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二重のエコー  作者: 駒米たも
第二章 二人の犯罪
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4.

【アニー・ビアスの視点】


 気絶ブラックアウトの極意、それは慣れだ。


 痛むこめかみを抑えて起き上がる。

 もし見知らぬ場所で目覚めた場合、極力冷静に振る舞うべしとは母の教えだ。

 ビアスの母は正しく仕事人間であったが、時折見せる少女めいた破天荒さは間違いなくわたしへと受け継がれていた。

 彼女はパーティーで家に帰らない日が多かった。帰ってきたところで酒と香水の深い匂いに埋もれていて、到底幼い娘と会話出来る状態では無かった。

 それでも私は沢山のものを母からもらった。

 アイスの上にコーンパフを山盛りにする方法。派手なネイルにした時は上下の下着を同じ色で揃える事。失恋の薬にはチョコチップアイスが効く事。部屋いっぱいの古典推理小説クラシカルミステリーに埋もれる時は近くにたっぷりのコーヒーを準備する事。


 楽しい思い出も悲しい思い出も彼女はくれたし、私たちは確かに親子だった。


 ようやく目覚め始めた頭から手を離し、真横に聳え立つ十字の影を見上げた。

 これといって特徴のない小さな教会だ。田舎でよく見るような、チャリティバザーでかろうじて命をつなぎとめている教会。

 ひびの入った壁に中の見えない陰鬱な小窓は、外界を拒絶する閉鎖的な暗闇をまとっていた。

 あちこちに剥げたペンキが落ちていて、それこそが目の前の教会の清貧さ、すなわち緩やかな衰退と拒絶の証だった。


「ショウー、アンディー」


 叫んだ拍子に咳き込んだ。二人から返事はなく、私は砂埃でヒリヒリとする喉を抱えるだけに終わった。

 けれども鼻から潜り込む乾いた土の臭いはどことなく祖父母の家に似ていて、妙な落ち着きを胸に与えてくれた。


 二人はどこだろう。

 私の記憶は窓ガラス越しに濡れた少女を見たところでふつりと途切れている。

 直近の疑問はこうも言い換えることができた。


 二人は無事か。

 車で2時間もかかる砂漠の荒野の真ん中に子供が立っていて、一人ならまだしも、完全に素面の三人が彼女を目撃していた。

 車のブレーキはきかなかったし、目が覚めたら変な教会の前に転がっていた。

 私は仕事の性質上、不可思議な現象には慣れている。

 親友は精霊と式神だし他の人間よりはオカルトというものを受け入れられる。

 しかし他の二人はどうだ。

 アンディは元警官の現実主義者だし、ショウは酒が入っていなければかなりのポンコツだ。

 彼らが何かをやらかす前に、急いで合流しなければ。

 私は意を決して目の前の教会を見上げた。

 瞬間、ブルっとした寒気を覚えて二の腕をさする。

 もしかしたら中に誰かいるかもしれない。その誰かがアンディかショウであれば万々歳だ。


 手を乗せると教会の扉は簡単に開いた。

 なめらかに差し込んだ日光が薄暗い主廊を照らす。真っ直ぐに伸びた暗褐色の絨毯の先には白い十字架がかけられていた。

 その下に誰かが倒れている。

 黒いシスターの礼服。散らばった金色の髪。壊れた人形のように放りだされた手足。

 思わず、私は目をこすった。

 ――この光景を私は知っている。

 場所は違う。年代も違う。それどころか、あれはフィクションだ。

 けれど目の前の光景を「偶然」だと判断するには、あまりに似すぎていた。

「シスター!!」

 背後で物が落ちる音がした。転がってきた小さな林檎がウエスタンブーツにぶつかる。

 背中から聞こえた痛いほど切羽詰った子供の叫び声。



 ▼▼▼


「おい、ビア、ずー!?」


 夢から覚めるように意識が浮上する。

 跳ねる様に起き上がれば頭蓋骨が固く鋭い何かとぶつった。

 あまりの衝撃に目の前に星が跳ねる。


「あいたたたたたた!」 

「アン、ディ?」


 ベッドサイドで白髪交じりの老人が顎を抑えてウンウン唸っている。気にするなと言わんばかりに手を振っているが、会話ができそうな状態ではない。寝起きの私が彼の顎に頭突きをくらわせてしまった事は一度おいて、ここはどこだろうと視線をめぐらせた。

 小屋だろうか。大き目のソファと間接照明、それからベッドとブラウン管テレビ。他にも家具は置いてあるが白いシーツがかけてあってシルエットしか確認できない。天井に小さなファンがついている。床も壁も木で出来ていて埃臭い。開け放たれた窓からはサンサンと日光が潜り込んでいて、ぶらさがったウインドチャイムが輝いていた。

  今のは、夢?


「あ、良かった。ビアス、起きたんだ」


 声がする方を見れば、細身のアジア人男性が水の入ったコップを持って立っていた。そうだ、今日は眼鏡をかけて無かったんだっけ。暢気な笑顔のショウを見て気が緩む。


「ここは?」

「分からない。というか、僕もアンディも気づいたらこの小屋で寝てたんだ。ところでおでこは大丈夫? 向こうまで良い音が聞こえたけど」

「おい、ショウ! こいつの頭蓋骨、凶器になるぞ!?」


 声をはりあげるアンディの目には心配の色が浮かんでいた。目が覚めない私の様子を見てくれていたのだろう。

 ショウは居場所を聞かれて一瞬、沈んだ顔を覗かせたがすぐに笑顔に戻った。

 私は彼の事を暢気と表現したことを少しだけ反省した。彼は慣れない海外でトラブルに巻き込まれた。心細さでいえば、この中で一番だろう。


「車はどうしたの」

「見つからないんだ」

「二人で見て回ったから保証する。少なくともこの周辺には無かった」


 のろのろとした動きで起き上がったアンディが、少し離れたソファにどかりと座る。


「私、どのくらい気絶してた?」

「半日ぐらい。僕たちは直ぐに目が覚めたんだけど、ビアスは起きないから心配したよ」

「よく言うぜ。こいつな、このままビアスが起きなかったらどうしようってさっきまで真っ青な顔で部屋ン中うろうろしてたんだぜ」

「ほう、その楽しそうな話を詳しく」

「アンディ、それは忘れて。ビアス、食いつかないで」

「お前に冷静キャラは百年早い」


 仰仰しく言うアンディに噴き出した。

 明らかにホッと顔を見合わせたアンディとショウ。どうやら私は相当酷い顔をしていたらしい。


「二人ともありがとう。変な夢を見た所為で調子出なかったけど、戻ってきたかも」

「変な夢?」

「あとで話す。まずは」


 どうやら運転席と助手席に座っていた私達より、後部座席に座っていたショウの方がダメージが少なかったらしい。

 一番先に目が覚めた彼が見たものは、近くで倒れたまま、まったく動かない私達二人だったというのだから仕方がないのかもしれない。

 きっと逆の立場だったら私もパニックになっただろうし。


「それで、これからどうする?」


 私の言葉を引き継いで、真剣な表情のアンディが言った。


「目が覚めたばかりのビアスに聞かせるには酷な話かもしれないが、ここは普通じゃない。この辺りを歩いてみたんだが、結局どこに行ってもこの家に戻されちまう」

「本物のゴーストタウンだったり?」

「……そうかもしれんな」


 深く頷いたアンディと、うつむいたショウ。

 表情に苦いものが混じっていることから、どうやら冗談では無いようだ。部屋の中を重苦しい空気が漂う。


「オーケー、ボーイズ。なら最初にすべきは情報共有だと思う」


 そんな重い空気を断ち切りたくて、思わず手を鳴らす。

 ぱちくりと瞬きする二人にとっておきの微笑みを見せた。


「何で? って顔をしてるね。私達は、幸か不幸かミステリーやホラー界隈について詳しい。ならば最初にすることは?」

「……ああ、そういうことか」


 何の感情をこめているのか分からない溜息をつきながらアンディが首を振った。


「死亡フラグ潰しをするんだな?」

「正解。生存率を上げるにはお互いの持つ情報を全部ゲロッてしまうのが一番だ。一見関係の無い事でも些細な事でも構わない。なぜなら私達は『何かの要因』でここに招かれたと考えるべきだからね。ここを訪れた人間全員がゴーストタウンに来るわけじゃない。招かれるには何かしらの法則があるんだと思う」

「さすがビアス。犯人愛好会きってのミステリーフラグクラッシャーの名は伊達じゃない」

「その称号は初耳なので詳しく」

「とにかく、だ!」


 私達は顔を合わせた。


「単独行動は禁止」

「ちょっと気になる事があるから確認してくる、で離席するのも禁止」

「もしかしたらアイツが、などという曖昧な固有名詞も禁止」

「だんだん『それを言ったら死にます大喜利』で盛り上がる気配がしてきたから脱線には気をつけようね」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新待ってました! オカルト時空におけるフラグ潰しで「死亡フラグあるある」を列挙していく面々にほっこりしました。
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