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アルカ  作者: 試作439
第一章 ~アルカ・ソフ・オウル~
24/70

第六節 24話 鰐丘海岸駐車場の戦い 2

 心臓がドクンと大きく波打った。レンのメールにあった、レンの父親が『身に付けた者からはとにかく逃げろ』と言っていたらしい十字の指輪。それが今、ストゥの手元にある。

MembelaまもりなさいMedanメダン

 ストゥが何かを呟き、指輪を左手の親指にはめてキスをした途端、指輪から魂を震わせる波動が起きた。

 普通の人ならば、それは気迫や威圧、オーラといった、目に見えない圧倒的な何かと感じることだろう。

 だが、あたしにはその正体が分かった。

 あれは人の魂だ。魂がアルベドに還りたがって咆哮している。

 ストゥが車の上に飛び乗り、あたしの死角にいるマリウスに襲いかかった。マリウスは劣勢のストゥから打って出てくるとは考えてなかったらしく、かろうじて横っ飛びになりストゥの凶刃を躱した。すかさず距離を取る。

 二人は車から離れた場所で、向かいあって対峙した。

「なるほどね、思い出すのに苦労したわ。水曜会。百年以上前の神秘を探求する学者たちの集団ね」

「……」

 マリウスはマシンガンをストゥに向けたまま動かない。その距離はおよそ十五メートといったところか。まず外さない距離だ。

 だが、二人の態度は対称的だった。追い詰めているはずのマリウスに余裕が無くて、追い詰められたはずのストゥが笑みを浮かべている。

「すっかり骨抜きにされた組織だと思っていたのに、こんな所にまだ設立当初の目的を守る者がいたなんてね」

「クルーチスもたった数十年で随分と落ちぶれたものですね。あなたのような人を斐氏教の先遣として送り込んでくるとは」

「それを言うならコミュニオンもね。スパイが紛れ込んでいたのに、ちっとも気付かなかったなんて。聖人を自称している方々が聞いて呆れるわあ」

「それについては僕も同意しますよ」

 ストゥが短剣を揺らしながらじりじりと間を詰めてきた。マシンガンを構えているマリウスのほうが後退している。

「で、あなたはどんな『洗礼』を受けたの? 見せなさいよ」

「……」マリウスは何も答えない。

 ストゥはマリウスの様子を見て、怪訝な顔で考え始めた。視線を斜め上に向けて、マシンガンは全く眼中にない。

 やがて彼女は「ぷっ」と吹き出し、徐々に大口を開けて笑い出した。「あなた、まさか洗礼を受けていないの? それなのにあたしと戦おうっての?」

 ストゥの言葉を聞いても、マリウスは動かない。マリウスは距離を取ってストゥを見定めようとしているかに見える。

 ストゥの笑い声がだんだん小さくなっていく。そして止んだ。

「死ね」

 ストゥが短剣をかざして飛びかかった途端、マリウスは正面からマシンガンを連射した。

 その時、あたしは信じられないものを見た。

 銃弾が全て弾かれたのだ。

 いや、弾かれたというのは間違いだ。ストゥの体に向かった銃弾の推力が失われて、勝手に方向が逸れて落ちていく。

 まるで、ストゥを守る見えない水の壁があるかのようだ。

 ストゥが短剣を一閃すると、マリウスのマシンガンは真っ二つに切れた。短剣も普通の短剣ではない。鉄でできたマシンガンをバターのように切り裂くなんて。

 マリウスはマシンガンを捨てると、肩にかけたバッグの中から二丁の拳銃を取り出して乱射した。すると今度はストゥが立ち止まり一歩も動けなくなった。銃弾の威力を殺すことに集中しているらしい。マシンガンよりも威力があるようだ。

 マリウスが何故あそこまで様々な武器を持っているのか分からない。だが、ストゥの身に何が起こっているのかは、今のあたしには理解できた。

 指輪がトウを開いている。

 つまりは、ストゥの周りに仮のアルベドが膜を張り、ストゥの身を守っている。それは指輪の中に封じられている人間の魂が行っている奇跡そのものだった。

 今のストゥが纏う空気は、冷気こそ放出していないものの、アルベドのそれに似ている。枝を持っているあたしだからこそ分かる空気の違いだった。

 カシリと音が鳴り、マリウスが二丁同時に拳銃の銃弾を打ち尽くした。

 すかさず飛びかかろうとしたストゥに向けて、今度は一丁の大型拳銃を両手で構えて引き金を引いた。。すさまじい轟音が夜の鰐丘海岸駐車場に響く。

 今度の銃弾は効果があった。ストゥが両足を開いて中腰になり、一メートルほど後ろに弾き飛ばされた。威力が大きいと指輪も相殺できないらしい。

 今度はマリウスの顔に笑みが浮かんだ。逆に、半笑いだったストゥが再び真剣な顔になる。

 三発、四発と撃つと、ストゥは後退して距離を取った。短剣で戦う彼女にとって不利な状況に見える。

 ただ、マリウスも連射しない。大口径の銃なので腕が痺れているのか、弾が空になった一瞬に飛びかかられるのを警戒しているのか。

 状況は膠着してきた。互いに決め手が欠けている。

 だが、あたしは気付いたことがあった。マリウスが攻撃するほど、膜が薄くなっている。

「先生! 指輪の力が弱まってます!」

 あたしがマリウスに声をかけると、マリウスはこくりと頷いた。

 ストゥは舌打ちをして、腹立たしそうにあたしを睨んだ。

「ねえ、あなた。クラフト・マリウスさんだったかしら。取引しない? 彼女をガーゴイルにすれば、三十億の値がつくわ。あたしが二十億で、あなたが十億。どう? 悪い話じゃないでしょ?」

 ちょっとお!

 勘弁してよ!

 あたしは焦った。ストゥが敵だってことははっきり分かったが、マリウスもまた得体が知れない。

 武装が明らかにおかしすぎる。那美がここまで準備していたとは思えない。

「断る」

 あたしの懸念はマリウスの言葉でかき消えた。

「あなたが水曜会のロマンチストだって事も、コミュニオンには黙っておくわ。だから、ね?」

「断る。そもそも、君じゃ彼女をガーゴイルにすることはできない」

「はあ?」

「彼女は夢を自在に操れる。アルベドマスターではない。アルベドロードだ。故に、彼女の魂は宝石に収まる器ではない。神殿やピラミッド級の建造物でなければ、彼女の魂を宿らせることは不可能だ」

 アルベドロード、ってなに?

「ばかな。ありえない」ストゥが頬を引き攣らせて笑った。「アルベドロードなんてものは存在しない。歴史の中で語り継がれてきた概念よ。コミュニオンとクルーチス、それぞれの組織が無知な者どもをまとめるために作られた虚言よ。もしもそのような者がいるとしたら、それは神と呼ばれる存在……」

「神なんだよ。彼女は」

 マリウスに言葉を遮られ、ストゥは懐疑の視線をあたしに向けた。

 その瞬間、マリウスが引き金を引いた。

 轟音と同時に、指輪から力の膜が吹き出して弾丸を弱めた。ストゥはバランスを崩してよろめき、転びそうになりながらも後退して体勢を立て直した。

 マリウスは大型拳銃を捨てて、小型のマシンガンらしき銃を取り出した。

 ストゥが額から出血している。銃撃の怪我ではない。弾き飛ばされた瞬間に自身の短剣が額にかすったらしい。

「不意打ちなんて卑怯な真似をしてくれるわね」

「あいにく、僕は勝つためには手段を選ばずに全力を尽くすタイプなので」

「そう。やっぱりあなたの言う事は信用できないわ」ストゥは自分の額から流れた血をぺろりと舐めた。「あなたの武器もそろそろ尽きそうね。そのベレッタM12では、あたしのメダンを破れないわよ?」

「ああ。確かにその通りだ」マリウスがニヤリと笑った。「だが、君の企みを潰すことはできる」

 ストゥの顔に疑問の色が浮かんだ。

「こういうことだ」

 マリウスはストゥではなく、車に向けて銃撃を始めた。

「なっ、やめろ!」

 新品っぽい大型のバンがみるみる蜂の巣になっていく。ていうか、その中にあたしの制服と下着があるんだけど……。

 ストゥは咄嗟に車の側に立ち、メダンと呼んでいる指輪を翳した。メダンから発するアルベドの力が強まり、マリウスの銃弾を全て受け落とした。

 あたしにはその力のカラクリが読めてきた。

 あれは時間操作だ。

 あたしが精神を枝に集中してより高くアルベドに潜るほど、時間の流れをゆっくり感じるようになる。それと同じで、ストゥがメダンに願いを込めると、その周囲の時間が遅く歪む。銃弾がゆっくりになるのは、何秒間も飛翔した後の推力に変化するためなのだろう。

「そう動くよね。事が大きくなりすぎた。君はもはや、この場で一か八か広瀬さんをガーゴイル化させるしか手は無い。祭壇は壊されたくないよね」

 マリウスは銃撃を止めないまま左手をバッグに突っ込み、手のひらに収まる何かを取り出した。

 ストゥの眉間に皺が走った後、目と口を大きく開いた。

「ちょっと、待っ……」

「Bomb!」

 マリウスが指を動かした瞬間、車が爆発して宙に飛んだ。

 あたしは咄嗟にローブを頭から被り、岩陰に身を屈めた。

 直後に車が地面を転がる音がして、ローブ越しでも体感できるほどの熱い風を受けた。カラカラと砕けた車のバンパーが地面を滑ってきて、岩棚から海に落ちて沈んでいく。

 薄暗い街灯しか無かった駐車場が、燃える車の明かりでキャンプファイヤーのように照らされている。

 あたしは爆風が止むとすぐに顔を出した。

 逆さまになった大型バンが炎上している。車体の後方が大破して形を残していない。

 あれは間違いなく、マリウスの仕掛けた爆薬だ。銃撃戦の最中、あたしとストゥの死角にいた一瞬。その時に設置したのだろう。どこまで用意周到なんだろうか。

 遅れて漂ってきた焦げた臭いの中、先に動いたのは地面に横たわる陰。マリウスだった。黄金の髪が炎で赤く照らされている。爆風をかわすために地面に伏せていたらしい。

 しかし、その直後、マリウスの顔に焦燥感が走った。

 その視線の先には、燃え盛る炎を背に、怒りの形相に醜く歪むストゥが仁王立ちしていた。

 車の爆発に巻き込まれても、かすり傷一つ受けていない。

 それどころか、周囲の空間の歪みが肉眼で見て取れるほどに強まっている。背後の炎がメダンの作る空間、疑似アルベドの視認を可能にしていた。

 上下左右、ありえない方向に燃え広がる炎を背後にしたストゥは、真っ白な看護師の制服との対比で、もはや人外の化身とも呼べる何かに見える。

 ストゥはゆっくりと振り返り、後ろの車を見つめた。祭壇がもはや使い物にならないと悟ったのだろう。右手に握る曲がった短剣を握る手が怒りで震え出した。

「やってくれたわね」

 ぼそりと呟き、ストゥはマリウスを見つめた。

 そして突然、泣き出した。

「なんてっ! なんてごどしてくれたのよ、バカっ!」

 涙と鼻水でメイクが崩れていく。内股になり、立っているのもやっとといった感じで泣き叫び、アホ、まぬけ、すかぽんたんと、子供のような罵詈雑言をマリウスにぶつけ続ける。

 隙だらけだ。

 だが、あたしの目には幼児返りした今のストゥのほうが狂暴に映った。知性が無く会話も成立しそうにない。逆に怖いよ。

 やがてストゥは制服の袖で顔を拭った。額から流れた後に固まっていた血と涙が混ざり、顔が黒くなる。二十は老け込んだように見えた。

 マリウスは新しい銃を取り出し、ストゥに連射した。しかし、明らかに威力が足りない。銃弾はストゥの前にボトボトと落ちていく。

 表情の消えたストゥが鼻を啜りながらマリウスの前に歩いて行く。マリウスは銃を捨てて、先ほど使って効果のあった中型の銃の弾倉を替え始めた。

 だが、遅い。

 マリウスの目の前にストゥが立ち、目を擦りながら短剣を振りかぶった。

「先生!」

 あたしは叫んだが、マリウスは反応しない。既に死を悟り諦めた目をしていた。

 だが、次の瞬間、ボスッと鈍い音と共に、ストゥのメダンが炭化した。

 ストゥが自身の左手親指に視線を落とした一瞬で、マリウスの目に再び光が宿った。

 横っ飛びして地面を転がりながら弾倉を替える。

 わずかに遅れてストゥが反応した。短剣をマリウスに突き立てるが、それはマリウスの足をかすめて地面に突き刺さった。

「遅い」

 マリウスが地面に寝転がったまま、ストゥの腹に素早く二発、銃弾を撃ち込んだ。

 メダンの加護を失ったストゥの体は、短剣を手放してあっさりと吹き飛んだ。二回転、三回転と転がり、動かなくなった。

 広い駐車場には、車がメラメラと燃える音しか聞こえなくなった。

 決着が、ついた。

 どれくらいの時間二人が戦っていたのか、あたしには分からない。五分くらいかもしれないが、あたしには何時間にも思えた。

 安全は確認できた。あたしは岩陰から出て、裸足のままマリウスの元に歩きだした。車の破片を踏まないよう慎重に進む。

 マリウスもあたしを止めない。ストゥの曲がった短剣を引き抜いて燃える車の中に投げ入れると、うつ伏せに倒れているストゥを足で仰向けにした。ストゥは力無く浅い呼吸を繰り返している。

 その時、炭化したメダンから、ぐずぐずになった何かが這い出した。それは苦しそうなうめき声をあげながら、人の魂ほどに巨大化した。

 以前に見た安上さんの魂が、取り返しのつかないほど澱んだ状態。

 一目見てあたしは悟った。それはもう、救いの無い状態だと。

 ストゥにメダンと呼ばれていた名前も知らない誰かの魂は、そのまま地面に沈み、消えた。

 目の前で起きていたことなのに、マリウスとストゥは気付いていない。意識を失いかけているストゥはともかく、マリウスにも見えなかったようだ。これも妖の枝の能力なのだろうか。

 そのマリウスが、倒れているストゥの頭に銃口を向けた。

「ちょっと、先生。もういいです。それ以上は……」

 あたしの声を無視して、マリウスは引き金を引いた。乾いた音が鳴り響き、ストゥの頭が地面にあたって跳ね返り、力が抜けた。

「なっ……」

 何も、とどめを刺さなくても。

 ストゥは既に腹に銃弾を受けていた。致命傷だったかもしれないが、病院に運びこめば助かったかもしれない。

 それなのに、あっさりと……。

 あたしは唾を飲み込んだ。

 やっぱり、この男は好きになれない。

 ローブをもう一度締め直して、マリウスに近づこうとした時、マリウスが銃の弾倉を替えた。

 え? まだ戦っている最中なの? 

 あたしは立ち止まった。

 すると、マリウスは、銃口をあたしに向けた。

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