第十三節 57話 事象想定 4
「わからん……」
欧州某国の王宮に保管されていた、魔法陣研究の稀覯書を読破して、あたしの探求は終わりを迎えた。
地球を覆う曼荼羅の正体を理解することができなかったあたしは、範囲を広げて魔法陣に食指を動かした。理由は単純。似ているからだ。そもそも魔法陣と曼荼羅に明確な相違は無い。概念として、中東を境に西部と東部で読み名が変わるって程度の差だ。
曼荼羅研究で解明できなかった謎も、魔法陣関連の研究から既に解明されているのではと考え、三ヶ月強を費やして秘密を追った。狙い通り、仏教圏に広まる曼荼羅の概形と魔法陣の法則性には複数の共通項が認められた。しかし、核心に迫っている気はするのだけれども、これだと思える手段を試しても全てが空振りに終わる。
しくじったかなあ。着眼点は良いと思えるんだけど。まだまだあたしは枝を使いこなしきれていないということか。ユングでも気付いている事象の帰結に、あたしの独力では至れないというのだろうか。
いや、そもそもユングも曼荼羅の真価に気付いていないのかもしれない。気付いていないが、作用だけは理解しているので、人々の魂を澱みへと変化させて融合するための触媒として……。
いけない。これでは堂々巡りだ。何かもっと、一発で楽に曼荼羅に関する知識を得られる方法は無いだろうか。
……。ニグレドにちょっとだけ戻り、ユングを殴りつけて、奴の体にひっついているナラカの一部でもアルベドに持ちこめれば、ユングの智慧を奪えるのでは。
「いやいや」
無理ですよはい。
ユングに攻撃を当てるってこと自体が難題なのに、更にその後アルベドに再び戻るって。
成功するイメージが全くわかない。一度でもニグレドに戻ってしまったら、二度とこの場所に帰ってこれない。
アルベドの高層であるここでは、手繰り寄せられない夢が無い。全ての夢を創造することが可能な状態だ。下手な策を打って失敗したくはない。
ううん。スランプだ。三ヶ月以上の時間を費やしたというのに、何の成果も得ることが出来なかった。来る日も来る日も策を練っては失敗の繰り返し。これだけ努力しているというのに。
……。三ヶ月以上かー。
あたしはちょっとだけ、ニグレドに意識を向けて様子を窺った。そこには、あたしが奇跡的にこの場所まで枝を伸ばした直前のまま、ピクリとも動かない世界が広がっていた。
……これ、いくらなんでもゆっくりすぎない?
三ヶ月だよ? 三ヶ月以上の時間が経っているのに、ニグレドの時間は全く進んでいない。
マリウスと戦った時のことを考えると、確かに時間が進んでいるはずなんだけど。それだけ今のあたしと当時のあたしの能力に差があるってことだろうか。いずれにしろ、あまりにも時間の進みが遅すぎて不安になってくる。とはいえ、これ以上ニグレドに意識を戻すことだけは試したくない。一気に引きずり込まれる危険がある。
まあ、考えても仕方無いか。
今のあたしがやるべき事は、澱みを消す手段を探すこと。一度に複数のことをあれこれ考えちゃいけないね。
あたしは気持ちを切り替えて、別のアプローチ手段を考え始めた。