第十三節 65話 インフィニット・リーダー 1
過去に答へを求むる。それは当然の帰結であった。
ここまでの私は、澱みの破砕を狙ひ、始まりの陣の精査や機能回復、ナラカと化した生命体の理解や語りかけと、今目の前にある危難の解消に年月を重ねけり。だが、掴めるかと思へる最善策の糸口は、常に目の前で朧となり消えゆく。
やがて悟ることかなへり。この時の流れには答えが在らぬと。
ならば別の地球史を辿った世界を願ひ、その歴史の過程で発見されし、ナラカを元に戻す手法を私が借り受ければ良し。単純な盲点であった。
私は別の地球史の流れた世界を、インフィニットリーダーにてわずかずつ創り続けた。新興の大国が世界を支配し、あらゆる言語を統一して、学問とアルベドの神秘を融合させた応用科学の発展した世界を覗く。そこでも私の目的を達する秘術が生まれぬと知れると、今度は別の民族が世界を支配して発展させた世界を覗く。
別の歴史を辿った平行世界では、暦の違う世界も多かった。同調時間軸とはいへ、違う歴史を辿りし世界なのだから当然だ。
衣食住の獲得、文明誕生、文化圏拡大、世界統一、理想国家の樹立、成長、成熟。
虫が這うかのごとき速度で少しずつ世界を遡り、幾度も失敗を積み重ね、古代の文明が滅ぶこと無く発展を遂げた世界を創りあげ、創り上げ、創り上げ、覗き続けた。
呪術や宗教が科学にとって代はりし世界。更に、進化せし科学が完璧な呪術や宗教へと昇華されし世界が無数に創造された。
仮説が証明さるると更なる仮説が生み出される。何千といふ言語が錯綜して混乱しそうになるが、妖の枝は全てを聞き分けてくれた。自分を見失いさうになる度に、激痛が私の自我の喪失を阻止してくれる。意識を取り戻す度に、目の前の夢に存在する別世界の私に想ひを繋ぎとめる。形而上学を探求し、対立する唯物論と共に思索し省察することにより、更なる世界の可能性を追駆する。はてしなく。はてしなく。
いくつかの現世よりはるかに発展せし世界を覗き、気付くことがあった。
独裁者、社会主義者、原理主義者、刹那主義者、その誰もが理想郷に思ひを馳せる。
人間とは獣のごとく生きるやうに作られているのではなし。徳と知識を追い求めるやうに作られているのである。
とどのつまり、人は生来善人なのだ。そして、過ぎたる善は許容と堕落を生み、それはやがて暴力へと転変する。
戦争、格差、貧困、暴力。それらが無くなりし先にこそ、真の発展がある。道が見えている。されど先に進むには時が足らぬ。
覚悟を抱き行動する支配者に寿命が足らぬのだ。
そして、偉大な先人の平和を願ふ想ひは、後世に継がれるとは限らぬ。三百年、五百年と時が経つうちに、成熟と退廃が生じ、やがてニグレドが腐れるように出来ている。
だが、今の私には堕落の壁を超ゆることが可能であった。無限事象想定の力により、五百年、千年、二千年と、国家が楽園を目指して思想を一つに進んだと仮定せし世界を手繰り寄せることがかなひけり。
進歩とは、遠のく理想を追いかけて歩みを止めぬ先に在る。
慣れるととても簡単であった。
発展させたい文明には、その中心となる国家に、地域特性に合わせた数行の法律を与へる。たったそれだけで私の意のままに世界は統一された。
諦めぬ私には不可能な創造は無かった。
平行世界の興隆を極めつつ、その先に起こるであろう世界の様相を理解した。ニグレドの各地に散らばるオーパーツ。ロストテクノロジーの秘密。海底に沈みし超大国滅亡の主因。文化人類学者が知らば歓喜のあまり失神するであろう史実も、今の私には些事であり、路傍の小石と同程度の価値にしか感じられなかった。
私はこのような情報を求めてはおらぬ。
ボコッ
といふ音が途切れた。
顎関節右部を蹴り抜かれたことにより、右顎下部の奥歯が口内から吹き飛び宙に浮ひてる。砕かれた骨の激痛がニグレドより私に届き、痛みから逃げたくなる。
だが、私は耐える。
この激痛を感じ続けなければ、再び私が私である理由を忘れてしまひかねぬ。
ミコが暴徒の人垣を掻き分けながら駆け寄って来ておる。道化と死体の中間のごとき私といふ存在を見つめながら、目には涙を浮かべて、私の名を叫びつつ。
距離は近くなりにけり。私がミコに気づきし時より三十秒は過ぎただろうか。つまりは、私は百年以上をこの場所に意識を留め居ることになる。
急がねば。
澱みに魂を汚されし人々が、濁った目をミコに向け始めた。
アルカは過去の地球史をインフィニットリーダーで何度もやり直している間に、すっかり古語が口癖になってしまいました。
もっと厳格な古文にしたかったけど、とりあえずラノベとして読める範囲に留めるために、アルカイック(古風で未熟)に寄せた次第です。