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二重のエコー  作者: 駒米たも
第二章 二人の犯罪
22/31

8.

 車の中は酷く暑い。

 かろうじてクーラーが動いていると分かるのはゴウゴウと音が煩いせいだ。安い年代物のレンタルカーだ。どこかしらガタが来ているのは仕方がない。

 見渡す限り荒野のような。そんな古めかしい表現がよく似合う砂漠の道路をピックアップ・トラックが進む。

 森林豊かなヨセミテの山岳を望んでいたハイウェイ395号線を外れて、しばらく経つ。白いボディペイントの下半分はすっかり泥と砂のベージュ色に染まっていた。

 錆だらけの車より先にガタが来たのは中にいる人の方であった。

 ただでさえ悪路、加えてこの晴天である。

 強い日射しにやられたのか、特に外に出る事の少ないグレイは後部座席にぐったりともたれかかっていた。空路から陸路へ。インドア派には少々きつい旅路であったらしい。


「休憩しましょうか」


 運転手は能天気に声をあげると無人のガソリンスタンドの影へとすべりこんだ。

 錆にまみれた灰色の神殿は意外にも繁盛していた。砂まみれのポンコツ車が現役で並んだ光景はまるで50年代。タイムスリップに一台が加わる。


「僕、売店で水を買ってきます。お二人は?」


 応える元気もないのか、グレイは弱々しく手を振った。

「私もいいわ」

「じゃあ、少し待っていてください」


 荒野には不釣り合いなスーツ姿が薄暗いガソリンスタンドの売店に吸い込まれた。

 売店とはどこも暗くて中が見えないものなのだろうか。中途半端に開けられた店のブラインドを見てミアは思った。


「彼、元気だね。あんなに暑そうな恰好なのに」


 どこか非難の色がこもったグレイの言葉にミアは小さく笑った。ミアも高畑も人ではないというのに、グレイは律儀に比較する。


「私みたいにあまり気温を感じないタイプなんじゃない?」

「羨ましい……」

『大丈夫ですか? グレイ様』


 幼子の声が聞こえ、二人は身体を起こした。


「大丈夫。待たせてごめんね、エコー」

「貴女の存在は可能な限り隠しておきたかったの。これからも出来るだけ、隠れていてね。どうしても私達を呼び出したい時は電話のコール音を鳴らしてちょうだい」

『かしこまりました』


 機械のような礼儀正しさでエコーは電話から答えた。


「それで、ビアスと連絡はとれた?」

『残念ながらビアス様から未だ連絡はありません。衛星電話もつながらないままです』

「やっぱり。三人が調べに向かったというゴーストタウンについての情報は分かった?」

『難儀しています。その辺りはちょうどネバダ州とカリフォルニア州の州境にあってデータが別れている上に、廃棄された町が多いですから。ゴーストに関係ありそうな噂話は3つ。開拓者に殺されたインディアンの呪い、白いワンピースを着た裸足の少女、ハーメルンの笛吹き男に似た噂もありました。それから一点、気になるニュースが。先日、インデペンデンスで自殺した高齢の男性なのですが』


 エコーは声を潜めた。


『お名前がニック・ベッカーと言うのです。ビアス様のお好きな映画、ミステリアス・トリニティにも同名の登場人物が存在しますよね? ベッカー氏の出身地は、そこから二マイルもありません。今現在はゴーストタウンになっていますが、もしビアス様なら』

「間違いなくそこを知っているだろうね。可能性は高い」


 エコーの言葉をグレイが引き継いだ。


『はい。ミステリアス・トリニティの第一巻が発売された直後にカリフォルニア州在住のヘンリー・アシュバーンという男性が自宅の倉庫で首を吊りました。そして第一作目が公開された直後にはカート・バグショーという方が崖から飛び降り自殺をしています。お二人とも、名前が作品に登場していたので騒ぎとなったようです。……事件を目撃して殺されてしまった被害者役ですが』

「ミステリアス・トリニティに登場する者は発狂して死を選ぶ」


 神妙な顔でグレイは口を開いた。


「前にビアスが言っていたんだ。公開当時の謳い文句だったってね。あながち見当違いではないのかも」

「発売中止や公開延期にはならなかったのかしら」

「今と違って情報の伝達が遅かったからね。小説の登場人物と名前が似ているなんてよくある話だ」

「確かにそうだけど一つのシリーズに三人は多いわ。もしかして作者は自分に関係がある人の名前を作品に使ったのかもしれない。けれど自分の名前が目撃者役として使われたからと言って自殺するかしら」


「そうなんです。だからトム・ヘッケルトンの出身地は、カリフォルニアかネバダだという考察が主流なんですよ。それと当時、出版社には発売を中止しろって抗議文や脅迫文が山の様に届いたんですが全部プロデューサーが上手く宣伝に使っちゃったんですよね。それで出来たのが発狂するミステリーの冠」


 唐突に割り込んできた声に、グレイはぎくりと身をすくませた。ミアは当然といった様子で、窓の外から相槌をうつ青年を見上げる。

「凄いわ、ビアスみたい」

「ミス・トリの話題ですから」


 窓越しに炭酸水をグレイとミアに渡した高畑は照れくさそうに笑った。

 エコーの存在には気づいていないようだ。ニ人は安堵する。

 グレイは運転席のヘッドレストをつかみ身をのりだした。


「ありがとう。いくらだった?」

「さっき失礼なことを言っちゃったみたいだから、そのお詫びです」

「……いや、私もまさか自分の境遇を『映画みたい!?』で流されるとは思わなかったけれど……」


 チャールズ・ダーウィン、アーノルド・トインビー、ジョゼフ・ベル。

 英国の天才からクローンを生み出そうという話が一体いつ頃生まれたのかは知らない。

 その話をミアが聞いたのは一度目の世界大戦が終わった頃だった。

 19世紀の外科医ヘンリー・グレイの細胞を使ったクローン人間。それがグレイだ。

 試験管の中で育てられた赤子とは無機質なものだろうと思っていたミアを、グレイは別の意味で裏切った。

 作戦名コード:ホムンクルス。

 ヘンリー・グレイと同じ遺伝子と名前を持つ彼は、外科医にはならず修復人として大英図書館へとやってきた。

 それは気弱な彼が見せた国への、精一杯の抵抗だったのかもしれない。それを許したのだから国も相当な親バカなのかもしれないが。


「これ、一応機密事項だから秘密にしておいてほしい」

「ビアスも、このことを知ってるんですか?」


 ミアは肩をすくめた。


「ビアスに隠し事できると思う?」

「無理ですね」


 即答した高畑にミアとグレイは顔を合わせる。無鉄砲かつ無敵な共通の友人がいることに、これほど感謝したことはなかった。



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