6.
――その日、僕は死んだ。
「高畑だけに」
「蛍の墓」
「ぬうおああああ!?」
「壊れたな」
「私達のファミリーのこと、ショウに言ってなかったっけ?」
「言ってないよ!?」
頭をかきむしるのに必死で色んな意味でギリギリのネタを止める余裕が無かった。
いま、淡々と、それでいて特大の爆弾を聞いた気がする。
顔を上げると不思議そうに首を傾げる二人がいた。
「言った気はするんだが」
「もしかしたら二人で作ったイマジナリー友達のショウに言ったかも」
「ああ〜」
「ああ〜、って何!? 何一つ納得できませんけど!?」
ぽん、と手を打つ二人の間に、ちょっと待ちなさいと割り込んだ。この二人は放っておくと何をしでかすか分からない。無理やり椅子をねじこんで気を引くようにテーブルを叩く。
「言いなさい。僕の知らない内に何を創りあげたのかを」
「だってお前さん、話したくても時差があるから気軽に呼べないし」
「ショウが仲間外れにならないように、アンディとランチを取る時はいつも席に写真置いといたの。それでショウにも言ったと勘違いしてたかも」
「ねえ、それ冗談だよね!? 冗談だと言ってくれ!!」
二人のランチの席で、僕は店の人からどう扱われていたのだろう。気になるけれど、知りたくはない。
まさか写真立てに入れてないよね? 入れてそう。遺影になっていそう。
僕の名前は高畑章。
しがないミステリー映画オタクだ。
ある日、大好きなミステリー映画のオフ会に出かけたら変な世界に引きずりこまれてしまった。
一緒にいるのは二人の仲間。
子供好きのアンディと露出狂のビアス。
なんと二人は僕の大好きなミステリー映画の製作者と血縁関係にあったのだ。
見た目は大人、言うことは平凡。それが僕です。
「せっかくだから、もう一度言っておくか。俺の兄貴は映画監督のアンデル・バーキンダムでな」
「もう一度も何も初耳だけど、それを言ったら話が進まないから続けて」
改めてアンディが言うので、機械的に頷いた。
映画監督、アンデル・バーキンダム。
推理もので戦争単位の死者を出す男。お通し感覚で胸糞ゴア表現を出す鬼畜。原作順守の為に製作総指揮権を取ったやり手。
知名度の高い監督であると同時に、ミス・トリファンの中ではミス・トリファンクラブ殿堂入り名誉会長として名を知られている。
なぜなら彼こそ、ミステリアス・トリニティシリーズ第五作までの脚本、監督を一手に引き受け、譲らず、そして製作費が足りなくなったからと撮った映画がその年のアカデミー賞を総なめにした天才。
「ある日、その兄貴から俺に呼び出しがあった。危篤状態の恩師のために人探しをして欲しいと」
アンディは警察を退職してから探偵を始めた。
深夜に流れる彼のコマーシャルを見たことがあるけど、実に良い出来だった。なんでも昔、お兄さんと一緒にカメラを回して遊んでいたらしい。
ハードボイルドと西部劇のカメラワークを踏襲した素晴らしい内容だったから、お兄さん、ただものでは無いなと思っていたけど……現職最高峰だと誰が思うだろう。
偏屈なスリラー系監督である兄と元警察官の弟。二人が揃うって事は即ち……。
「その人探しってのが問題だった。何せ、その探して欲しい『人』ってのが存在していなかったんだからな。話を聞きたくとも依頼人は昏睡状態」
ほらきた完全に導入だよ!
疑う事なくミステリー小説の冒頭だよ!
元警察官の渋爺系探偵がホリウッドセレブ監督から依頼を受けるって時点で映像すべきだよ!?
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今のアンディ、もはや主人公以外の何者でも無く、いまもホリウッド映画補正働いてる最中だと思われる。
ビアスに視線を送ると「せやろ」という得心顔で頷いてくれた。
カタカタとタイプを打つ真似をしているのは「自分は情報処理ポジですので」とでも言いたいのか。
小生意気キャラもハッカーキャラもお色気もビアスが担ってるから、正直、僕にはエキストラ系ノーネイムの道しか残されていない。つまり普段通りに振舞えば良いってことだ。出来るか。
「その恩師の名はトム・ヘッケルトン。その奥さんと二人の子供を探して欲しいっていうんだが」
「記録がどこにも無かったんだぁ。公的には彼には子供も妻もいなかった事になってる」
「でもな。死を間際にして、そんな嘘を言うと思うか?」
「ねえ、ショウー」
すっかり元気になったビアスが肩を組んでくる。美女が隣にいてドキドキする、というより滅多に出さないビアスの猫撫で声が怖くて脂汗が止まらない。
「実はね、ちょっと前に私のママ……ウェリンガム監督から変な噂を調べてほしいって、連絡があったんだ」
ミシェルさん。
ミステリアス・トリニティ第一作目でアジの開きこと被害者アビゲイル・アシュバートンを演じた少女、ミシェル・ウェリンガム。
別名、不条理の女王。
他にもバッドエンドフラワーブーケ、ミス皆殺しなど、様々な異名を持つ脚本家兼女優であり、見終わった後「頭が混乱する」「精神的に浸食された」「現実に戻ってきたのかな」という不安な感想を抱かせることで有名な監督でもある。
「ミス・トリの登場人物と似た名前をした人は自殺するって噂、聞いた事ない? 調べてたら、それらしい自殺者がこの街周辺に集まってたの。妙なスキャンダルになっても困るじゃない。一つ真相を確かめてやろうと意気込んでたら」
「どうやらトムも昔、この辺りに住んでいたらしい。これは偶然か?」
「……ぼ、僕に聞かれましても」
「ショウ、お前は謙遜するが、正直お前のミス・トリ知識はかなりのものだ。だから正直に教えろ」
「……」
「お前、トム・ヘッケルトンが危篤だと聞いても驚かなかったな? それは何故だ」
ああああ!! しまったぁぁぁぁあ!!
そうだよね、普段の僕なら喉が張り裂けんばかりに絶叫するところだ。
だって意識不明の昏睡状態だと最初から知っていたんだもの。
「もう一つバラすとな、トム・ヘッケルトンは日本人だ。お前は何を知っている。この変な場所に招かれた理由にも何か心当たりがあるんじゃないか」
「ショウ、あなたがロガエス写本をトム・ヘッケルトンから譲り受けているってネタは既にあがってんだよ」
さっきから暑くも無いのに汗が凄い。
問い詰められる犯人って、こんな気持ちなんだろうなあ。
この口ぶりなら、ビアスは僕の正体をある程度突き止めているだろうし、それを僕の口から言って欲しいと思っている。
本当なら僕だってそうしたいのだけど、ここで言うことはできない。
なぜなら高畑章の正体がバレてしまえば、僕までこの世界に取り込まれかねないから。
それはダメだ。考えろ、考えろ。二人にしか分からない方法で、大切な事を伝える方法を。
「うん、ロガエス何とかって変な本なら西山さんにもらったよ。肌身離さず持っていなさいって」
言葉を選んで噛み砕きながら頷いてみせると二人は明らかにほっとした顔つきになった。
テーブルの上に茶封筒を置く。
この中にはミステリアス・トリニティの原稿が入っている。けれど、この流れで出せば二人はこの封筒の中身を「ロガエス写本」だと勘違いしてくれるだろう。
沈黙が、重かった。
西山の名前を出したことで、僕もまた『トム・ヘッケルトン』の正体を知る者として理解してくれたと思う。
「西山行に子供がいた記録は無かったはずなのに」
「まさかショウは西山のライン卿案件か!」
「ショウ君がテラー推しなのはそういうワケ!?」
「やめて納得した顔をしないで僕の正体をこれ以上物騒にしないで!」
【ミス・トリ単語辞典】ライン卿/トマスパパ案件
ミステリアス・トリニティ第一作目「七つのなぞなぞ」の登場人物がやらかした事の暗喩表現。
自分の不老不死を実現させようとしたナチュラルボーンマッドサイエンティスト貴族による身寄りのない未成年者の誘拐レイプ殺人。近親相姦によるクローン作成、薬物による精神破壊、自分の人格を子供に植えつけるための洗脳行為、など倫理コード考えろ事件のいずれか、または複数を指す。
外で議論していたら警察を呼ばれたので、このような暗号となった。
僕の推しが多重人格殺人鬼であることがいい感じに噛み合ったゆえの狂気である。
「そうじゃないよ。西山さんは僕の師匠みたいな人で……彼がトム・ヘッケルトンだと言うことは本人から聞いたんだ。家族を探してほしいって、そう頼まれた」
僕は三人の亡霊を探している。
狭間の世界で僕を待っていた可愛らしい人たちは、ある日、忽然と消えてしまったらしい。
駆け込んできたのは物語の登場人物。
狭間の世界で人が死ぬようになったと青ざめていた。
苦しみながら、悲しみながら、死んでしまうと。
それはそうだ。そうなるように書いたのは僕なのだから。
何をしても上手くいかない。
怨みと慟哭と呪いの街が本来の姿を取り戻した。
理由が分からなかった。
誰がそれを望んだ?
僕は行動した。
今度こそ彼女たちを見つけると、そう決めて。
病院までアンデル君がお見舞いに来てくれたのは意外だったけれど。家族の事は寝言で聞いてしまったのかもしれない。
しかし、ようやく見つけた三人の手がかりが、この街、というのは皮肉なもので。
「ショウ……?」
「なにかな」
この姿の名前は高畑章。
日本人のサラリーマンで趣味は映画。
犯人が大好きでミステリアス・トリニティが大好き……という設定の、僕が書いた小説の登場人物。
作者の言う事を聞かずに暴走する、困ったキャラクターだ。
【高畑 章の視点】




