクラゲのように画面の中でふわふわと動き回っていた。やがて黒い塊を顔に押し当て、部屋を一周しはじめる。
「写真を撮ってるんだと思う。ほら次、よく見てて」
ホームページに掲載されている写真はこの時撮られたものなのだろう。白と黒で統一された部屋の中では取り込まれる茶色い紙だけが目立っていた。
白衣の人物はデジタルカメラで写り映えを確認していたが、突然弾かれたように顔をあげた。カメラをデスクの上に置き、そのまま部屋を横断して壁に据え付けられた電話の元へと歩いて受話器を耳に押し当てる。
「こういう所はアナログなのね」
書物を電子に変える場所なのだから内線技術ももっと発達しているのかと思ったと告げるミアにビアスは苦笑を浮かべた。デジタル化が進んだといえど万能ではない。
白衣の人物は慌てて受話器を置くと、台の上から茶色の用紙を大切に抱えあげた。そのまま出入口の方へ小走りで向かう。焦っていたのか受話器は電話機にきちんと戻らずに外れ、巻いたコードがバンジージャンプのように弾んだ。胸元のカードキーを当てると遠目からでも厳重に見える鉄の二重扉は無音の中仰々しく開き、白衣の人物を飲み込みゆっくりと閉じていく。
その直後モニターが一瞬だけ雑音を発した。動く人間と紙が消え写真のように動かなくなった室内を見ながらミアは眉を寄せる。
「受話器」
白衣の人物が受話器を取り落としたのはミアも見ていた。たった一秒にも満たない間に、弾んでいたはずの受話器が宙に静止している。地面すれすれまで伸びた動かない受話器のコードを見ながらミアは爪を噛んだ。表示されている時間よりも、もっと長い時間が経過している。
「ご丁寧に時刻表示までいじってる」
「それと、これ」
ビアスがパソコンのキーを叩くと白い部屋の隣に見慣れた音楽ソフトが浮かびあがる。再生ボタンを押すと聞き慣れた声が折れ線グラフと共に現れた。
『もしもーし、どちらさんー?』
録音されたビアスの声だ。寝起きなのか声にいつもの張りがない。
ザーザーとしたノイズに鼻をすするような音が混じる。
『……たすけて。おねがい』
小さな擦れ声は、苛立ちはじめたビアスの手を止めるだけの力を持っていた。
『ちょっと、救急? 事故? 虐待? どれにしろ、あなた、番号間違えてるわよ』
慌てたビアスの声など珍しい。普段ならからかうミアだったが、ぐすぐすとしゃくりあげる子供の声を聞きながら冗談を言えるほど冷血ではない。
『わたしのせいなの』
『待って。何の話? あなた、いまどこ?』
バタバタと音が混じるのはビアスが何かしているためだろう。
『テイカド印刷に――……』
ブツンと無情な音が響く。それは聞き慣れたインターネット電話の通話がオフラインになったことを示すものだった。
「子供?」
「女の子の声。気になってテイカド印刷を検索してみたら、ホームページにその写真を見つけたんだ」
「それだけじゃないでしょう。そろそろ私をイギリスから呼んだ本当の理由を言ったらどうなの」
椅子ごとミアに向き直ったビアスは普段の笑みを消し、ミアの特徴的なイエローグリーンの瞳を見つめた。
「貴女の協力が欲しいの。特別管財人の中でも超常現象に特化した、あなたのチームの協力が」