第十三節 58話 事象想定 5
それから更に三ヶ月程経った時、時間の経過に関する危惧は解消された。すぐ近くにいる女性の腕時計の秒針が一秒進んでいることに気付いたためだ。
一秒ですよ一秒。
あたしがここに来た瞬間、腕時計の秒針がコンマ何秒だったかは分からないけど、一か月を秒数に直すとおよそ二五〇万秒。単純計算で、最低でも千五百万倍以上に時間が引き伸ばされていることになる。
秒って時間の計測単位が大きすぎて困る。分かりにくいよ。
たしか刹那っていう時間の単位もあったはずだ。一秒の数十分の一だとか。そっちの単位で数えたほうがいいかな。ううん。使い慣れていないしいいや。
あたしはこのアルベドの高層で、既に六か月以上をナラカの消滅手段探求に使っている。未だに何一つ有効な手段を生み出すことができていないが、ここまで時間を豊富に活用できるとなれば、勝ったも同然でしょう。
マリウスと戦った時にも、銃弾を目視&回避できるくらいの時間遅延化現象を認識することが出来た。しかし、今はあの時のことが比較不可能なほどはるかに効果が高い。
あたしは現在、枝そのものを曼荼羅へと変化させることにより、始まりの陣と同種の澱み浄化機能を一から生み出せないだろうかと思考を繰り返している。ちなみに始まりの陣とは、ユングの汚した曼荼羅のこと。曼荼羅の種類は無数にあるため、混乱するので呼び名を付けてみた。
簡単に作製できると思っていたのだが、これが結構難しい。始まりの陣は単純な模様文様では無かったためだ。
いわゆる多層構造。有機ELパネルのような極めて薄い積層体になっていたのだ。
この事実を知った時、さすがに頭がクラリと揺れた。単純に図面通りの陣を描けばなんとかなると、あたしは思い込んでいたのだ。
事は簡単に進まない。この事実をニグレドで知ったならば、あたしはストレスのあまり一瞬で魂を澱ませていたことだろう。しかし、今の意識はアルベドの枝にある。魂と繋がっていることにより、どれだけ精神が追い詰められようとも立ち直ることができる。
今はアルベド側の一層目から、始まりの陣の構造解析をしていて、様々な分析実験をひたすら繰り返している。赤外線、紫外線、ガンマ線、色々な電磁波を照射して変化を探る。電圧を段階的に増減。回転させてみる。穴を開ける。文字を書きこむ。影を作る。素材を変化させる。音波を浴びせる。どれもこれも有益な変化を起こさず、ちっとも事態が進捗しない。
しかし、大丈夫!
だーいじょーぶ!
あたしは諦めない。
なぜなら時間はたっぷりあるから。
極限事象想定、イベントリーダーと名付けていた技は、既に無限事象想定へと進化していた。
インフィニット。つまりは無限だ。
無限の時間を手にしているあたしならば、必ずや始まりの陣の謎を解き明かして、世界を元に戻せるはず。