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二重のエコー  作者: 駒米たも
第二章 二人の犯罪
26/31

11.

 アンディは口を開けていた。

 家の中に入ってきたのは目の覚めるような美人だった。左右非対称に切られた金髪は雨粒で頬にはりつき、肌は透けるように白い。ビアスを見る異質なイエローグリーンの瞳が優し気に細められている。

 変わり者のアニー・ビアスに友人が(自分達以外にも)いるという話は聞かされていたが、人外じみた美貌を持つとは誰が想像したであろうか。

「ミア、ビアス、感動の再会は理解できるのだけれども、とりあえず降ろして……」

 しかも、ひょろりと細長い年齢不詳の男を肩に担いでいる。どんな怪力だとアンディが指をさそうと胡乱に手をあげたまま言葉を失うのは当然で、床に直立不動で倒れ伏したままのショウから感想コメントを頂戴するのも期待薄であった。


「ミア、もしかして助けにきてくれたの!? それにグレイまで! わーっ、嬉しいー!!」

「そうね。一応、助けに来たつもりだったわ」

「言葉の選び方が不穏だけど、今は会えて嬉しいから聞かなかったことにするね!!」

「とにかくビアスが無事でよかった」

「おい、待て待て待て」

「ん、なあに。アンディ?」


 わぁとはしゃぐ三人にアンディはようやく声をかけた。一度に色々な事が起こり過ぎて、彼の頭は床に散乱したトイレットペーパーのように混沌としていた。そこに追加で火種が現れたのだ。当事者以外が代表してストップをかけるのは当然のように思われた。


「あ、ミア。グレイ。紹介するね。彼は私の友達のアンディ。それと床で倒れてるのがショウ。アンディ、私の友達のミアとグレイだよ」

「こんにちは」

「どうも」

「おう、どうも。あんたらの話はビアスからよく聞いてる。っていうか英国人だろ。よく米国まで来たなぁ」

「だってビアスの衛星電話が繋がらなかったんだもの。友人が大事に巻きこまれたのではないかと想像するし、心配だってしたわ」

「ミア……っ!」

「半分はビアスの心配で、半分はビアスに巻きこまれた側の心配よ」

「ミア……!?」


 この状況下で挨拶を始めるビアスの神経を多少なりともアンディは疑ったが、幸い冷静さを取り戻すにはもってこいの時間であった。非現実的な物事に射しこまれた日常は、僅かに希望めいた色でアンディに手を振った。床に倒れたままの友人の存在を無視すれば、それは和やかな邂逅だと言えた。


「あんたらには初めて会った気がしねぇが、会えて嬉しいよ。話で聞くよりも随分と美形でびっくりした」

「ありがとう。美人だとよく言われるの、不思議ね」

「私たちも君の噂はビアスから聞いていたよ」

「そうか、そりゃあ嬉しいね。お互い変な噂じゃあなけりゃあいいんだが」


 短いやり取りの中で、アンディはビアスがかの友人を紹介する際に独創的オリジナリティという言葉を使っていた意味が薄らと理解できた。堂々とした美人だ。美人だが、やはりビアスの友人をやっているだけのことはある。

 一方でグレイについては判断がつきかねていた。ミアとは対照的に身を小さくしているこの長身の男は、寒いのか、少しばかり顔から血の気がひいていた。しかし、状況に応じて手を差し出して握手を求めてきたところを見るとアンディと同じ立場……つまりは、突拍子もない出来事に巻きこまれることに慣れた、常識的な考え方をするタイプなのではないかとアンディは考えた。その考察は間違ってはいないようだと、しっかりと握られた手を振って確信する。


「さて、自己紹介も済んだところで何から話そうか。まずミア達はどうやってここまで来たの?」


 仕切り直すようにビアスが手を叩いた。


「その前に彼を起こした方がいいんじゃないかしら。すっかり景色の一部になってしまう前に」

「んー?」


 ミアは表情を変える事なく床に倒れ伏したショウを見下ろした。ビアスは困惑を示す代わりに湿度で巻き毛に近くなっている前髪を掻いた。彼女が戸惑うのは珍しい事だ。


「ねえ、アンディ。もう起こしても大丈夫だと思う?」

「分からん。さすがにさっきの取り乱し方は妙だったからな」

「何があったの」

「いやね。実はさっきショウが突然発狂したんだよ。変な事を言い始めたから黒歴史になる前に落とした」

 

 ――落とした。

 とは、文字通りに落としたのだろう。意識消失ブラックアウトは彼女の十八番だ。


「黒歴史?」

「途中から日本語だったから、ちんぷんかんぷん」

「なんか呪文みたいにブツブツと。普段の気持ち悪さとはまた違った気味の悪さだったよ」


 肩をすくめるビアスにミアは眉をしかめた。説明を求めるようにアンディを見たが、アンディもビアスと同じく曖昧な説明で肩をすくめるだけだった。


「ショウはずっと君たちと一緒にいたのかい」

「そうだよ。目が覚めてからは、ずっとね」

「俺達、肝試しに向かう途中で砂嵐にぶち当たって……それから気絶しちまったんだ。起きたらこの家にいた。どうにも中からは出られないようで、三人で途方に暮れていたところさ」


 ミアとグレイは顔を見合わせた。片方の顔には困惑が浮かび、もう片方の表情は何も変わらなかった。


「それがどうしたの」

「実は私達、高畑章を名乗る青年に空港で会ってここまで案内をしてもらったんだ。それで途中、小さな女の子が車に轢かれているのを見つけたんだが……」

「あ”ァ?」

「ひっ!?」


 アンディが眼光鋭く睨みつけたのでグレイは言葉を続けることが出来なかった。暴れ牛を落ち着ける如く、どうどうとビアスが宥めていく。


「ごめんね。アンディは18歳未満の子供への犯罪が大嫌いなの」

「嫌いという言葉では生ぬるい」

「まぁまぁ、今はとにかく二人の話を全部聞こうよ」

 

 舌打ちをしてアンディはむすりと腕を組んで黙った。言葉にはしなかったものの、老人の不機嫌さは威圧感となって場に広がっている。


「それで、轢かれている子供を見つけてどうしたの」

「ショウが警察に通報しようと車に戻ったら、車が爆発したの」

「は?」

「車の傍にいた彼も爆発四散したみたいで」


 念を押すかのごとくミアは告げ、隣でグレイも頷いた。


「それ以上は私たちにもわからないんだ。ドアの横に焦げた手首が落ちているのが見えたから、案内してくれた彼が爆発に巻き込まれたのは間違いないと思う。それに……生きているとも思えなかった」

 

 今度はアンディもビアスも口を開いて驚きを顔面で表現していた。困ったようにグレイは首を振り、ミアは何故か堂々としていた。

 

「そうしたら馬に乗った女性が現れて少女の死体を抱えて持っていってしまったのよ。それを追いかけたら、ここに辿り着いた」

「うん。分かったような、分からないような」

「いや、一つ分かったことがある」


 腕を組んだままアンディは言った。その顔は酷く真剣で陰鬱だった。


「この二人が訪れてから俺の幼女レーダーに何かが引っかかっているのは、それが理由だ」

「ビアス」


 説明、という代わりにミアは友人の名を呼んだ。


「うん。ミアとグレイには話していなかったけれど、アンディは警察時代から少年少女ロリショタへの犯罪に誰よりも凄く厳しくてね」

「それは何となくわかったわ」

「突き詰めた結果、近くに少年少女がいたらピンとくるようになったのよ」

「それは少し分からないわ」

「本当なら凄いことだよ」

「でも、何だか気持ちが悪い印象を受けたのだけれど」

「うるせえよ!? 言い方だ、言い方!」


 半笑いのグレイと真面目に受け止めたミアの反応は一般人と同じものであった。アンディも怒鳴りつけたものの、半ば顔に諦めに近い色が浮かんでいる。


「だが、まあ。元刑事の勘とでも言うんだろうかな。虐待されているような奴は気配が特徴的なんだ」

「嘘だと思うでしょう。でも、これがなかなか当たるんだなぁ。だからアンディが近くに少女ロリの気配を感じているってことは、見えなくても近くにいるのよ」

「死んでいても?」

「死んでいたら、……分からん」


 悔しそうにアンディは呟いた。


「でも私達の見た子は確かに死体だった。では馬に乗っていた女性が18歳未満だったとか」

「それは無いと思う。断言はできないが馬に乗っていた女性は三十前後だったよ」

 ねぇ、ミアとビアスは呼びかけた。


「その女の人は、本当にこの家に入って来たの? 確かにドアは勝手に開いたけど誰の姿も見えなかったよ」

「ショウはもしかしたら見えていたのかもな。だとしたら、どうして俺たちには見えなかったんだ?」

「それに、ショウは私達をここに連れてきた人物と同一の存在なのかしら。同一だとしたら、何故片方は死んだの。車が爆発した原因も、理由も分からなければ、私達が閉じ込められている理由も不明」

 

 四組の視線が床にささる。


「うん! とにかくショウを起こして聞いてみるしかないね」


 明るくビアスが手を叩いた。


「また発狂したらミア、取り押さえをよろしく。アンディ、ちょっと協力して」

 分かったと二人は同時に頷いた。任せろと言わんばかりにビアスは床へと屈みこみ、アンディと視線を交わすと呟いた。


「未履修の人に最初に奨めるミス・トリシリーズってどれがいいかなー?」

「そりゃあお前、映画から入るなら最新作の八作目から観た方がいいに決まってるだろ。あそこがシリーズの一区切りだしリンドブルーム船長が主役だ。ストーリーも初見の人に入りやすいように編集されている」


 白々しいビアスの声にアンディが乗る。


「えっ、でもさ。四番目からの方が良くない? 犯人、幽霊だし。ダントツの一番人気の犯人ってことはさ、それだけ好きな人が多いんだよ。それに八作目は初見には優しいと思うけれど、ストーリー的に一番綺麗にまとまってるのって四作目じゃない?」


 その青年は当然のように起き上がると、ごく自然に会話に加わった。


「待ってまって。普通映画を観る時って一作目から観るよね? 最初に一番情報が盛り込まれているんだから、初見の人には一番最初をおススメしたがいいと思うんだけどな。やっぱり順番通りに見て行った方が分かりやすいし小ネタも理解できるんじゃないかなアベンジャーズみたいに」

「でもさ。ゴジラだって007だってシャーロックホームズだってスターウォーズだって、全員が最初から観たわけじゃないでしょう? ついうっかり見てしまってのめり込んだという人が多い筈よ。それに今の時代を生きる人には今の時代に即した娯楽映画の方が楽しいと思うの」

「だからこそ俺は一番手を出しやすい最新作を薦めるべきだと思うがね。それはそれとして聖エルモの火が最高だしな」

「いいえ、だからこそここは歴代で一番人気のある作品を最初に薦めて沼に突き落として逃げられなくしてから布教するべきなのよやっぱり幽霊って至高よね」

「いやいや、せっかく一作目から観る事ができるチャンスじゃないか。ここは一番古典順守と言われている一番最初の七つのなぞなぞからがいいんじゃないかな語り手最強」

「ハァー!? いや馬鹿言うなガキと女ばっかり不意打ちで狙った犯人が最強とか片腹痛いわ。つかストーリーライン複雑すぎるわ犯人の動機はふわっふわだわ、表現が芸術的過ぎて第一作目は初心者おいてきぼりだったて評だろうが今も昔も!!」

「そこがいいんですー! 刺さる人には刺さるんですぅー!! そしてアンディに何と言われようとも僕はリチャードとトマスを推-しーまーすぅー」

「ああ!? 百歩譲ってリチャード推しまではギリギリ許すがライン卿まで推すとなるとマジで許さんぞ!?」

「トマスだってそこに至るまでの何かが色々あるかもしれないし精神年齢だって本当は少年ショタかもしれないよ!! ディスり反対ー!!」

「一般常識と照らし合わせて外道の輩をディスって何が悪い! お前が必死にフォローしてる奴は快楽殺人を好む人殺しなんだぞ!? っていうかガキや妊婦を狙う時点でどんな理由があろうと万死に値する!!」

「船長だって理由はあるけど人を殺したじゃん!! いや、まあね。そこに至るまでの転がる悲劇が大変美味しくはあるのですが」

「分かる分かる。というか葛藤してからの吹っ切れ具合が正にダークヒーロー的な良さみがあってだな。刺さる」

「分かる」

「こらそこの二人、未見の人の前で犯人名ネタバレ禁止!!」

「しまったあ”-----っ!!」

「つい普段の癖でぇーーー!!」


「起きたわね」

「そうだね」

「起きたけど、これ、声をかけるのが憚れるわ」

「大丈夫だよ。ビアスがいま沈めたから」


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[良い点] >>「そこがいいんですー! 刺さる人には刺さるんですぅー!! そしてアンディに何と言われようとも僕はリチャードとトマスを推-しーまーすぅー」 同意オブザ同意……!!(見事に刺さった人 […
[良い点] キャラクターがギャグをになう以外の部分でシリアスさんが仕事しているところ。残酷で陰惨で救いがない物語のアーキタイプなのだから残酷で陰惨で救いがないのも当然ですね。 しかしこれらは過去の出来…
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