第十三節 55話 事象想定 2
あたしは思考の範囲を広げて、ユングを倒せる世界を探し始めた。いや、範囲を広げたっていえるのかな。むしろネガティブな方向に向かっちゃっていないだろうか。
そもそも、ナラカの海は地球全体を覆いつくす規模で広がっている。ニュースでもやっていたが、有人人工衛星に滞在中の宇宙飛行士すらもWISSを発症しているとのこと。そこまでの規模に広がった澱みを消滅させようと試みること自体が間違っていたのかもしれない。
ナラカの海に比べたら、ユングのほうがはるかに小さくて非力なはず。もしかしたら、ユングを倒せばこの異変も解消されるのではないか、と、願望に似た思いを根拠に夢を手繰っている。
これからあいつは澱みを『収穫』すると言っていた。その前に倒してしまえば、何かが好転するのでは。
ニグレドのユングは相変わらず変化が無い。あたしがここに上がり始めた時のままだ。周りの人にも動きは全く無いので、安心して世界を探し続けられる。
ふと、大柄な男性を見つけた。作業服に長靴を履いている。あの人はあたしを蹴りつけたおじさんだ。
その人の顔を見た瞬間、蹴りつけられた背中の痛みを思い出した。いや、ずっとズキズキ痛んでいたけどね。もう一週間以上はここで痛みを無視して夢を手繰り寄せ続けていたから、痛いのもすっかり忘れていた。こうして再認識しちゃうと、また痛みがぶり返してきた。酷いよおじさん。いたいけな女子高生に足蹴りするなんて。
あたしは魂の目でおじさんを見つめた。よく見ると、おじさんの目は赤い。
寝不足で赤いのではない。涙を流してたために赤いようだ。
おじさんは、泣きながらあたしを蹴りつけていたのだった。
よく見ると、人の好さそうな顔をしている。おじさんというよりは初老の域にあるかもしれない。心苦しかったのかもしれないね。
暴徒が錯乱しているのは全てユングのせいだ。あたしが怒る対象はユングだけであり、誰も恨んじゃいけない。自制しなきゃ。
あたしは意識を枝の先端に戻し集中した。
「よし。次!」