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二重のエコー  作者: 駒米たも
第二章 二人の犯罪
27/31

12.

「ミア、グレイ。改めて紹介するね」

 ビアスは二人の男を親指で示した。大人二人が並んで項垂れる構図は学校で見られるものだ。少なくとも、湿度の高い薄暗い部屋の中で見る光景ではない。

「サイコパス野郎推しのショウと子供であれば見境なしのアンディです」

 ビアスの声に悪意は無い。あるのは愛だけである。そう本人が言っていたから、そうなのであろう。還暦どころか喜寿に近い男は子犬のように上目を潤ませたが、一瞥もされなかった。


「ドーモ」

「はじめまして」


「よろしく……」

 三人の精神年齢小学生がいる。彼らを前にしたグレイは少しばかり顔をひきつらせた。先ほどまでもまぁまぁの地獄にいたという実感はあったが、今は種類の違う地獄にいる気分である。

 これは確かに目立つ三人だ。毎度警察に通報されるとビアスが愚痴っていた時には笑えたが、巻きこまれた今は笑えないでいる。始終この調子なのだろうか?


 ――はじめまして。

 グレイは眼鏡をかけなおした青年の顔をマジマジと見つめた。アーバンエール色の目、髪はそれよりもやや黒い。フード付きパーカーというカジュアルな装いはビアスと同類、もしくは大学に通うティーンのそれだ。

「ショウ、眼鏡かけちゃうんだ?」

「だって何も見えないし……うわあ美形だ!?」

 毒気の無い顔はなるほど。平和で穏やかな日本らしい気風を写し取っていたが、このような異常な場所での穏やかさはむしろ不気味にうつった。

「彼についてどう思う? 先ほどまで会っていたショウと体型や骨格は似ているが、私は彼の後ろ姿ばかりを見ていたから自信が無いんだ」

 小声でグレイが尋ねると、ミアは自分の顔をグレイの傍に寄せた。その眼は骨董店で商品を吟味するように細められている。

「先ほどまで一緒にいた人物と同じ顔……と言われればそう思えるし、別人と言われたら違うようにも思える。今思えば、空港に迎えに来てくれた彼の顔。あまり正面から見てはいないの。ワザと私たちに顔を見せなかったのかも」

「まさか」

 考え過ぎだとグレイは続けようとしたが、喉の奥に言葉が引っかかって出てこない。

 考え過ぎ。本当にそうなのだろうか?

 二人の高畑。雰囲気はよく似ている。しかし、どことなく違和感が拭えない。疑念は澱となり心中に積もっていく。

「ビアスやグレイみたく身体に分かりやすい特徴があればよかったのに」

 他民族の、それも見慣れぬモンゴロイドの造形に対してミアは自信をもつことはできなかった。人間の顔を見分けるのは難しい。犬猫であれば毛皮で判別がつくものの、目立つ特徴が変わってしまえばどれが同一個体か分からなくなる。それが先程初めて会ったばかりの人間であればなおさらだ。

「ビアスが送ってきた資料や写真も車ごと燃えてしまったからね。別個体のミームということは考えられないかな」

 グレイからの問いかけにミアはわずかに困惑を滲ませた。

「どうかしら。あそこにいるショウからは……生きている人間の気配がするの。ほんの少しだけど」

「ねえ、ミア!」

 二人の会話を中断するようにビアスが声をあげた。

「今の内に情報共有しよう。いつまで皆が揃っていられるか分からないしさ」

「絶対に脱線するような事は言うなよ」

 アンディが念を押した。その顔には先人としての含蓄が溢れている。

 ミアは全員を眺めた。それはまるで、謎を解く探偵のようであった。

「それぞれ、此処に来るまでの話をしましょう。とにかく、ここから出ないと」


 最初にビアスが自分達の行動についてを語った。細かい点はアンディが口を挟み、ショウは始終無言のまま話を聞いていた。彼は先程の自分の挙動について何も覚えておらず、それどころか昨晩アンディの家で酒を呑んでからの記憶がないと言った。

 ロガエス写本についても同様で心当たりが無いとショウは言ったが、西山行という人物についてはよく知っている様子であった。

「馴染みの映画館の経営者であり、ミステリアス・トリニティの師匠筋。そして僕の作者おや

 マツ材のダイニングテーブルの周りに椅子は四脚しかなかったため、キッチンにあった腰かけにビアスは座っている。

 家族用に見えた机も五人で囲めば圧迫感がある。窮屈そうにグレイが肩を寄せた。

「西山さんは僕の事を色々と知っていると思うんだけど、僕は西山さんの事を知らないんだ。そもそも自分が創作上の存在だっていう実感が無くて。自分の住んでいる世界が物語なんだって先日知って、びっくりしちゃったよね。わっはっは」

「普通は、びっくりしちゃったわっはっはで済まないと思うの」

「でもさ。自分の世界が誰かの夢ではないという証明はできる?」

「思考実験」

 感情の読めない声でショウは問い、嬉しそうにビアスが手を叩いた。

「胡蝶の夢、水槽の脳、世界五分前説。ショウの世界はそれが本当だった」

「そう。そして、西山さんが……ミステリアス・トリニティの作者であるトム・ヘッケルトンが僕の世界を作る神様だったんだ」

 ビアスとアンディが同時に机に頭を打ち付けたが、その件について他の三人は触れないことにした。

「貴方はやはり、memeなのかしら」

「みーむ? ミーム汚染でよく聞く、ミームってこと?」

 子供のようにショウは首を傾げた。

「そう」

「違うよっ!?」

 ミア達の会ったショウについても、彼は驚くほど何も知らなかった。

「あなた自身が、そう言ったんだ」

「それに爆発四散したのに此処に居るんだもの」

 機械的にショウは手を挙げ、助けを求めるようにビアスを呼んだ。

「ちょっと伺いますが、英語で『爆発四散する』には爆発して四散する以外にも何か別の意味があったりする?」

「無いよ。言葉の通り、爆発四散だよ」

「なんで!?」

「わかんなーい」

「だってミームって……ミームって……」

 その疑問は全員が思い浮かべるものだ。しかし唯一答えを知っていそうな人物が難しい顔で考え込んでしまった。これ以上詮索するのは時間の無駄である。

「まあ身体ごと吹っ飛んでもショウなら再生するかもしれないという謎の信頼があるけどね」

「そうだな。水をかけたら分裂すると言われてもショウならやりかねないという謎の信用がある」

 大して驚いた風でも無く、ビアスとアンディは言った。

「果たしてそれは信用や信頼という言葉で済まして良いものなのか」

「だって日本はニンジャの国」

「ニンジャは不可能を可能にする」

「その、ニンジャに対する絶対的な信仰心はどこから来るの?」

 しみじみとミアは云った。どうやらこの会話のテンポに慣れてきたようだ。日頃からビアスを相手に鍛えられているせいかもしれない。

「ミアはいいよねー。この前、日本に行ったんでしょ」

「確かに行ったけど、ニンジャはいなかったわ」


 一方、グレイは未だ慣れない。先程から、母音しか話せないでいる。


 次に話に上がったのは白い服の金髪の少女についてであった。

 ゴーストタウンにやってくる直前に三人が目撃したずぶ濡れの少女。

 そしてミアとグレイが見た車に轢かれた少女の死体。これらは同一であるのか否かという疑問点だ。

「俺は轢いていないぞ」

「ええ。しかし、あの子の損傷個所とアンディさんの車であるチェロキーの車高が同じくらいなのは確かです」

 アンディは静かに告げ、それにならってグレイも冷静に答えた。

「彼女を見てから、おかしな世界に取り込まれたのは確かね」

「でもさ、私にむかってあの子『かえれ』って言ってたんだよ。わざと取り込もうとしているなら、そんな事いうかなぁ。もしかして彼女には超能力があって、自分ではコントロールできないのかも」

「その可能性はあるけれど……私達が見たのは彼女の死体なのよ。死んでいたなら超能力も何も無いわ。それに死体を持って行った女性は誰なのか」

「馬に乗っていたんだよね」

「馬」

「うま」

「普通、馬には乗らないよねー」 

「それに、彼女を見たかもしれないショウがひどく取り乱した点も気になる」

 全員がショウに視線を送るが、本人は机の上に視線を向けたまま放心し続けている。

「死体の傍でこんなものを見つけたの」

 ミアは透明な硝子の破片をテーブルの上に置いた。細かくて固い、おもちゃのような砕けたヘッドランプ。

「轢いた時に砕けたな」

「ってことは、この近くの車を全部調べたら轢き逃げした車が分かるよね!」

「俺たちはこの小屋から出られないんだぞ。どうやって見つけるんだよ」

 あ、とビアスが細く呟き、アンディは忌々し気に床を蹴った。

「しかし、こりゃあ……随分と古いタイプの車だな」

「分かるの?」

 ミアが訊ねると、アンディはああと生返事で応えた。

「俺のチェロキーと同じだ。馬力があって荒地への運転にはもってこいだった。50年代によく見かけたやつだよ、こりゃあ」

「来るときにも古い車を見たわ」

「そりゃあそうだろう。この辺りじゃ、まだまだ現役だ」

「誰が轢いたのか。本人に聞けたらいいのにね」

「アンディ、女の子の気配はまだあるのよね?」

「ああ」

 アンディは情けなく眉を曲げた。

「おいおい、ついに俺は幽霊が実在するという前提で話し始めてしまったぞ」

「やだ、アンディ。ミアは精霊よ?」

 からかうようにビアスが言った。

「ええ、だから幽霊もいると仮定して頂戴」

 アンディは笑ったが、ミアとビアスが笑わなかったので困ったように笑いをひっこめた。

「それにグレイはクローン人間だし」

「ビアス……」

「いいじゃん、グレイ。こういう状況で秘密を隠しておくと、死ぬんだよ。常識だよ。そして後から秘密を打ち明けようとすると真っ先に死ぬんだよ。常識だよ」

「そんな物騒な常識は無いよ」

 ようやく喋ったグレイだったが、可哀想な人を見る眼で見つめられ再び口を閉ざした。この狂った世界で、どうやらグレイは少数派らしい。

「そして、僕は小説のキャラクター」

「それは何故か驚くほどすんなり受け入れられた」

「なぜ」


 今度はミアたちが自分の行動を話す番だった。白のピックアップトラックや、空港に向かえにきた所では特に何も言わなかったが、車内での話をグレイがし始めると三人は揃って首をひねった。


「その人、僕じゃないです」

「そうだな。ショウじゃない」

「うん、違う」

「へ?」


 ミス・トリオタク三人組は声をそろえて言った。あまりにきっぱりと断言されたので、説明をしていたグレイは上ずった声をだしてしまう。


「僕、もしくは僕を騙るつもりなら、ビアスのご友人にオススメする映画は『ミステリアス・トリニティ』シリーズ一択。そこに他人への気配りなどありません」

「そう。こいつはグロやホラーや怖いのが苦手な相手であろうと容赦なくミス・トリの第一作目を推してくるファンの鏡」

「正直、人としてはどうかと思うその所業」


 堂々とショウは言いきった。あまりにも濁りの無い、真っ直ぐな視線だった。両脇でビアスとアンディが頷いているのが、やけにシュールだった。

「こいつと一度でもつるんだことがある奴なら、知っていて当然の情報だ」

「知らなかったのか。それとも、わざと違うタイトルを出したのか。その人、姿や名前を騙っても、本気でショウの振りをするつもりは無かったみたいね」

「問題は、どうして数多ある映画の中でL.A.コンフィデンシャルを挙げたのかだ」


『L.A.コンフィデンシャル』

 1950年代のロサンゼルス市警を中心とした、血生臭い、クライムサスペンスの映画だ。

 警察内部が腐敗していて、登場人物全員が何かしらの秘密を抱えているという話でもある。かつてのロス市警と言えば汚職で有名であり、その代表作とも言えた。

「沢山の事件が交差するし説明も無いから、どの事件の犯人が誰なのか混乱するのが面白いんだあ。黒幕がサクッと死んでる場合もあるし……」


 代表作を説明するビアスの視線の先にはアンディがいる。元警察官である彼は緊張で身体をこわばらせていた。


「アンディ、何か知らない」

「知っていたらとっくに言っている。ショウ、お前の姉ちゃんはどうだ? たしか警察官じゃなかったか」

「うーん」

「それを言うなら我等三人、集まるたびに事情聴取を受けているわ。もしや誰かの陰謀だったのかしら」

「「それはどうだろう」」


「警察官か」

 盛り上がる三人を放置して、グレイは来るまでの事を思い出していた。

 ガソリンスタンドの傍で見かけた若い警察官の視線が気になって仕方がない。

 聞けば、ビアス達も警察官に声をかけられたという。

 小さな町だから噂話が広がりやすいのか。よそ者を警戒していたのか。それとも。

「アンディさん。こういう所の警察というものは、皆熱心なんですか」

 グレイから急に声をかけられ、アンディは驚いたように背をびくつかせた。

「どうだろうな。地域や州によってまるで色が違うから何とも言えない。良い警官が多いんだが、こういった閉鎖的で小さな町には外部からの目が届きにくい。署長けいしにべったりのコバンザメ野郎や、自分が力を持ったと勘違いする馬鹿が多いことも確かだ。州境に接した場所だと郡保安官と自治体警察が縄張り争いをするか、中立地帯って事でノータッチでいくだろうな」

「なかなか辛辣ね」

「上からの監視が無い無法地帯だからだ。汚職と言えばロス市警が真っ先に挙げられるが、南部地域の警察は今も相当酷いって話を聞くぜ」

 そう言ってアンディは力なく首を振った。

「なら、昔はもっと酷かったのかもしれないね」

 ぽつりとグレイが零した。

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