第十三節 59話 事象想定 6
最後の仮説検証実験、合わせ鏡現象による反響増幅効果が認められなかった時、あたしの計画は失敗に終わった。
始まりの陣表層の第一層ですら、単体因子が何を意味しているのか、ちっとも判明しなかった。
「なんなのこれ。何この複雑すぎるサンドイッチ構造……」
二年よ?
二年も費やしたってのに、何一つ始まりの陣の機能回復メソッドを構築できなかった。
さすがにウンザリくる。ここまで頑張り続けたのに、何一つ有益な情報を発掘することができなかった。
そもそも、ユングが亜空間から取り出した、柄に水晶のドクロがついた黒い杖。あれで始まりの陣を突いた時、あたしは初めて陣の存在を知った。
そこで、アルベドがおかしくなっていない夢を呼び出した上で、始まりの陣を出現させてみようとしたのだが、何をどうやっても陣は姿を現さなかったのだ。
ならばと、あの杖をあたしが手にしている夢を手繰ってみようとしたのだが、そのインフィニットリーダーは失敗した。あれはおそらく、ユングしか所持できない類のものって仮説を立てて諦めた。
どうしよう。一から他の手を探してみるしか。
「うっく」枝が震える。
これ。これがうざい。
今最も気になる問題が、体の痛みだ。
ニグレドのあたしの体に、パンプスを履いた女性が蹴りを入れている。肩にヒールがめり込み、肉に刺さり続けているのだが、この痛みがもう一か月以上続いていて、今も拡大を続けている。彼女の蹴りの勢いがいつまでも尽きないのだ。いつまでも胃袋を捻りあげられているかのような無限の痛みがあたしを蝕む。
かつて銃弾を避けたように、身を躱すこともできる。だが、それには肉体に意識の中枢を移さなければならないのだが、それだけはダメだ。この場所に来た時から察していることだが、ニグレドの様子をチラリと覗くだけでも意識を戻されかねない状況。肉体を動かして蹴りを躱すとなったら、もうそれだけで枝が肉体に引き戻されてしまうはず。
予測じゃない。感覚で分かる。
躱すことはできない。手で払うことも、身を守ることも。
あたしは痛みをひたすら無視することに決めていた。辛みや酸味にも慣れがある。体の痛みだって我慢しているとそのうち慣れて気にならなくなるはずだ。ランナーズハイなんて作用もあることだし。苦痛もいつかは感じなくなる。はず。
無視無視。忘れてしまえ。
そんなことよりも、集中。次の作戦を考えよう。