第九節 37話 クラフト・マリウスの知る歴史
マリウスの語りパートについては、彼の異常性を表現したいため、あえて無改行で書きました。ラストに繋がる重要伏線なども混ざってます。飛ばし読みしたいでしょうけど、全て読むのをオススメします。
「僕は水曜会という世界を守り秩序を保つ組織の一員です。いきなり世界を守るなどと言われても何のことかさっぱりでしょうね。今から我々の崇高な使命と宿命について説明をしたいと思います。水曜会とは正式名称を『心理学水曜会』といいます。設立は一九〇二年、スイスのウィーン。設立者はジークムント・フロイト。世界初の精神分析学者と呼ばれている偉大な方です。毎週水曜日の夜にフロイト宅で門弟たちと開いた会合。設立当初の参加者はフロイトの他に、アルフレッド・アードラー、ヴィルヘルム・シュテーケル、ルドルフ・ライトレー、マックス・カハーネ。心理学者が四人だけでした。その後、著名な学者が次々と参加するようになり、会の名称はスイス精神分析学協会へと変更され、初代の代表にカール・グスタフ・ユングが就任。現在は表面上、精神分析学の発展と向上のためと称して存在しています。ですが、今現在のスイス精神分析学協会は言うなれば抜け殻のようなもの。水曜会設立当初の真の目的は『全ての魂の開放と自由』だったのです。フロイトの生きた時代は死後の世界における魂の弄びが暴かれ、大きな問題となっていました。彼はその主犯である二つの組織、世界大宗教会の陰の組織『コミュニオン』国際双十字社の陰の組織『クルーチス』この二つを抑止するために、学者たちの叡智を集めようと試みました。その会合は水曜日に開かれていたため、後に心理学水曜会として定着したのです。ここで、コミュニオンとクルーチス、この二つが誕生するまでとその忌まわしい歴史について知っておかなければなりません。話は紀元前に遡ります。世界で初めて魂の循環法則を解き明かしたのは、古代エジプト文明と考えられています。考えられているというのは、後の研究により確実視されたためです。というのも、エジプト文明は輪廻転生の術を解き明かした後に滅亡したと思われ、現在ではその具体的な技法や智慧は永遠に失われてしまっているのです。しかし、痕跡らしきものは節々に見受けられます。根拠の中心は死者の書にヒエログリフで書かれた複数の記載です。曰く、古代エジプト人はスカラベが糞の塊を転がす姿を見る事により、創造主である太陽神ラーが始原の海から現れる道筋に気が付いた。曰くメンフィスの創造神プタハは、始原の海から出現した小丘にてただ一人佇み、存在するべきと考えたものを思い浮かべ、言葉の力で実在させて、世界中に文化と文明を拡大させた。これらの文からは古代エジプト文明が現代の我々人類と同等の魂の循環法則を理解していたと容易に推測できます。書物の力を大切にした古代エジプトの王は、不老不死を追い求めた末の副産物として、魂魄の捕縛や利用の技術を得たらしいのです。不完全ではありますが、永遠の命に近い技術を有していたことになります。存在が有力視されているのは、バーと呼ばれる魂を、人頭の鳥カーに変化させてミイラに宿らせる手法。しかしこの方法は防腐処理技術や転生術の不備などから、失敗してしまう事も多かった。不完全なバーは高次エネルギー体となり、浮遊霊や生霊と呼ばれる存在になってしまいます。しかし、長年に渡る研究の末に、カーがそのまま建築物に宿る事例が発見されます。当初それは地縛霊として軽視されてきましたが、やがては偉大なる魂、ミイラでは宿りきることが不可能とされるほどの巨大なバーを抱く王が、新生を待つための仮宿として一時的に現世に定着してもらう技術として確立します。最古の建築物、ピラミッドのことですね。幸運にもカーとして現世に留まることに成功した古代の王は、頂点から全てを見渡して繁栄や滅びをもたらしました。プロビデンスの目と呼ばれて、世界各地に祀られ敬われているのは有名です。もっとも、それがカーとなった王自身の目であるという意味を知る者は世界でも少ないのですけれどもね。歴代の王の中には、巨大な人頭の猫を模った建造物、スフィンクスに己の魂を宿らせることにより転生を試みた奇異な者までおりました。これらの具体的取り組みからは、古代エジプト王朝では、極めて高度な魂の再利用技術が保持されていたと推測されております。一方その頃、世界の別の地域でも、魂の世界の恩寵を受ける者が現れ始めます。旧約聖書の創世記の時代、かつて父親のイサクから祝福を受けたヤコブが兄エサウから逃げるため、野宿した時に夢の中で見た先端が天に達する階段。後の世ではヤコブの梯子と呼ばれることになる記述がそれです。死者の書にて太陽神ラーが始原の海から現れる道とも言及されたそれを見た瞬間、ヤコブの身に夢の世界と死後の世界を結び付けて考える智慧が降り、ヤコブの息子ヨセフが後の世で初代のアルベドロードと呼ばれる存在になります。ヨセフの起こした夢の世界を読み解く数々の奇跡については割愛させていただきますが、かの有名なエジプトのファラオ王がヨセフを頼り、宮廷の責任者に抜擢した逸話からも分かる通り、その影響力は絶大でした。一説では、ツタンカーメン王の被っていた黄金のマスクは、ヨセフから天界の高みでは魂が黄金に輝くと教わっていたため、より高次なる世界に生まれ変わるため、死後に備えて作った物だとも言われております。これらの史実は後のローマ帝国に影響を与えて、天国へと上る技術として確立させようとする動きとなり、紀元後に発足した世界大宗教会の根幹組織、コミュニオンにより研究が進められることになります。この頃の世界は苦労と混乱に溢れると同時に、試練を強いられる時代でもありました。今よりも遥かに人口も少なくて、魂が還る場所、いわゆる天国と呼ばれる世界は、透き通った透明な世界だったと伝わっております。誰もが苦難に溢れた現世からその場所へと行きたがる。地域により呼び名は異なり、エジプト王朝ではイアルの野、コミュニオンはギリシャ哲学者のアルベドロードであるプラトンが命名したイデアという呼称を用い、紀元前五世紀頃にアルベドロードとなった釈迦が仏教を開宗した時は涅槃と呼んでおりました。おっと、説明が遅れましたね。アルベドとは錬金術用語で、浄化された精神、すなわち肉体から解放された魂の還る場所を指します。簡単に言い変えると、アルベドマスターとは天界の熟達者。天国の力を譲り受けられる者。アルベドロードとは天界の支配者。人間に高次の界域を気づかせる力を持つ者。生きながら自在に天国を行き来することが可能な者と考えて頂ければ結構です。今現在、神秘学問では夢の世界と天国が同一の物であると定義認識されており、それを統一した隠語としてアルベドと呼称されております。とりあえずは名前の由来だけでも覚えておいて下さい。話を元に戻しましょう。ローマ帝国は当初、世界大宗教会を弾圧していたと伝わっております。長い年月をかけて受け入れてゆくことになったそうですが、水曜会としてはその意見には否定的です。帝国の歴代王は当初からコミュニオンと昵懇の仲であり、世界大宗教会の信者達の命を使い実験を繰り返していたと見ています。信仰心の高く清らかな精神を持つ者、つまり、魂の純潔な者を効率的に集めて殺害することにより輪廻転生の法則を研究していた。この胸が悪くなる最悪なアプローチ法は、コミュニオンがプラトンの書き記した書物を基にアルベド探求を進めたためです。『ソクラテスの弁明』においては、デルフォイの神託に伺いを立てることにより、ソクラテスは神々の意見を聞くことができたとされていた。『想起説』においては、人間の魂が肉体に宿る前に見ていたイデアを想起することにより、魂はイデアを認識することができるとされていた。アルベドを記したプラトンの書物の中で最も重視されたのは『戦士エルの物語』戦死者が後に生き返りアルベドで見聞きした臨死体験を語ったというものです。コミュニオンは少々の行方不明者が発生しても騒ぎにならないようにするため、世界大宗教会という隠れ蓑を作り、集まってきた信者を使い、様々な実験を繰り返し続けた。その中で初期に最も成果を上げた研究がコロッセオです。剣闘士を戦わせる娯楽施設と伝わるこの闘技場の真の目的は、戦士エルの死亡時と似通った状況を作り出すための実験施設でした。数百に及ぶ戦死者の研究データから、肉体を極限まで鍛え上げた者は、背後の気配を読めるようになる、時間を遅く体感できるようになるといった、アルベドマスターの能力が開花する。そして、そのような極限まで研ぎ澄まされた魂を持つ者が戦死する時は、天から光が降り、魂がアルベドへと昇って行く姿をごく稀に視認できる。ヤコブの見たエンジェルラダー。滅亡した古代エジプト文明の王族が秘匿していた智慧の一部をコミュニオンが解き明かした初の研究成果でした。しかし、アルベドマスターとなるまで肉体を研磨する者は少なく、その上死亡時にエンジェルラダーを放つ者は、感謝、賛美、祝福、礼賛。数多の魂から存在の高潔さを認められた者という条件が付くため、はるかに研究例が少なかった。効率の悪さを嫌ったコミュニオンは、やがて生まれついてのアルベドマスターと思わしき者達を集め始めることになる。異端審問や魔女狩りがそれです。高潔な魂を集めるための体のいい口実に使い、無数の人体実験を繰り返しました。その途中で偶然にもアルベドロードとなった者達は、技術、文化、文明、果ては生命体に至るまで、多種多様な高次世界の産物をもたらすことになる。ある者は龍殺しの実話を歌に残し、またある者は巨人を倒し宝を手にした実話を書物に残した。この世に残る全ての神話や英雄譚は、アルベドマスターの創作とアルベドロードの実体験が混ざっていると僕は考えております。当時の人々にとっては心を打たれる物語であったとはいえ、理解の及ばない話だったでしょう。そんな状況に悲嘆と孤独を感じたコミュニオンのメンバーの中には、自身の知る世界を全人類に伝えたいと、隠すこと無く真理を公開した者も多々おります。聖ベルナールは瞑想により誰でもアルベドに至れると伝え、ダンテは森の中で眠りながら天国、地獄、煉獄を渡ってきたと公表した。善良な想いを持ち万人を救いたいと願ったコミュニオンの者も、わずかながらいたのです。やがて千年を超える研究の積み重ねにより、アルベドから降り注ぐ光には心の浄化や長寿化の効果があり、アルベドと現世の境界地点にあった物質には霊力が宿る事に気付きます。水、紙、剣、衣類、水晶、宝石、絵、人形、石像。精霊化した魂が物質に宿る。すなわち宇宙の本質は物質であり、精神は物質に規定される。この時点で唯物論の真理は解明されていたのですが、コミュニオンが公表することは無く、十九世紀にカール・マルクスが唯物史研究を進めるまで注目を浴びることは無かった。唯心論者に弁証法を用いて、反定立思考を経由して唯物論を概念化する。このような回りくどい研究により唯物論に注意が向けられるまで、意図的に真理は隠蔽された。コミュニオンはこの頃から既に、世界の界域を引き上げる意義をおろそかにして、組織の利益だけを追い求めるように腐れていたのでしょうね。マニュファクチュアの阻害により、文明の発展は数百年も後らされた。おっと失礼。今更私が憤慨しても仕方のないことでしたね。人間を物質と理解したコミュニオンは、アルベドと地上の境界に身を置く事により、霊的存在の魂を体内に取り込むことが可能であると発見します。魂と一体化することによる疑似天使化。禁忌と言える奇跡の御業を獲得したコミュニオンは、遂には紛い物とはいえアルベドロード、後の世で聖人を自称する連中を生み出せるコツを掴んでしまいます。しかし、それをきっかけにローマ帝国は急速に滅亡への道を進むことになる。コミュニオンの支配者階級にいた者が皆聖人となってしまい、巷に溢れだしてしまったのです。生まれついてのアルベドロードとコミュニオンにより作られた紛い物のアルベドロードである聖人には、決定的な違いがありました。それは魂の浄化です。聖人には他者の魂を浄化することが出来ても、己の魂に浸み込んだ澱みを浄化することは不得手だった。アルベドロードとは他者の澱みを吸い容れやすい存在なのです。生来のアルベドロードは自浄の速さが追い付き正気を保てる場合が多い。しかし聖人の多くは己に溜まった澱みにより精神が汚染されてしまう。推測ですが、古代エジプト文明滅亡の原因はこれだと思われます。ローマ帝国は同じ轍を踏んでしまったのです。光を手にした者は、光により目を潰される。アルベドを弄ぶ世界には滅びの道しか無い。この二大帝国滅亡の事実が、後の水曜会設立に大きく関わることになります。組織の弱体を先に悟ることができたコミュニオンの残党は、己の能力を更に完璧なものにしようと、海外に目を向けることになる。大航海時代と植民地主義の開始です。世界中に散ったコミュニオンは世界各地から探し集めた効果的なアルベド研究の爪痕を編纂してゆきます。中東に伝わる魔法陣により澱みを吸収させる技術、中南米に伝わる薬物を使いアルベドマスターを生み出す技術、中国に伝わる吉凶や風水の概念、マヤ文明のアルトゥンハ遺跡、インダス文明のモヘンジョダロ、アイルランドのベンドオブボイン遺跡といった、古代エジプト文明と似通った史跡構造物の研究。マホメットはヒラー山で眠っていると、コーランを理解した。中国最古といわれる医学書『黄帝内経』には、天から与えられる邪気に対する抵抗力「真気」を浴びることにより、病にかからなくなるという記述まで発見された。これらはそのまま天使の光を示していると考えられました。膨大な情報によりやがてブレイクスルーが起こります。死者の額に三角巾をつける東アジアの文化と、インドにおける三つ目神信仰を結び付け、魂が額から抜ける時機が発見されたのです。それまでは人体のどの部分から魂が抜けるのか時間や場所が特定出来ず、アルベドロードの誕生も実験数をこなすことによる運任せの要素が強かった。その問題点が効率化されて、魂魄捕縛技術が確立することとなったのです。コミュニオンのアルベドロードがもたらした高次異界のテクノロジーは、後に産業革命と呼ばれるほどの技術革新となりました。更に植民地からの魂魄の安定供給体制が整うと、今度は魂魄の質を高める研究が進められ始めます。魂を美しく強大強靭にするための最も簡易な方法、それは戦争です。多数の魂を救う行動を取った者ほど、質の高い魂魄となる。コミュニオンは巧みに植民地の原住民を扇動して争いを起こさせて、魂の圧縮による英霊の生産体制確立に向かいます。本当はもう一つ、子孫の感謝を多く受けた魂も、祝福を受けて質が高くなるのですが、その方法は植民地統治には当てはめませんでした。植民地人口は十分であり必要無いと考えたのでしょう。しかし、この頃からコミュニオンの内部に不和が生じ始めます。質の高い魂魄を求めて管理した戦争を行い、澱みを己の身に溜めつつも、自らを聖人と化してまで世界革新を進めようとする者達と、魂魄捕縛時の副産物である長命化や、魂を宿らせた秘宝を集めることに執着を始めた、コミュニオンの探求は終点に達したと主張する者達。両者の派閥争いが起きてしまうのです。諍いは互角のまま数十年続いたのですが、一八五八年、遂に後者がアルベドロードを封じ込めた石を生み出して、それを泉に沈めて全ての病を完治させるという奇跡を示したことにより支持を集めて、クルーチス、ラテン語で十字という名の新組織を立ち上げることにより、分離独立して決着がつきました。クルーチスは直後に国際双十字協会を設立。コミュニオンの作り上げた戦死者の魂魄捕縛権益を奪い取り、魂を宿らせた秘宝をガーゴイルと呼び独占を始めた。一方、組織が分裂したとはいえコミュニオンも黙ってはいない。アルベドロードの数で上回る彼らは科学技術の更なる革新に執着を始めた。双方の反目が飽和状態に達した時、水曜会の創始者たるジークムント・フロイトが立ち上がったのです。彼は膨大な催眠療法による精神分析データを積み重ねて、人間の無意識下には共通の精神世界があることに気付き、独学で輪廻転生の研究を進め、やがて睡眠中は誰でも天国、すなわちアルベドに魂が入り込める法則に気付きました。長きにわたるアルベドの弄びに気付き嘆いた彼は、コミュニオンとクルーチス、双方に対して強く自省を促しました。本来ならたった一人の学者の訴えなど意に介さず流されたことでしょう。しかし、双方は血を流す戦いにより疲れ果てていた。両組織は都合良くフロイトの主張を利用したのです。二十世紀初頭になり、コミュニオンとクルーチスは研究の中断及び魂魄捕縛の停止を約束して、非戦の誓いを結びました。歴史的和解を成したフロイトの水曜会は、後にスイス精神分析学協会と名を変え、世界を監視する第三の組織となります。しかし、長い年月の間にスイス精神分析学協会は、水曜会設立当初の真の目的、全ての魂の開放と自由を忘れて形骸化した組織に成り下がってしまいました。これではいけません。長きにわたり禁忌の技法を享受してきたコミュニオンとクルーチスが、その権益を簡単に手放す訳がない。奴らは今もまだ目立たぬようにアルベドを支配する研究を進めていると考えて、警戒を緩めてはならないのです。偉大なるフロイト博士により守られた世界のためにも、我々水曜会だけは、この二つの組織を押さえつける存在として力を維持しなければならないのです。かつて繁栄を極めたエジプト文明とローマ帝国が滅亡したように、今のこの世界、コミュニオンとクルーチスの支配する世界にも滅亡が近づいていると考えるべきなのです。我々以外に両組織を抑止できる存在はありません。しかし、二宮さん! あなたが我々の味方になってくれるのならば、世界は救われる。聖人を自称する紛い物のアルベドロードではなく、アルベドロードとして生まれ天命に祝福されたあなたならば、両組織を抑止どころか壊滅させることも可能かもしれない。あなたには我々の救世主になって頂きたい。どうか、我々と共に!」
あたしは手を振り、世界を消した。
身振り手振りを交えて長話を一気に終えたマリウスが、満足した顔のまま消えていく。
完全に自分に酔ってるね。
やっぱりきもいわコイツ。
この世界のミコも、よく頑張ったよ。居眠りしないで全部聞ききっていた。
ほとんど理解できてない顔してたけどね。
あたしもニグレドでこの話を聞いたならば、ミコ以上に理解できてなかっただろう。今は妖の枝に意識があるから、全ての話を理解することができた。
記憶してるのは脳ではなくて、あたしの魂だしね。
話は終わった。
あたしはその場で腕組みをして考え始めた。
……。
話、重い。そして大きい。
あたしの器を大きく超え過ぎです。はい。
文明の滅亡とか、帝国の滅亡って言われても。なにそれ。
ストゥは戦争だとか、世界を割るって言ってたけど、あながち言い過ぎではなかったのかもしれない。
マリウスは頭が良くて実行力がある。活動的で厄介な奴だ。
ただ、妖の枝を持つあたしだからこそ、マリウスの言ったことに嘘は無いと理解できた。あたし自身が目で見て体で体験したことを、マリウスは多く話していた。
しかし、コミュニオンとクルーチスは、水曜会を遥かに上回る狂った集団である。
管理した戦争って、なに?
よりたくさんの敵を倒した、純度の高い英雄の魂をその身に取り込むために、適度な規模の戦争を行う。魂の圧縮なんて言ってた。
正気じゃない。
管理ってのは、戦火が広がりすぎないための管理って意味だろうけど、そんな戦争を計算して起こすって発想そのものが狂っている。これが全て実話だというのなら、文字通り世界はコミュニオンにより支配され続けてきたと言いきれる。
今までコミュニオンについて、まともな情報が無かったけど、これではっきりした。
明らかに、敵だ。決して相いれない。永遠に共感できないだろう。
とはいえ、クルーチスもまた厄介だ。
ストゥだけが暴走してたってわけでもなかった。こっちもやはり、組織全体がおかしい。
……。少し、それぞれの立場と認識を整理しよっか。
コミュニオンとは、世界大宗教会を隠れ蓑にした、輪廻転生や天国の謎を解き明かそうと考え、死者の魂を喰らって生きる、向上心のあるサイコパス集団。現在の世界における最強権力であり、二千年の歴史がある。
とはいえ、アルベドの存在と活用法がほぼ解明されている現在、組織の力は急速に弱体化中と。
それは、マリウスなんて敵性分子を受け入れちゃってて気づかないほど統制が利いていない点からも明らか。
ただ、斐氏神社に対して攻撃行動らしいことは、今のところ見られない。マリウスがちょっかい出してきたけど、裏切者だからノーカウント。
一方のクルーチスは、国際双十字社を隠れ蓑にした、コミュニオンの分派組織。結成から一五〇年ちょっとだが、コミュニオンと同等の権力を持つ。こっちは死者の魂を主として宝石に宿らせるヒャッハーな集団。
例えるなら、お腹いっぱいなのに意地悪く狩りを楽しむ猛獣。
それは、世界中に病院を展開してまでガーゴイルの安定確保体制を築き上げて、保持してる点から分かる。
こっちは斐氏神社にとって明確な敵。ストゥの暴走もノーカウントだが、双十字病院を鰐丘に建設しようとした点から明らかだ。ミコの魂をガーゴイルにしようとしたんだよね。絶対忘れないよ。
コミュニオンとクルーチスは抗争状態だが、一〇〇年以上前に行われた水曜会による仲裁によって、現在は停戦中。
これら二つの組織は、表面上は斐氏神社との和平が成立している。全く油断できないけどね。
そして水曜会。マリウスの所属する集団で、ジークムント・フロイトが立ち上げた、両組織の暴走を止める学者集団。現在はスイス精神分析学協会を名乗っているが、そっちは腑抜けになった抜け殻らしい。世界大宗教会や国際双十字社と同じ、名前だけ立派な上っ面の組織。
フロイトはアルベドの謎を独学で解き明かし、魂の開放を望んだ。正義の人で、水曜会はその精神を受け継いでる。
正義の味方を自称しているが、少なくともマリウスはあたしにとって敵だ。殺そうとしてきたし。仲間にならない奴は消すって思考が、横暴すぎてついていけない。
また、ストゥがマリウスの話に驚いていた様子から、両組織から存在に気付かれていない節があった。規模の小さい集団なのかもしれない。
知りたい情報は揃ってきた。
あとは、これらの知識を使い、どうやって安全を確保すれば良いのかを考えるだけだ。
まあ、あたしには斐氏神社ってバックも付いてるし、何より妖の枝というチートの存在はほとんどの人に気付かれていない。それほど酷いことにはならないはずでしょう。
世界史に関しての細かすぎるツッコミは、作者の豆腐メンタルが砕けるので控えましょう。