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二重のエコー  作者: 駒米たも
第一章 二通の手紙
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11.


「何を勝手なことを。私は早めに帰った。カードの退館履歴を見れば分かるだろう」

「三俣社長、あなたは正面玄関にカードリーダーをかざしましたが、外には出ていませんね?」

 開きかけた三俣の口がピタリと閉じた。

「19時までの監視カメラの映像は残っているんです。あなたはカードリーダーに自分のIDを押し当てたあと、後ろから来た宝迫さんと共に引き返していった。警備の方はインターネットと繋がるのは二か所だけと言いましたが、それは違う。社長室、秘書室からもインターネットにアクセスできるそうじゃないですか。ホームページの更新は宝迫さんの仕事だそうですね。そんな小細工をしてまで、貴方がたは何のために残っていたんですか?」

「それは……」


 口ごもっていた三俣を助けたのは意外な人物だった。


「浮気ですよ」


 気だるげに三井が言った。


「三俣社長と宝迫女史のことは誰でも知ってる。どうせバレないように退勤時間をずらしておこうと思ったんでしょう」

「三井君!」


 激昂した三俣を宝迫が止め、小さく頷いた。

 浮気の方が殺人の容疑をかけられるよりかマシだと判断したのだろう。


「それでは三井さん。あなたが残っていたのは何故ですか? 建物内部の監視カメラでは21時過ぎに出て行くところが確認されましたが、あなたが正門から出た姿は記録されていない。その説明をお願いします」

「そりゃあ、俺が監視カメラにハッキングをしかけた張本人だからさ。女子更衣室に忍びこむためだ。一度外に出たあと、中庭に隠れて機会を伺っていたのさ。犯罪行為をしたのは認める。だが、石山は殺していない」


 三井の堂々とした告白に誰もが呆気にとられていた。

 一方、女子更衣室に忍び込むと言った三井は真剣そのものだ。


「俺を捕まえるならさっさと捕まえろよ、刑事さん? 念のため三俣社長と宝迫サンも連れて行った方がいいと思うが」 


 人をおちょくったように笑うと三井は立ち上がった。白衣のポケットに両手を入れ、壁際に立ったままの守衛二人をジロジロと眺める。


「こりゃあもう、取引どころじゃないな。悪いが川田、お嬢ちゃんの面倒みてやってくれ。確か井原のおっさんは英語がからきしだったろ」

「はっ、はい!?」

「あとは頼んだ」


 巨体の東屋がいなくなると、部屋の中はいっそうガランと広くなる。

 残されたのは守衛二人とミアの三人。互いに気まずげに視線を合わせた。


「あの、ハーカ―様、出口までご案内します」


 川田の口から出たのは英語ではなく日本語だったが、状況から察したのだろう。

 小さくコクリと頷いたミアにほっとしたように守衛たちは視線を合わせる。


「それじゃあ、頼んだぞ。川田」

「はい」


 井原と別れた川田とミアは新館の廊下を歩いていた。灰色の長い廊下はどこも変わり映えせず、並んだドアは地下であった事件など知らぬと言わんばかりに締め切られている。


「日本に来たばかりなのに、とんだ災難でしたね」


 沈黙に耐えきれなくなった川田がエレベーターを待つ間に喋りはじめる。ミアはきょとんと川田を見上げると僅かに微笑んだ。言葉は通じなくとも気遣いは感じたのだろう。片言でアリガトゴザマスと返す。

 エレベーターが到着しても、川田は喋り通しだった。慣れない環境で興奮しているのか頬が紅潮している。


「前々から三井さんと石山さんは仲が悪かったんです。この前なんかすごい口喧嘩しているのを見ましたよ。今にも殴り殺しそうな顔してました。前から変な人だとは思ってましたけどシュレッダーに女性の頭を入れるなんて……あれ、完全にイッちゃってますよ」


 チンと軽い音と共にエレベーターの扉が開く。

 扉の向こうを見た川田はぎょっとしたように目を開いた。

 警察に連れて行かれたはずの三井、そして東屋の巨体が入り口を塞いでいる。


「確かに石山さんが巨大シュレッダーに挟まっていたとは言いましたけど」

 のんびりと東屋が言った。


「頭が挟まっていたとは言ってないな」

 呆れたように三井が続ける。


「頭という部位は思った以上に表皮近くに血管が集っているの。シュレッダー室の壁には血が飛び散っていた。だから石山さんと一緒にいた犯人の服にも血液が付着したはず」


 幽霊でも見たかのように川田は背後を振り返る。


「悪いけど、事件の翌日から新服を着ている人は疑ってかかる主義なの」

 流暢な日本語でミアが言った。





「複雑になったのは石山が三の井戸守りの子孫……三井の手紙を盗んだせいね」


 彼女は安倍晴明の熱烈なファンだった。何とか三井に手紙を持って来させるまでは成功したが、彼は手紙を手放すことを拒んだ。

 だから石山は手紙を盗むことにした。かつて大英図書館から安倍晴明の書簡を盗んだように警備員を買収し、男子ロッカーの合鍵を手に入れた。

 21時15分まで作業室にいる石山の映像は川田があらかじめ用意しておいたものだ。

 作業室にいると思わせておいて、彼女は三井のロッカーから手紙を盗みだしたのだ。

 しかし石山は手紙をスキャンしただけで、三井に手紙を返そうとした。

 手紙を読んで、研究肌の彼女にも思う所があったのか。安倍晴明が手紙を送った三井の先祖、三の井戸守りは「女性」であった。

 会社を出た三井は手紙が盗まれたことに気づいていた。もちろん犯人の心当たりもついていた。

 石山が建物から出てくるところを待っていたが22時を過ぎても出てこない。

 痺れをきらした三井は外の植え込みに隠してあったパソコンを使ってセキュリティにハッキングをかけ、裏口からこっそりと内部に忍び込んだ。抜け道を三井が知っていたのは、以前酒に酔った川田が口をすべらせたからだ。

 石山の居そうな場所を探したが彼女は見つからない。作業室も電気や機材の電源がついているだけで、人の気配はない。

 宝迫に帰宅を促す川田の声を聞いた三井は帰ることにした。もしかすると三井が中へ入るのを見て逃げ出したのかもしれない。翌日、問い詰めてやろうと思ったが彼女は会社に現れなかった。

 

「三井がハッキングを仕掛けた時には石山はもう死んでた」


 死因は撲殺だったそうだ。地下に置いてある消火器が凶器であった。

 石山がもう一度男子ロッカーの合鍵を貸して欲しいと川田に頼んだ事が均衡を崩した。

 

「あの女、前から俺を都合いいように使っていたんだ。上から目線で、私はエリートです、偉いのよって。俺をバカにしてた。何なんだよ。コロコロ言う事変えやがって。ウザいんだよ、ああいう奴。だから言ったんだ。「分かった」って。階段から地下に降りれば裁断室の周りにある段ボールが目隠しになって監視カメラには映らない。そこで待っていてくれって」


 警察に連行された川田は自白した。彼は自尊心が高く、お喋りな男だった。

 誰かに、自分の犯行を聞いてほしくてたまらなかったのだろう。


「気がついたらあの顔を殴ってた。撲殺だってバレるとまずいからさ、あの大きなシュレッダーの中に放り込んで事故にみせかけてやろうと思ったんだ。でも映画と違って全然細切れにならないから諦めた。金庫室前は人が滅多にこないし、警備は爺だ。気づかれないと思ったけど、まさか、二日も発見されないなんて!」


 どうせその程度の価値しかない女だったんだよ、と川田は言った。




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