表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二重のエコー  作者: 駒米たも
第二章 二人の犯罪
15/31

1.

1.


 リノから南東37km。そこはまだ西部開拓時代。

 バージニアシティ――観光業でなりたっているこの小さな町は至る所にゴールドラッシュの面影を残している。

 アスファルトの敷いてあるメインストリートには玩具みたいなカントリーハウスが建ち並ぶ。

 アンティークショップにオールド・サルーン、オペラハウス。今が21世紀だと頭では分かってはいるものの、テンガロン姿のカウボーイ達とすれ違うのは実に愉快な気分だ。 

 目的の場所はサイドストリートの外れにあった。剥きだしの土道と赤煉瓦の建物。枯草の転がる西部劇の決闘場はいかにも彼らの好みだ。

 鍵穴のような入り口をくぐると目的の人物たちをすぐに見つける事が出来た。窓際は店内で一番明るい場所だ。一人は陽気に、一人は陰気に酒場と友人になっている。


「アンディ、またショウを潰したでしょ。ダメだよー、彼、弱いんだから」

「飲ませたのは昨日だぞ?」

 声をかければ灰緑の目を細めたアイルランド系の老人、アンディが振り返って杯を掲げた。机に伏せたまま動かない黒頭にグラスを乗せて快活に笑う。

 赤銅色の髪と縮れた髭。割れた顎に日焼けした二の腕。この辺りでは見慣れた薄汚れたチェックのシャツとジーパンだが、きちんと身形を整えればまだまだハンサムで通じるだろうに勿体ない。

 それでもこの典型的なアメリカ西部の男は自分の魅力を知り尽くしていた。子供のような笑みを浮かべ、両腕を広げてハグを求める。


「久しぶりだな、ビアス。今日は服着てるのか」

「今のところは」

 後ろで聞き耳を立てていた何人かがむせた。西部劇の世界にはそれなりに相応しい恰好というものがある。例えば白シャツにベストにスカーフ、それに牛革のベルトと鮮やかな青色のジーンズ。それから忘れちゃいけないウェスタンブーツだ。


「下着が窮屈で仕方ない」

「相変わらず見事な誘い文句だな」

「馬鹿言わないで、お爺ちゃん」

 いつもの冗談を重ねているとアンディの対面で机に伏していた青年が起き上がった。目の下にがっちりと浮かんだクマと蒼白い顔。弱弱しい笑顔に「シャチク」「カロウシ」という不吉な単語が頭をよぎるが、真実は単なる二日酔いだ。

「ビアス、久しぶりー……」

「ショウ、大丈夫?」

「ぎりぎり」

 長めの黒髪にぼんやりした黒目、アジア系。女性のような色の白さと線の細さに異性としての魅力はない。そのせいか、大学生が着るようなフード付きのパーカーを着た彼は同性のルームメイトよりも気軽に話せる存在だ。


 年齢も国籍も違う異様な二人。彼らは私の古い友人である。

『ミステリアス・トリニティ』、ヴィクトリア朝を舞台にした探偵小説。後味の悪さから好き嫌いが別れる作品だが、一方で熱狂的なファンがつくことでも有名だ。

 私達はその中でも「犯人が好き」に特化した超ゲテモノ好きの一行である。

 彼らとは私が運営していたファンサイトの中で知り合った。特にこの二人は古参メンバーの中でも悪名が高い部類に属している。

 ダニー・ボーイことアンディはカリフォルニア州ビショップの出身、昔は警察官だったけれど今はサンフランシスコで私立探偵をしている。

 オールドチャップことショウは日本人。ああ見えて銀行員だそうだ。実年齢を聞いて私も最初は驚いた。

 そして私、レディ・ハートボムことアニー・ビアス。表向きは一応何でも屋(ハンディ)ということになっている。


「眼鏡をかけてないショウと下着をつけているビアスとは珍しいな。ガキども、ちょっと見ない間に色気づきやがって」

 新しいビールを注文しながらアンディが言った。

「前にオフ会したのはいつ頃だったか」

「四作目公開の時ね。二人に首輪つけて調教したんだけど覚えてない?」

 はりきって初版本くびわを餌におびき寄せ、私の家で昼夜問わずの調教プレゼンテーション。あれは楽しかった。


「! 思い出したぞ、あのデス・マーチッ。爺に徹夜はキツいんだよ……」

「楽しかったねぇ。何度か意識が飛んだけど……」

 あと二週間もあれば立派な幽霊ファンとして調教せんのうできたのに。

『幽霊』はミステリアス・トリニティの中でも一押しの犯人。実際一番人気が高いロマンチックでミステリアスな悲劇の殺人鬼だ。 


「懐かしいなぁ。そんなに前だっけ」

 まだ顔色が悪いものの、さっきより多少復活したショウが隣で不気味に笑った。本人にその気は無いのだが、彼は常に、何かを企んでいるような笑い方をする。

「ビアスの暴走は(じか)だといっそうひどいってよく分かったし」

 正面のアンディは視線を上に向け煙草の煙を天井のファンに吸わせている。

「本当に(ひど)かったよなぁ。俺たち二人でも受け止めきれない情熱って相当だぞ」

「他人事みたいに言ってるけど昨晩のアンディも似たようなもんだからね!? 泊めてくれるのは有難いけど、もしかしてそれが目当てだった!?」

「当たり前だ馬鹿野郎、長年積み重ねてきた船長への熱い思い。それが一晩で語れるかっ!」


 目の前で騒ぐ二人の姿がネット上のやりとりと重なる。


『ミステリアス・トリニティ』という作品には謎が多い。知名度に反して作者の正体は未だに不明、未完結。作品にまつわる都市伝説のような噂話もある。

 現在ミステリアス・トリニティシリーズの監督を勤めているアンデル・バーキンダム。彼だけがミステリアス・トリニティの作者、そして結末を知っている者だと言われている。

 そのため映画が公開される度、ミステリアス・トリニティのファン……考察中毒者フリークスはこぞって集い、語り合うのだ。

 アンディは去年公開された『斜陽の楽園』の犯人である『セント・エルモの炎』の熱狂的なファンだ。一晩では語り尽くせなかったに違いない。実際インターネットでは半年以上経ったいまでも騒いでいるし、前回のオフ会でやらかした者代表として、彼の気持ちは痛いほどよく分かる。

 ショウは話すことが得意ではないから今回も一方的な聞き役に回ったのだろう。彼は影が薄いことで有名な一作目の犯人『語り手』のファンなので今後も彼の考察を聞く機会は無いのかもしれない。

 よく自分に似ているキャラクターを好きになるというがアンディやショウを見ていると確かにと思う。アンディは豪快で面倒見がいい反面、他人の悩みに同調しすぎるタイプだし、ショウは普段弱気だがいざスイッチが入ると手がつけられない。私は、どうだろう。あとで二人で聞いてみようか。


「二人とも朝までじっくりたっぷり可愛がってやるから覚悟しておけよ。参考資料は印刷済みだ……」

「お爺ちゃん、勘弁して」

「お爺ちゃん、寝不足よくない」

「すみませんが」


 肩を組んでいた私たちに横から声がかかる。見れば二人組のハンサムが立っていた。海で見かけたら迷わずこちらから声をかけていただろう。警察の制服を着ていなければもっと素敵だったのに。


「皆さんの関係について少々説明を頂きたいのですが、お聞かせ願えますかね。外で」


 遠巻きに、こっちを見ているドン引いたカウンターサイド。

 ビリヤード台を盾にしている不良。

 無情に騒ぎ続ける誰もいないスロットマシーン。

 どうやら、またヤらかしたらしいと私たちは理解する。


 もしかして、通報記録最短を更新したのでは?






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ