第十三節 60話 事象想定 7
爆風消火という火の消し方を学んだ。油田火災などの火力の強い火災時に有効な消火法で、爆風により周囲を破壊して一気に消化する方法だ。
ナラカを砕くために、巨大なナラカを衝突させる。
結局、始まりの陣の機能回復手段を見出すことができなかったあたしは、最初の狙いに戻り、ナラカの破壊手段を考える理論を組み立て続けた。
ほんの少しずつナラカを削り、雪玉のように固めて、できるだけ高所から隕石のように投げつける方法を試そうと考えたのだが、いくら頑張っても高所まで運ぶ前にナラカは浄化されてしまうので、早々に諦めた。
だが、その次に実践したアイデアは効き目があった。
作戦はこうだ。ナラカの幕が薄い部分に枝を絡めて引き剥がす。それをハンマー投げのように振り回して、十分に遠心力を蓄えた時点で、横回転を縦に変化させて、一気に叩きつける。枝の伸縮性能はとても高い。推定される速度とナラカの質量を鑑みて運動エネルギーから計算すると、ギリギリでニグレドまで貫通させられることが分かった。そこからの選択肢は二つに分かれる。更に砕けたナラカを使って連続で破壊に専念するか、開いた穴を広げにかかるか。
長かった。迷走しつつ五年もの時を消費して、ようやくナラカを砕く算段がつきはじめた。ここに至るまで、過去に手繰った夢を回想して、見漏らした方策を探し、似たような策に改善を重ねて、やっと最も有効な打開策にたどり着いた。
「うっく……」
安堵して気が抜けたら、肉体の痛みを意識してしまった。慌てて意識を断ち切る。
現在、ニグレドのあたしはコンクリートの上に横たわり、周囲の人々から暴行を受け続けている。数週間前に確認した時は、自分の体では無いかのように見えた。鼻からの出血が止まること無く、唇を地面に押し当てている女子。その静止画は見る者を不快にさせるが、自分の体だと考えると、奇妙なもので客観的に捉えることができる。
「もう少しだから我慢しててね」
自分で自分に語りかけた。
さて諸君。計画もいよいよ最終段階だ。
目の前に映している二つのインフィニットリーダー。
あたしがナラカの殻を壊しまくるバーサーカーワールドと、ニグレドまで到達した穴を広げる掘削工ワールド。女の一念ナラカをも通す。両世界ともかつてない成果をあげている。
ようやく勝利の凱旋が叶いそう。さてどちらが良いかな……。
あたしが浮かれた気分でいると突然、片方の世界が暗転した。掘削していた世界だ。
ユングがニグレドから姿を現して、鳥のような蓋がついた壺を取り出した。以前に始まりの陣にかけた黒い雫の入った壺だ。それを、あたしが開けたナラカの穴にばしゃっと振りかけると、一瞬でナラカは修復されて、同時にあたしもナラカの幕の内部に取り込まれた。バッドエンド。
そうだった。あいつが邪魔してくる可能性をすっかり失念していたよ。ニグレド近辺で活動したら当然こうなるか。
続いてもう片方。ナラカの殻を鎖分銅のように振り回しているあたしの世界は好調に見える。ナラカの内部がマカロニのような空洞になっていることは知っている。アルベドとニグレド双方の境界部分だけが固くて、内部は濃い澱みのまま。片側だけでも破壊してしまえば、なんとかなるんじゃ……。
突然、ナラカを破壊していたあたしが苦しみだした。殻の一部を体の中に取り込んでしまったらしい。
目の前の世界に映るあたしが奇妙なダンスのような動きを始めた。そして、そのままニグレドの肉体へと枝を戻してしまった。
意識を取り戻したあたしは、カッと目を見開き、獣のような咆哮をあげて、すぐそばにいた男の人の足首を噛み千切ったのであった。