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二重のエコー  作者: 駒米たも
第一章 二通の手紙
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3、

 ビアスは猫のように首を傾げディスプレイを見せた。画面に映し出されているのはシンプルな白と灰色で構成されたホームページだ。角ばった小さな文字が蟻の行列のように並び、整った四角い数列のような印象をミアに与える。

「中国の企業?」

「惜しい、日本。テイカド印刷っていう大手の印刷会社のホームページ。世界中の稀覯本を取り込んで電子上に残そうっていうプロジェクト。ミアは電子図書館デジタルアーカイブって、聞いたことない?」

 軽く頷いてミアは肯定した。ホームページには淡々とした作業風景の写真が掲載されている。食品加工場みたいだとミアは感想を抱いた。彼女の知っている稀覯本とはなめした皮と保存液の匂いのするものだ。こんなに人工的な白い世界ではない。一瞬、彼女は大英図書館の円形閲覧室のことを思い出した。

「これのどこがおもしろいの」

「ここ」

 ビアスは作業風景の写真を指さした。不可思議な機材の上に乗せられた茶色の存在。劣化した一葉の頁は病院で精密検査を受ける患者を思わせる。そこに描かれた記号にミアは覚えがあった。


 記号シール文字シール図形シール紋章シール

 西洋魔術で使われていた紋様。現在に至りシジル魔術と枠づけされたそれらが、ミアの専門分野だ。

 ミア・ハーカーはハンス・スローンの莫大な遺産を管理している大勢の特別(・・)財産管理人の一人である。よく言われる管財人弁護士でもなければ金銭の動きを管理をしているわけでもない。

 かつてサー・ハンス・スローンが世界中から集め、そして管理しきれなくなった莫大なコレクション。その中でも特に厄介なものを管理するのが「特別財産管理人」だ。

 その中でもミアは書物関連に特化した部署に籍を置いていた。古本の看守、と称したのは誰だったか。少なくともミアに好意的な人間ではなかった。

 サー・ハンス・スローンの名は十七世紀の医者として、船医として、研究者として、投資家として、世界に知られている。彼は収集家コレクターとしても有名だった。美術品、工芸品、書物。あまりにも膨大なため、彼のコレクションは大英博物館と大英図書館の二つに分けられたほどだ。

 特筆すべきは「彼は科学者がゆえ、魔術や魔法といった神秘の世界に並々ならぬ興味を抱いていた」ということだろう。

 幻獣、魔獣の骨格標本。黒魔術書の焼け残った一頁。とうの昔に絶滅したはずの動植物の欠片。

 彼が集め、そして逃がしてしまった「現代社会に存在してはいけない収集物」を見つけ出し、回収するのがミアたちの役目だった。

「五芒星とくればソロモン系列の魔術を思い出すけど、これはシンプルね。黄道を象徴する表音文字(アルファベット)がどこにも無い。それにこの紙の反射は羊皮紙じゃない。パピルス。ならエジプトかモロッコ、バビロニア……いえ、ここが日本なら……本の一葉ではなく、手紙という線も」

 観察に熱中しているのか、ひっつくほど画面に顔を近づけるミアの横顔をビアスはおもしろそうに眺めていた。パソコンのブルーライトがミアの白い頬に反射している。

 一葉というのは頁の一枚だけ、という意味である。禁書や魔術書はそれ全体が存在を隠されるため一冊で現存することが少ない。しかし別れた一枚の中にも魔術的な力が残っているため回収は必要だ。

「行方不明目録の中に安倍晴明という名前を見たわ。日本の占星術師でよく似た星の(シルシ)を家紋にしていた。日本ならインドやバビロニアと似通った占星術が伝わっていても不思議じゃないと思って覚えていたんだけど、そこと関係してるのかしら」

 占星術とは古代バビロニアを起源とする星や天体の動きで未来を予知する魔術の一種だ。天体の動きを使った類似した魔術は世界中に残っている。

 古代オリエント時代、ヘレニズムに象徴されるアレクサンドロス大王の東方遠征によってギリシアやヘブライの文化が東へと流れていった。元々インドで起こっていた占星術と混じり、中国へと伝播し、それが日本へと伝わった可能性は十分に考えられる。

 そこまで考えて、ミアは自分を見つめる視線に気がついた。集中すると周囲が見えなくなるのはミアの悪い癖だ。決まり悪そうに咳払いをする。

「で?」

 これが安倍晴明の書簡であっても発見された場所が当人の住んでいた日本であるなら不思議なことではない。稀覯本を電子上に残すというプロジェクトを進行しているのなら積極的に自国の古文書を取り込むはずだ。

「それがね。読み込んでいる稀覯本一覧にアクセスしてみたんだけど、安倍晴明どころか陰陽道関係の書簡を委託したという記録がどこにもないの」

「社員の私物や写真を撮る為に借りた可能性もあるわ」

「ん。まぁ、そう考えるよね。でも私がこのホームページの存在に気づいた謎とその辺りが繋がっていてですね」

 マウスをクリックする音が高く響く。ミアはビアスに続きをうながそうとして首を傾げた。

「よく安倍晴明の名前にたどり着いたわね」

検索技術(これ)でご飯食べてますから」

 驚くミアに向かってビアスは口角を上げた。


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