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アルカ  作者: 試作439
第一章 ~アルカ・ソフ・オウル~
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第十三節 67話 インフィニット・リーダー 3

 月日は百代えいえん過客たびびとにして、行きかふ年もまた旅人なり。

 松尾芭蕉に百代と置き換へられしこと永遠エターナル

 無限事象想定インフィニット・リーダーといふ、無限の世界を仮現することの可能な我でも、永遠を手にすることは不可。

 不可、なのか。

 無理、なの?

 これでも。

 ここまで身を磨り減らしても。

 まだ、我には力が足らぬのか……。

 宇宙の終焉しゅうえん問題に取り組んでいる時、選択を迫られてゐる事を悟った。

 暴徒の群衆がミコを敵とみなしたのだ。

 我に向かって泣き叫びながら駆け寄ってくるミコに、暴徒の凶器が振り下ろされかけてゐる。

 助けねばならぬ。しかし、肉体を動かすには、意識を戻さなければならぬ。

 わずかなのだ。

 あとわずかで、時間跳躍理論の構築が可能なのだ。

 量子力学の多世界解釈の証明を終えて、特殊相対性理論を一般相対性理論に置換。完成せし宇宙ひも理論と重ね合わせて時空の理解を深めた。

 本当にあと一歩なのだ。

 未解決の問を解くと、更なる難解な問が現れる。永遠に増加を続ける問を解き、理論を一つずつ証明してきて、ようやく辿り着いた。複数個所で同時に起こす超新星爆発とワームホール理論を掛け合わせた、矮小銀河わいしょうぎんが一つを丸々使った時間跳躍。

 この宇宙には、澱みを理解できる手段は無い。ならば平行世界の別の宇宙にならばあるのでは。そう考えた我は、世界を越えた先にある世界に答えを求めた。

「アルカ」

「アルカよ」

「ぁ……ガ……ってイる」

 左右にいる我の報身ほうじん応身おうじんが声をかけてきた。

 我一人では手が足りぬ。なればと、枝を変形させて他に二人の我を作り上げた。

 三人で問答法を使用していると、森羅万象の理の息吹を確かに感じることができてゐたのだ。

 分かってゐる。もたもたする時間は無ひ。我は急いだ。折れている腕を動かし、額に新しい目を作り出し、崩壊する体の痛みを忘れぬやうに気を張りつつ、三つの頭で考え続けた。

 さりとて時が足らぬ。

 さりとて思考が遅い。

「……ミィゴ、を、アォるための上策」

 顎が砕けた痛みのために、満足な発音もできぬ。

 焦る我の眼前に、インフィニット・リーダーにて、無数の方策が作られた。

 やがてそれらの大半を却下して、三つの仮の策が残った。

 一つ目の策。ユングをほふる。

 ほぼ相討ちとなるが、奴を消す手段は見つけた。だが、それは最も意味を成さぬと思われる。砕いたユングから放たれた奈落が鰐丘を包み、我やミコも絶命して、世界もそのまま滅ぶだけ。ユングが世界を滅ぼすか、我が世界を滅ぼすかでしか無い。

 ならば二つ目の策。このまま最も知識を蓄えた世界に転生して、時間跳躍を完成させた後に、元の世界に戻り世界を救ふ。

 簡単なことである。目の前に在る世界に我が触れるだけで良いのだ。

 しかし、今の我がこの世界に行くと、それだけで宇宙規模の共時性シンクロシニティ吻合タイが起こるであろう。

 駄目だ。

 どの道、救えない。

 最後に、三つ目の策。ミコを見捨てて、世界救済の道を探し続ける。

 もう少しなのだ。本当に、あとわずかで世界を元に戻す手立てが見つかる。そんな気がするのだ。

 肉体に意識をわずかに戻して、ミコを見つめた。ミコは、我に向けて手を差し伸べてゐる。手の平は小さく、傷一つ無い。まるで赤ん坊のやうだ。

 そのミコの頭部に、狂乱した暴徒の凶器が振り下ろされかけてゐる。

「……フッ」

 できるか。

 できるわけがないっての。

 一番の親友を見捨てるなんて。親友を見捨ててまで救った世界に価値は無い。

 分かっている。理に合わぬと。世界を救へなければ、ミコもいずれは死ぬ。

 この場で我がミコを助けても、破滅は時間の問題だ。

 だが。

 これは、我の我儘だ。

 我儘だが、これくらい良いだろう。

 我はずっと、救済の道を探して来た。

 探して来たが、時が足りぬ。

 時は慈悲を持たない。我のような愚図を待ってはくれぬのだ。

 人生とは個人的なもの。

 誰も知らぬ。誰も見ておらぬ。

 誰も気づいていない。我のこれまでの尽力を。

 良いだろう。

 もう、良いだろう。

 少しくらい、感情に身を任せても。

 少しくらい、好き勝手をやっても。

「アルカ! 諦めるな!」

「よしなさい。好きにさせてあげましょうよ」

「お前は黙っていろ! 畜生!」

「汚い言葉はやめて。あなたは品が無い」

「うるせえ! お前は納得できるのか! こんなっ、ここまできて、何故アルカだけがこんな目に!」

「……私達は、彼女に従うのみ」

 ついに報身と応身の口喧嘩が始まってしまった。

 すまない。百年以上も、我に付き合わせてしまって。

 心を通して語りかけると、彼女達の魂のざわめきが、落穂が水底みなそこに沈むくらい早さで静まっていった。

「モ……、ドレ」 

 我が喉を震わせると、二人の化身が消えて三身が一体となり、無限事象想定インフィニットリーダーにより追いかけていた世界の可能性が全て消えた。

 同時に枝から力を抜き、ナラカの殻に落ちて行く。

 我は一瞬で殻を抜け澱みの海を潜り、ニグレドへと戻った。久方ぶりの現世の匂いが心の芯に震えと生を伝える。

 魂と一つになり、真円の形をとった枝と魂は、我の肉体へと百年ぶりに宿った。

 すぐさま砕けた足で立ち上がり、折れた腕をミコに向けて伸ばした。

「ミ、ゴッ」

 ミコの顔が一瞬驚いたように見えた。当然だろう。今のあたしは顎が砕けて片目が潰れている。びっくりさせてごめんね。

 腕をミコの頭の上に乗せて、体の下に包んだ。全身を切り裂くような激痛と共に、軽い抵抗を感じつつ、ミコを胸の下に押し倒した。

 きゃ、と、破れた鼓膜の穴を通して聞こえる、ミコの小さな悲鳴。

 だが、あたしを助けるつもりで駆け寄ってきたミコの動きは止まらない。胸の下でもぞもぞと動き続けている。

 落ち着いて。しばらく身を伏せて、暴れないで。

 なんて声をかければ、ミコはおとなしくなるだろう……。

「こわがらなくてもいい」

「え……」

 あたしが囁くと、ミコの体から強張りが抜けた。

 良かった。

 ちゃんと伝わったようで。

 全ては永遠のような刹那。

 刹那のようで永遠を決める出来事。

 地べたに横たわるミコ。彼女に重なるあたしの頭に向けて、暴徒の一人が巨大なコンクリート片を振り下ろしてきた。

 血と腫れで霞む視界の端から、それはゆっくりと近づいてくる。

 嗚呼。口惜しい。

 両の腕に力を込めて、ミコをしっかりと守る。

 慈悲の無い襲撃者の一撃が、

 あたしの側頭部を貫いた。

 ゴキリと鈍い音が響き、首があらぬ方向を向く。

 血糊が空を舞い、全てが地に落ちる前に、

 アルカは絶命していた。

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