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アルカ  作者: 試作439
第一章 ~アルカ・ソフ・オウル~
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第十節 42話 斐氏神社の戦い 2

ストゥの首と上下の半身は、それぞれミイラのように干からびていた。鎖骨が浮き、足は筋張り、顔は枯れ木のような質感だ。とても数分前まで飛び跳ねていた人間には見えない。明らかに、さっき絶命したわけじゃない。もう何十年も前に死んでいたかのような状態だ。

「首の所、大丈夫ですか?」

「はい。私は心配いりません。それより銀髪の少年は?」

「逃げました。あいつどうやら、陰の中を移動できるみたいです」

 あたしはとりあえず、アルベドで起きた出来事と会話を説明した。

 枝を持たない烏さんには、あたしの開けたトウの中にストゥの体が浮き上がって消えて、続いて少年も空中に消えて、その後ミイラになったストゥが何もない空間から落ちてきただけにしか見えなかったとのこと。

 やっぱり、アルベドマスターでもアルベドを視認はできないんだね。

 ということは、さっきの少年は、あたしと同じアルベドロード。

 本人は聖人ではないと否定してたけど、一体何者なのだろうか。

 烏さんは首を守っていた頭巾を取り外し、自分の傷口を確かめている。あたしも顔を近づけて確認した。

「血は止まってます。良かったですね、深くないみたいで」

「いえ。動脈が切れてました。致命傷でしたが、アルカさんのおかげで完治しました。感謝しています」

「はい? 何のこと?」

「お忘れですか? アルベドから降る光には、傷を癒したり澱みを浄化させたりする効果があります。枝を持つ者が普通にトウを開いた程度では微量すぎて影響はありません。ですがストゥをアルベドに取り込んだ時にもトウは開き、更にあの少年もトウを開いておりました。おかげでここの周囲はしばらくアルベドの光と空気に包まれて、私も直接浴びましたので」既に血の固まった頭巾を再び巻き直しながら、烏さんは言った。

 そういえば似た話を何度も聞いてたっけ。ストゥが百歳近くなっても若い肉体を保っていたのも、アルベドの光を浴び続けたためだったとか。

 自覚は無いが、とりあえずあたしも役立ったようでなによりだ。

「ところで、曲者の行先に心当たりはありませんか?」烏さんが尋ねてきた。

「どうでしょう……。やはり、那美さんの所ですかね」

「だとしたら安全なはずですが。既に脱出した先には護衛がたくさんいて、邪法避けの結界もたくさんあります」

「そのわりには、何か行先の目安がついてるような感じでしたけど」

 あたしは口に出しながら、顎に手を当てて考えた。

 少年はしきりに時間を気にしている様子だった。

 口ぶりからして、コミュニオンではない。かといって、クルーチスでもなさそうだ。十字の指輪をしてなかった。アルベドから見た感じ、ガーゴイルを身に着けてなかったように思える。しいて言うなら、肉体そのものがガーゴイルのようだった。死体に乗り移って行動しているといった表現が一番近い。ただ、ストゥは少年に操られている様子だったが、少年は自分の意思で行動しているように見えた。

「……、水曜会」

 あたしと烏さんの声が重なった。

「そういえばあいつ、マリウスの名前を口に出してました。マリウスを知っている」

「地下に急ぎましょう」



 隔離施設に近づくにつれて、さっきの少年の気配を感じられるようになった。

 やはり目的はマリウスだ。話声が聞こえる。

「なぜあなたは、大主教の体に乗り移っておられるのです?」

「マリウス君。きみのせいだよ」

「どういうことです?」

 あたしたちは慎重に通路の先から牢を覗いた。近くにはマリウスを監視するために残っていた護衛の信徒が気を失い倒れていた。命に別状が無いことを確認すると、薙刀を構えた烏さんがゆっくりと前に進み、あたしも後ろから続いた。

 格子の向こうではマリウスが膝を床につけて両手を合わせており、その前に銀髪赤目の少年が腰の後ろで手を組み立っている。まるで子供に説教をする父親のようだ。

「私は君に何を願った?」

「それは……コミュニオンとクルーチスの弱体化を……」

「違う。アルベドマスターを両組織に渡すな、だ。これ以上彼らに力を付けさせないことが目標だった。弱体化させろとは命じていない」

「……」

「確かに、コミュニオンとクルーチスの滅亡は我々の宿願だ」

「でしたら!」

「この世界はもはや、コミュニオンとクルーチスに支配されている。ここから全ての魂の開放と自由を達成するには、両組織に力を渡すこと無く好機を待つ。それしか無かったのだ。聖人は時間と共に精神を病み、ガーゴイルも力は時間と共に弱まる。君は情報を集め続けるだけで良かった。それを、テロなどという強引な行為に走り、両組織に秘匿していた水曜会の存在を気づかせてしまった。挙句の果てが、今のこの状況だ」少年は指で下を示した。「私が事態に気付いた時には、既にコミュニオンにより水曜会は半壊させられていた。ウル大主教とは途中で戦い倒した。この肉体は非常に優れているので、以降借り受けている」

「まるで悪魔ですね」マリウスが鼻で笑った。

「何?」

「私の信じる神とは救済者の精神を抱いていたはずです。それが、このような老獪な化物だったとは」

 少年は表情を失い、じっと聞き入っている。顔が青白いので余計に不気味だ。

「我々は突き進まなければならない。我々は全人類に自由を与えなければならない。そのためならば手段を選ばない。それのどこが悪いというのですか」

「やれやれ。やはり君も緩んでいるのか。一体なぜだ……」

「私は突き進む! どんな困難も乗り越えてみせる! 例え神に道を阻まれようとも、必ずや全ての魂を開放して……」

「もう、いい」

 少年がマリウスの牢に近づいた。

 そしてそのまま、牢の細い隙間に、強引に体をねじ込み始めた。

 ゴキゴキと骨の折れる音が聞こえるが、少年はそのまま強引に檻を通り抜けようとしている。

「ひ、ひいっ、来るなぁ!」マリウスが怯えて後ずさり始めた。

「そこまでだ化物!」

 烏さんが一瞬で間合いを詰めて、少年の胸を薙刀で貫いた。そのまま檻から引きずり出して、天井に体を叩きつける。

 出遅れた。こうしちゃいられない。

 あたしも後ろに下がり、一瞬で瞑想を終えるとトウを開き、すかさずアルベドに枝を入れて支援できることが無いか探し始める。

「よしてください、大江さん。私はマリウス君に用事があって来ただけです。あなたや斐氏神社の方々に興味はありません。立ち塞がるなら退いて頂きますが」

 少年は口から黒い血を吐きながら言った。胸の傷は黒い澱みが固めている。

 さっきまで子供の口調だったが、今は老人のように賢明な雰囲気を纏っている。上で戦っていた時はふざけていただけで、今の彼が本性なのだろう。

「信じられるか」

「すみません。本当は、広瀬亜瑠香さんには興味がありますね」

 少年は、アルベドから浄化のタイミングを窺っていた、枝に意識のあるあたしを見て笑った。

 狙ってることがバレバレだね。やりずらい。

「魂に魂が宿るタイプのアルベドロードですか。それほど珍しくはありませんね。しかし、才能はとてもあるよう……」

 烏さんは喋っている少年を無視して、空中で目にも止まらぬ突きを放ちまくった。

 ひえっ。怖い。

 少年の体から両手両足と首が千切れ飛び、胴体もトマトのように切り裂かれた。

 空中から地面に落下するまでに、二桁は突きをくらわせた。

 鬼神ですよ鬼神。強すぎる。

 この人が味方で本当に良かった。

「やれやれ人がまだ話しているのに。しかし、ご丁寧にありがとう。檻を通り抜けられなくて困っていたんだ」

「くっ」

 その時、地面に散らばった肉片から澱みの紐がウサギの足のように突き出て、マリウスのいる檻に向かって跳ねた。

 烏さんが空中で薙ぎ払いを放ったが、部屋が狭い。刃が壁に当たり火花をたてて、突きよりも効果が浅かった。

「チャンス!」女は度胸。あたしは気合を入れた。

 つまりあの少年の本体は、動く澱みであって、体では無い。

 澱みならあたしの枝でアルベドに持ち上げれば即浄化される。

 肉体がバラバラになっている今は好機!

「ガキッ」

 と、枝で少年の澱みに触れようとした途端、あっさり弾かれた。マリウスがカブトムシみたいな殻を纏っていた時のように、澱みが一瞬で硬質化したのだ。

「甘いね。それと、私をアルベドに放り投げても浄化はできないよ。浄化すら不可能なほどに、澱みを厚く体にまとうことが出来るからね」

 少年の赤い目が不気味に光り、檻を通り抜けた肉体がマリウスの目の前で急速に再生されていく。

 目の前の少年はまるで悪魔そのものだ。妖の枝なんて持ってるあたしが言うのもなんだけど。

 その体が、またしても細切れに分断された。烏さんだ。

 薙刀は細かく分解されるように仕込まれていたらしくて、得物が刀のように短くなっている。あれなら狭い部屋でも振り回せる。

 牢の檻ごと、少年の体を三つに切り裂いた。

 烏さんもまた普通じゃない。尋常ではない太刀筋で、まさに女弁慶だ。

「満足ですか?」

 しかし、少年にはやはりダメージが全く無い。バラバラになった体が、崩れただるま落としが逆再生されるかのように、何度でも復活する。

 どうしよう。打つ手が無い。

 不死身、というか、身ではない。あれはもはや、霊体。

 今のあたしには、アルベドで浄化させる以外に策が思い浮かばないが、それすらも不可能。

「僕が神と崇めていたのは、こんな魔人だったのか」マリウスは悲し気に呟いた。

「全ての魂の開放と自由。大義のためには些末なことだ。人道を貫けるのは人間だけではない」

「本当に、未だに大義を失っていないのですか?」

 少年の手刀が、マリウスの胸を貫いた。

「当然だ。私に付いて来なさい」

 マリウスの口から、赤い血が溢れだす。目を見開き、痙攣した後、力が抜けて動かなくなった。

「逃げますよ、アルカさん」

 茫然としていたあたしの体に、烏さんが手を置いた。いつのまにか、一瞬で牢の前から離れて、廊下の死角からトウを開いていたあたしの側にまで近寄っていた。

「え? あ、はい……、いや、ちょっと待って」

 半覚醒状態のまま数歩だけ歩き、枝を伸ばして牢のある部屋を見ているのだが、少年の様子がおかしい。

 マリウスの死体を前に、目を見開いたまま、唖然とした表情をしている。そしてそのまま、ふらふらと檻から出て、陰の中に気配が消えた。

「逃げた……」

「え?」

「どこか行っちゃいました、あいつ」

 階段の手前で、あたしと烏さんは立ち止まり、耳を澄ました。周囲に一切の音は無く、陰から例の少年が出てくる様子も無い。静かすぎて不気味なほどだ。

「どう思います?」

「たしかに、曲者の気配は感じられません。ですが、奴は陰の中を移動する。一度明るい外に出て体勢を立て直したほうが宜しいかと」

「ううん、けど、あいつはマリウスが目的だって言ってましたよね。時間を気にしている様子もありました。もしかしたら、目的はマリウスの口封じで、達成したから帰ったのかも」

「……」

「それに、斐氏神社には興味が無いとも言ってました」

「分かりました。少々お待ち下さい」

 あたしを手で制して、烏さんは携帯で電話をかけ始めた。

「上の様子はどうなっているの? ……。ええ。そう。こっちは心配ありません。もう一人の賊は逃走したように見える。陰から陰に移動できる化物です。油断しないように……」

 受話口から小さく珠理の声が聞こえる。どうやら向こうも無事らしい。ということは那美も無事なのだろう。良かった。

「負傷者が多いけど、命の危険がある者はいないそうです。重傷者は全てストゥに襲われた者で、少年に襲われた者は皆軽症、もしくは無傷だとか。どうやら一時的に精神に変調をきたす攻撃を使っていたようで、たしかに斐氏神社の者には興味が無い様子です」烏さんは電話を切りながら言った。「マリウスの所へ向かいましょう」


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